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13 騎士団支部 フェニックス隊

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 俺はキョロキョロと村を見ながら、ジェーンに村を案内されていた。

 あれは市場だ、とか、露天商通り、とか。説明を受けながら歩いた。何もかもが新鮮で、とにかく面白い。

 一番は、村にある歓楽道りだ。客引きのお姉さんが朝から立っており、「抜いて行かない?」と営業している。

 俺はフラフラと綺麗なお姉さんのところに行くと、ジーッと見つめる。

 足元にいる俺に、お姉さんは気づく。

「ん? どうしたのお嬢ちゃん。迷子?」

 お姉さんは大きな胸を揺らして、俺に話しかけてくる。

 異世界の女は質が高い。みんな美人だ。太っている人がいないぞ。あんまり食べていないのか? 痩せている人が多いな。

 大変な職業だろうし、男にとっては楽園だが、女の人は生きるのがつらそうだな。やはり開拓村では性の処理は大変だな。

 俺はポーチから小さな魔石を一個取り出すと、お姉さんに見せる。

「あげる」

「ん? なに? ガラス玉? 私にくれるの?」

 俺は魔石を娼婦のお姉さんに上げようとすると、近くの露店を物色していたジェーンが走ってきて、俺を抱き上げた。

「何をしているんだエル! お前はその年で女を買うつもりか!! 何を考えているんだ!! ああくそ! 私という者がいながら、なんということだ!! 女が欲しいなら私に言え!!」

 ジェーンは意味不明のセリフを吐く。女が欲しいなら私に言え? まさかジェーン。お前は俺のことを?

「エル! 彼女は娼婦だぞ! 分かっているのか!」

「大変そうだから、魔石を一個あげるだけだ」

 俺はそういって、魔石をお姉さんに投げ渡した。

「え? え?」

 お姉さんは魔石をキャッチして、困惑している。

「ふん! お前、運が良かったな。精霊からの贈り物だぞ。それはグレイジャッカルの魔石だ。売ればそれなりの額になる。大切に使え」

「え? ちょっと?」

 そういって、ジェーンは俺を抱いたまま足早に去っていく。綺麗なお姉さんは困惑したまま立ち尽くす。

 足早に歩きながら、ジェーンは俺に怒る。

「エル! 今度からはあんな女に手を出すな!! 私が奉仕してやる!!」

「…………え?」

 ジェーン。あんた子供に向かって何言ってんですか? 俺の実年齢はおっさんだからいいけど、他の子供に言ったら、アウトだよ?

 前から思っていたが、ジェーンの性欲は少しおかしい。俺に対して、過敏に反応する。この街で何度も男にすれ違っているが、ジェーンは全く見向きもしない。小さな子供ともすれ違ったが、ジェーンはなぜか俺だけを見ている。

 ううむ。出会って浅いのに、そんなに好かれてしまったか。さすが俺だな。大型トラックは伊達じゃないぜ。


★★★


 俺は問題なく騎士団の支部に到着した。

 騎士団の支部は、レンガ造りのまともな建物だった。かなり頑丈そうだ。

 すぐ近くに井戸があり、若い騎士が井戸水を汲んでいた。

「あ。ジェーンさんだ」

 井戸水を汲んでいた若い騎士がきづいた。あどけない顔立ちの青年だ。まだ10代だろう。

「レンか。0235のジェーンだ」

「知ってますよ。ジェーン型の騎士ははこの村ではあんまりみないですから、大体わかります」

 この村に来て、よくジェーン型とか、0235とか聞く。いったいどういうことだ? 

 ジェーンは大量生産された機械騎士とか言っていたな。もしかして、ジェーンはいっぱいいるのか? マネキンみたいに、同じ顔の奴が大量にいるのか?

「ジェーンさん、シープ7が全滅したそうですね。報告が来ていますよ」

「ああ。全滅したが、一人生き残りがいてな。この子供なんだが。フェニックス隊の団長はいるか?」

「子供? この子ですか? へぇ……可愛いですね。隊長は今日出勤ですので、いますよ。隊長室におられると思います」

「わかった。いつもみたいに勝手に入るぞ」

「ええどうぞ」

 建物に入ると、市役所みたいにカウンターがあって、受付嬢が座っていた。

「こんにちは。今日はどのようなご用件でしょうか?」

「表でレンにあった。話は通している。隊長に用があるので、入らせてもらうぞ」

 ジェーンは受付嬢の返答を聞く前に、ズカズカと奥に入って行く。受付嬢も慣れているのか、何も言わない。ニコニコして、俺に手を振ってはいてくれたけど。

 建物の中は、鎧を着た騎士の姿は見えない。いても一人二人だ。一階部分は事務所みたいになっている。 
 村民の姿も多くみられることから、騎士団支部は市役所みたいな感じか? 鎧を着た騎士は裏手で訓練でもしているのだろうか?

 建物の奥に入ると、狭い通路がいくつもあり、そのさらに奥に、隊長室があった。

 ノックをして、返事が来る前にドアを開けるジェーン。

「ジェーン0235です。シープ7の報告に来ました」

「ん? ジェーン? シープ7の報告だと?」

 大きな執務机がすぐ目に入る。大量の紙束が机の上に置いてあり、疲れた女性の姿が見えた。

 隊長室はファイルが入った棚がたくさんあり、隊長室というよりは執務室、事務室と言った感じだ。

 机で書類作業をしていた女性は、ジェーンと俺を見て思い出したかのように言った。

「ああ。シープ7ね。すでに国に連絡は入れたよ。詳しい書類はまだ提出していないから、ちょうどよかった。目の前の席に座りたまえ」

 俺の目の前にいるのは若い女性だ。髪を一本に結った、大人の女性だ。まだ20代と思われる、若い女性だ。この人がこの村の騎士団長か? 女性だとは思わなかったな。

「シェルツ隊長。ジェーン0235、報告に上がりました」

「うん。ご苦労様。それで? 詳しくはどういった状況だった?」

「村は私が来たときには全滅しており、すでに魔物は去った後でした。村人を食い荒らした形跡から、野党の類ではありません。念のため、記録用のスフィアに映像を記録しています。これをどうぞ」

 ジェーンは丸い水晶のようなものを隊長のシェルツに渡す。初めて見るものだ。どうやらジェーンは俺が村に到着する前に、記録を取っていたようだ。

 シェルツ隊長は、水晶に映る画像を確認し、了解したと言った。

「それで? そこの子供は?」

「全滅していたと思いましたが、馬小屋に子供が一人隠れていました。この子が言うには、村に滞在していた冒険者の子供だとか。すでに親の冒険者は魔物に食われていませんでした。遺品もありません」

 ジェーンはウソをベラベラと喋る。機械騎士はウソが言えないとか、そんな制約はない。ガンガンウソをつける。人間に手のひらを返し、魔人側につく機械騎士もいるが、その時は残念だが契約魔法で殺処分、廃棄可能らしい。

「冒険者の子供? ふーん」

 シェルツ隊長は俺をじっと見る。背中に嫌な汗が流れる。

「渡り鳥の生存記録なんて取ってないからね。住民票もないし。この子は無国籍の孤児になっちゃうな。どうしようか。この村で預かるとなると、書類作成が大変だな」

 シェルツは頭を抱える。 

「私が面倒を見ます。養育権を下されば、面倒な手続きは省略されるかと」

「孤児を引き取れるのは、それなりの地位のあるものだけだよ。ましてや君は下級の機械騎士だろう」

「運よく、大量のジャッカルを火葬の穴に落としました。魔石を得て、私は強くなっております。認証協会の再鑑定をお願いします」

「再鑑定だって? いくらジャッカルを倒しても、そんなにいきなり強くなるかい? 君は下級騎士だったよね?」

 隊長はやっぱり隊長だな。そう簡単にごまかせるわけない。俺はジェーンに助け船を出す。

「僕が魔石をあげたんだ」

「うん? 君が?」

「そう。僕の父さんは冒険者で、魔石をいっぱい持ってた。もう死んだから、どうしようもないけど。僕はジェーンに守ってもらうために、たくさん魔石をあげたんだ」

 俺もウソを並べ立てる。ウソにウソ重ねると、ばれた時が怖い。理詰めで来られると答えようがないからな。

「ふむ。そうか。君が上げたのか」

 シェルツは俺を見て考え込む。

 俺は何となく思った。このシェルツという女隊長は、多分頭が良い。付け焼刃のウソは、きっとばれてる。

 俺が感じたのは、この隊長は面倒くさがりに見えた。有能だが、仕事は適当。給料以上の仕事はしない。人相やしぐさから、なんとなくそう感じた。きっと、俺に対する書類作成が面倒くさいから、このままウソを押し通し、ジェーンに俺の世話をさせる感じがした。

「いいよ。再鑑定しよう。そこで君が中級の上位、もしくは上級だったら許可しよう。この子の名前はなんだったかな?」

「エルです」

「そうか。エルか。ジェーンに、エルの世話を任せよう。上級の資格があれば問題ない。書類は用意しておくよ」

「はっ。ありがとうございます」

「話は協会に通しておくから、今日の夕方にでも行きなよ。あ、一応念のため、この簡易水晶に触ってみて。簡単に含有魔素の量が分かるから」

 ジェーンは言われるがまま、紫色の丸い水晶に触れる。

 水晶には、数字が浮かび上がった。

「ふむ。簡易的だが、ジェーンの魔素量。かなり多いね。永久魔力として、君の魔石に取り込まれている。スキルも大分増えたね。これは上級は確実かな。うん。行っていいよ。あ、最後にそこのエルちゃん。明日にでももう一回来て。簡単な話があるから」

 うげ。まじかよ。事情聴取されたら、ウソが簡単にばれるぞ。

「大丈夫大丈夫。君のことは誰にも言わないよ。ここだけの話さ」

「は、はい」

 俺は生返事をして、隊長室をジェーンと一緒に出た。

 それから騎士団の支部を出て、軽い飯を食べることにした。

 大衆食堂があるということで、俺はジェーンに案内された。

 屋台のような飯屋で、青空の下に椅子とテーブルが置いてあった。冒険者の姿が多いことから、人気の飯屋のようだ。

 オバちゃんが切り盛りする飯屋で、空いている椅子に腰を下ろしてランチセットを注文した。

「さっきのシェルツ隊長だっけ? 明日呼び出されたけどどうする?」

「シェルツ隊長は切れ者だ。しかし、本部で問題を起こして左遷されたらしい。ここではやる気を見せない人だが、仕事は確かだ」

「ウソをつき続けた方が良いか?」

「やめた方がいいな。むしろシェルツ隊長を味方にした方が良いだろう。あの感じだと、ウソはばれている」

 俺もジェーンもウソは得意じゃなかった。前世はトラック野郎だし、コミュニケーション能力は高くない。

「味方に付いてくれる人なのか?」

「シェルツ隊長は部下に非常に甘い。自分にも甘いが、部下にはもっと甘い。給料を大目に渡したりする人だ。彼女は村の維持と町の利益を出し続けているし、国は強く言ってこない。ここは正直に言った方が良いかもしれんな」

「そうか。明日、シェルツさんの出方次第で、正直に話すか」

「今回、シープ7村が壊滅した。本来は本部の責任だが、開拓村を管理している隊長の責任も問われるだろう。村を再興するためのお金も必要になってくる。エルが殺した魔物の素材で、大量に金を稼いでいる。今なら隊長に少し援助できるかもしれん」

「そうか。いろんな理由をつけて、資金援助もいいな」

 端的に言うと賄賂だが、金で解決できるならそれでもいい。人との縁が切れるのも早いが、もっともスマートなやり方だ。

 話していると、おばちゃんがランチセットを持ってきてくれた。大盛りのサラダとチキンライスみたいなセットだ。すごくうまそうだ。

「あいよ。久しぶりにジェーンちゃん見たから、大盛りにしといたよ!」

 美人のオバちゃんがニコニコと笑っている。

「ありがとう、キルシェさん」

「ははは! 明日も待ってるよ!」

 オバちゃんは屋台に戻っていく。

「この量で、1ジールだ。とても安くてうまいんだ。私は何度もここに世話になっている。後でオバちゃんに魔物の干し肉を上げたいんだが、いいか?」

 ジールって、ギールより下の桁だっけ? 1ジールってやすいのかまだ分からんな。

「ジェーンの顔見知りか。干した魔物肉だろ? 別にいいよ。好きなだけ上げたらいいさ。人脈は大事だぜ」

「そうか。ありがとう」

 俺はスタイルの良い、モテそうなおばちゃんの飯を食いながら、明日のことを考えた。
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