無限迷宮のシーカー

無名

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 ボタンを押した。

 押すなと書いてあるボタンを押してみた。

 緊急だったから仕方ない。何せ後ろからゾンビの大群が迫っていたのだから、しょうがない。

 俺は勢いよく、保護ガラスに包まれたボタンを殴って押した。ガラスが蜘蛛の巣状に割れて、ボタンが押される。

 何処からか歯車がかみ合うような音がして、天井から分厚い隔壁が落ちてきた。後ろから迫りくるゾンビたちは、俺に触れることなく、隔壁に分断された。俺に飛び掛かる寸前のゾンビもいたが、落ちてきた隔壁に頭部を挟まれ、トマトのように潰れた。

 ビル内で、あちこち隔壁が落ちる音がする。帰りのルートを地図にしていたのだが、すべて無駄になったようだ。

「はぁぁあ。これで何回目だ? 魔物に襲われるの」

 大量のスライムに襲われ、ゴブリンに襲われ、スケルトンに襲われ、ゾンビに襲われる。この階層では、逃げ回ってばかりだ。

 はぁ。しかし、それでもなんとか。

 拠点防衛用隔壁に助けられた。重鉄製でかなり分厚いから、ゾンビどもには破れないはずだ。耳をすますと、隔壁の向こうでゾンビどもが共食いする叫び声が聞こえる。すさまじくおぞましい声だ。その後スプリンクラーが起動したのか、除染用の聖水がダンジョン内に散水される。

 聖水はタンクで腐っていたのかドス黒く、ひどく臭かった。俺は腐った聖水まみれになり、昼に食った腐りかけチーズのサンドイッチを嘔吐した。

「ここら辺に人の住む場所なんてなかったよな? くそう。早く食い物と水を確保しないと」

 俺はため息をついて隔壁を後にする。リュックにある食料は水が500mlと、賞味期限が切れたコンビーフが一缶だけ。これでは一日と持たない。今もサンドイッチを嘔吐したばかりで、体調が悪い。栄養不足も相当な数値に達しているだろう。

「あぁくそ。“空”を目指すなんて、しなければよかった」

 俺はぼやくと、のっそりとまた歩き出した。


 ◆◆


 廃墟臭のする建物内を探索する。ここはコンクリートだらけなので、特別腐った匂いはしないが、古いカビの匂いが充満している。そのうえ空気が湿気っていて、よどんでいる。

 回りを見渡してみると、ひび割れたコンクリートから、キノコが生えている。無造作に通路に捨てられているベッドからも、キノコのような植物が生えている。

 そろそろ「胞子」がきつくなってきたようだ。俺はガスマスクをリュックから取り出すと、カートリッジの残量を確認して頭にかぶる。カートリッジは、あと三時間は持ちそうだった。

 シュコーシュコーと、マスク越しに息をしていると、人が住まなくなった居住エリアにたどりついた。そこかしこに大型のネズミや小型のスライムがいるが、聖水スプレーを撒いて撃退する。

 通路は狭いが、天井に設置されている魔石灯の燃料は切れていないようだ。通路内にはちゃんとした光がある。足元に転がっている人骨を踏まないように、俺はゆっくりと壁づたいに歩く。

 今歩いている通路は一本道だ。マンションの通路らしい。左右に扉がある。部屋番号がふってあるので、誰かが住んでいたものと思われる。俺はドアノブに手をかけるがびくともしない。装備していた圧力バールでこじ開けようとしたが、ドアとともに壁に亀裂が入った。崩れる可能性がある。

 俺は舌打ちをする。他にもドアを開けようとするが、どこも開かない。かなり前に放置された場所の様で、崩れる寸前だ。

 仕方なく歩き出すと、足元に転がる人骨に、一つのプレートがついているのを発見した。銀色のプレートにはこう書かれていた。

『シーカーランク3 クレイ』

 シーカー。迷宮探索者だ。どうやらご同業がここでクタバッタらしい。

 俺が推測するに、ここは昔、迷宮探索者の拠点として使われていた場所のようだ。俺はその白骨死体となったシーカー、クレイの衣服を探すと、近くに日記があった。ミイラ化した骨と一緒に、衣服や日記が落ちていた。日記を手に取るとハードカバーが砂のように崩れたが、一部は読めた。

『西暦2024年 3月9日 ダンジョンマスターによる襲撃を受けた。我々のキャンプは崩壊寸前だ』

 2024年? なんだこれは。いつの話だ? 西暦とはなんだ?

 同じシーカーだが、俺が知らないくらい古い年号らしい。西暦など聞いたこともない。殆ど読めない日記にも用が無いので、俺はクレイの日記を捨て、探索を再開した。
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