明日も手紙を…

星永のあ

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毎日夜になると、苦しくて苦しすぎて涙が
出るようになった。
朝まで眠れずベッドにいることが
あたりまえになっていた。
少しずつ自分の中の普通が壊れていくのを
感じた瞬間だった。



佐藤菜月。高校1年。
念願のテニス部に入って半年が経った。
人見知りな私も少しずつ部活に慣れ、
悪ふざけができるくらいの友達もできた。
中でも特に気を許していたのが、
1つ上の古川海月先輩だ。
海月先輩とどうやって仲良くなったのかは
正直覚えていなくて、気づけば毎日一緒に
帰る程仲良くなっていた。


「菜月~!
 はしゃいでないで早く帰るよ!」

と私の腕を引っ張り、強引にみんなの輪から
連れ出すから

「先輩、そんなに私と帰りたいんですか?」

と揶揄うように聞くと、

「1人で帰る!」

と拗ねる先輩。
そうやって揶揄うことができるくらいの
仲だった。

先輩は自転車、私は徒歩通学だった。
しかも帰る方向も違ったので、一緒に帰ると言っても学校から500メートルくらいのところにあるスーパー前までだ。
500メートルなんて話しながら歩いていたら一瞬だった。
携帯も持っていなかったので、
話せる時間はこの時間しかなくて、結局毎日
スーパー前で30分くらい話してから帰るというのが当たり前になっていた。
でも、次第に30分では足りなくなって、
45分、1時間と話す時間が長くなっていった。

いつものように1時間くらい話したところで帰ろうとすると、腕に重さを感じた。

「待って、まだ帰りたくない。
 あ!菜月の家まで送って帰るよ!」

私の腕をぎゅっと掴んでいる先輩の腕を下ろしながら

「先輩の家逆でしょ?
 送って帰ったら遅くなっちゃうよ?」

なぜかタメ口で話してしまったことにも
気づかないくらいこの時の私はどきどきしていた。

「大丈夫でしょ、話したいだけ~。」

私の気持ちとは裏腹にあっさりとした返事を
する海月先輩に少し苛立ちすら感じた。

「あんな腕掴んで、『まだ帰りたくない』
 とかあざとすぎだろ。」
心の中でぶつぶつ文句を言っているうちに、先を歩いている先輩を走って追いかけた。

「なんかあったんですか?」

「いや、何もないけど。スーパーの前で
 話すのも送るのも変わらないでしょ、」

いらいらする。なんなんだ、この人は。
さっきちょっとどきどきした自分が嫌になるくらい冷めた返しだ。

「ね、さっきのよくないと思いますけど?」

なにが?と言わんばかりの顔で見つめてくる先輩の腕をぎゅっと掴み

「まだ帰りたくない、」
と上目遣いで言うと、首元から一気に紅潮していく先輩。

「こんなこと男の人にしたらダメですよ?
 その気になっちゃうから」

「菜月にしかしませーん!」

また思わせぶりなことをいう先輩に振り回されながらも、満更でもない私は幸せな気持ちでこの時間を過ごしていた。

この日を境に先輩は私を家まで送ってから
帰るようになった。
学校から私の家まで徒歩40分。
そして家についてから1時間くらい話す。
そんなルーティンが出来上がってきた頃、


「菜月、もう一緒に帰れない。」


「さすがにお母さんに怒られました?」
と笑いながら聞くと、

「いや…」
と悲しそうな顔をするから、なにがあったのか、頭を必死に考えていると、


「彼氏ができました~!!」


と抱きついてくる先輩。

「え、あの人?!」

「そーそー!相談乗ってくれてほんと
 ありがと!」


そう、帰り道の会話はほとんど先輩の
恋愛相談だった。
ずっと相談を受けていたから、まるで自分が付き合えたかのような喜びだった。

その日は先輩の惚気話をひたすら聞きながら帰り、幸せのお裾分けどころか、その全部を受け取り、今までで1番幸せな帰り道だった。



帰り道までは。




家に帰りつき、部屋で1人になった瞬間、
心臓がぎゅっと握りつぶされているような
味わったことない苦しみに襲われた。


先輩と帰れなくなる寂しさ。


いや、そんな単純なものではない。


先輩が他の人のものになる。
先輩にとって私より大切な人ができた。
1番じゃなくなる。
相談を聞くのも、あの笑顔を見れるのも、
「まだ帰りたくない。」
あの上目遣いだって人のものになるんだ!


それがわかった瞬間、悲しさ、寂しさ、
嫉妬、怒り、いろんな感情が一気に押し寄せてきて、気づけば涙が流れていた。


わたし、先輩が好きだったんだ。
恋してたんだ。



私にとって初恋だった。
初めて芽生えた恋心への戸惑い、ちがう。
同性の先輩に恋をしてしまった戸惑い。
この戸惑いが私の心にひっそりと影を落とし
始めた。


次の日。

「なーつき!おはよ!
 今日一緒にお昼食べない?」

初めて先輩からお昼に誘われた。
言葉の通り心がキュンと撃たれたのを感じたが、彼氏への嫉妬心からか、

「いや、友達と食べるんで」

と可愛げのない返事をしてしまった。

その日の部活中、先輩と目を合わせることもなく、地獄のような時間が過ぎていった。
そして、一度そうしてしまったら
戻れなくなって、気づけば1週間先輩と
話していなかった。

先輩はそれでも
「菜月!今日一緒に帰らない?」
「帰りにタピオカ飲み行こ!」
と何度も何度も誘ってくれた。

だけど、それに応えられるほど私に
余裕がなかった。
少しでも気を緩めると、自分の気持ちが爆発しそうで怖かった。
彼氏がいる先輩に自分の気持ちをぶつけてしまいそうで逃げるしかなかった。

次第に、先輩と距離ができ、気づけば
私は2年生、先輩は3年生になり、先輩にとって最後の試合が近づいてきていた。


先輩と距離ができ始めてから、半年が経ったころ、私は海月先輩と同年の咲先輩と仲良くなり、毎日一緒に帰るようになっていた。


「もうすぐ引退ですね、」

「菜月はさ、海月とこのままでいいの?」
久しぶりに海月先輩の話題が出て、
明らかに動揺する私。

「いや、あんなに仲良かったのにさ。
 後悔しない?」

「海月先輩はもう他の子と仲良くしてるし?
 私が今さら話しかけても、ね」

「そんなこと、ないと思うよ。
 海月、今でも菜月のこと聞いてくるよ」

この言葉を聞いた時、自分でもびっくりするくらい胸がどきっと弾んだのを感じた。

「私もさ、大変なんだよ笑
 菜月と毎日帰ってんの?何話してんの?
 私のこと話してない? って。」

頭の整理が追いつかず黙っていると

「もう質問攻めいやなんですけど?
 早く海月と話してくださーい笑」


「はぁ、話すか。」

と、そう簡単に折れる私でもなく、寧ろ
「もう話さないって決めたから!」
と決意がさらに固まった。
咲先輩には申し訳ないけど、
ここで話してしまったらこの恋心を
抑えられる気がしない。

「まぁ、機会があったら話しますね!」
とだけ伝え、突っ込まれる前にその場を後にした。


そんな決意をした1週間後。
咲先輩から、海月先輩が別れたことを聞いた。
心の中でガッツポーズをしてしまい、
やっぱりまだ海月先輩が好きなんだと
気付かされた瞬間でもあった。

「最近沈んでてさ、
 海月を元気づけられるの菜月しかいないと
 思うんだけど…」


そんなこと言われても話す気はさらさらなかった。
なかったけど、部活中も明らかに元気がない先輩を見てると、さすがに思うところは
あった。
でも、話しかけるって言ったって今さら何て話したらいいか分かんないし。

そんなことを思いながら休憩していると、
ぎゅっと後ろから温もりを感じた。

抱きつき魔の咲先輩は汗だくだろうと
構わず抱きついてくる。

「なんですか~?
 今とてつもなく汗臭いと思いますけど?」

「…」

返事がなかったので振り返ると、
海月先輩が私の肩に顔を伏せるようにして抱きついていた。

まさかの人に動揺を隠せない。
急に騒ぎ出す心臓にだまれ!と心の中で訴え、なるべく平常心を装う。

しばらく経っても何も言わないので、
「海月先輩?」
と名前を呼ぶと、

「菜月、このままでいていいかな?」

と、か細い声で尋ねてくるので、
黙って頷くしかなかった。

気づけば、他の部員は練習を再開していたが、この日は顧問もいなかったため、
私はもうしばらくこうしていることにした。

テニスボールが地面で弾む音に紛れて、
鼻を啜る音が聞こえ始めた頃には、
距離を置く前のような空気感に戻っていた。
自然と先輩の頭を撫で、何も言うわけでもなく、お互いの気持ちを汲み取ることができているような気がした。


今日は練習に戻れないだろうと思い、咲先輩に伝え、海月先輩と帰ることにした。

こういう時に別れたことに触れてほしい
タイプではないことは分かっていたから、
いつもと同じように話し始めた。

「先輩、踏切の向こう側にカフェできたの
 知ってます?
 期間限定でピスタチオのパンケーキ
 あって!」

「菜月…。」

魂吸い取られたくらい力のない声で呼ばれたので、さすがに触れずにはいられないか
と考えていたら

「菜月と話せなくて寂しかった」

「ん、え、そっち?
 別れたとかじゃないの?!」

「あ、知ってたんだ」

「え!あ、ごめん今の声に出てた…?」

「うん、笑 がっつり!」

「あー、それは申し訳ない!笑」

先輩が笑ってくれたことにホッとしていると

「私にとって彼氏と別れたことよりも菜月と
 話せないままの方がよっぽど悲しかった。
 この半年間好きな人といるはずなのに、
 なんか心にぽっかり穴が空いたような気分
 で、菜月がいなくなるのいやだって。」

気づいたら先輩を抱きしめていた。
自分のことしか考えず、距離を置いてしまった過去の自分を殴りたい。
でも、そんなことできないから、自分の恋心を全て捨てて、友達として先輩を幸せにしたいと誓った瞬間だった。

それから、話さなかった期間を埋めるように日が暮れるまで休む間もなくずっと
話し続けた。
久しぶりのこの感覚が幸せだった。



ある日、私のクラスに先輩がやってきた。
突然の訪問に驚いていると、
小さく折り畳まれ、子どもたちが大好きな
あんぱんのヒーローが描かれたものを
渡された。

初めてもらったこの手紙であろうものに
驚いていると、

「もっと菜月と話したいからさ!
 手紙書いてきた!
 返事待ってるね!」

小学生が初めて交換日記をする時のような
うきうきした様子の先輩を見て思わず笑ってしまう。
こんなに純粋なまま育ててくれたお母様方に感謝したい。

歪な丸のあんぱんのヒーローに見つめられ
ながら、開いてみると、

『菜月~!
 今私は古典の授業中でーす!
 菜月は今体育でしょ!
 3年生の教室からは校庭が見えるので
 こっそり観察してまーす笑
 ピッチャー姿の菜月に惚れそうになったの 
 はここだけの秘密ね…!
 じゃあまた放課後!  
                海月 』


文字からでも伝わってくるこのテンションの高さ。
そして相変わらずのあざとさ。
前の私ならこの思わせぶりな感じに惑わされていたが、今はなんてことない。
そういう人だって割り切っている。



『海月先輩へ!
 授業中に手紙を書くなんて先輩も
 悪い生徒ですね~笑
 
 惚れてもいいですよ~?笑
 私は入部した時から先輩に
 惚れてますけどね…

                菜月 』


前言撤回だ。
とても割り切れているとは思えないような
ことを書いてしまった。
まぁ、いいだろう。このまま渡してしまえ。


ばったり会えた時に渡せるように、常にこの手紙を持ち歩くようにしていた。
でも、なかなか出会えず、諦めかけていた
5時間目の休み時間。
トイレで順番待ちをしていると
急に視界が真っ暗になり、

「だーれだ!?」
と後ろから明らかに声量を間違えている
だろう大声で尋ねられた。

「うるさ!海月先輩!!」

「あー、バレちゃったか!」

「あ、これ返事!」

「え!書いてくれたの?!!」

「書けって言ったじゃないですか笑」

「え!でも!いつも冷めてる感じだからさ!
 こういうの嫌いかと思ってた!!
 嬉しい!読む!!」

想像以上に喜んでくれた先輩の姿ににやけていると、その場で手紙を読み始めたので
急いで止めてなんとか読むのをやめさせた。

こんなの目の前で読まれたら私は確実に
茹でだこ状態だ。

でも、この感じだと部活の時にはもう読んでるからどっちにしても恥ずかしいなと考えていると、6時間目も終わりあっという間に
部活の時間になった。

着替えを済ませ、コートに向かうと、

「菜月~!!
 ね!私に惚れてたってほんと?
 授業中に呼んでにやけてたら先生に
 怒られちゃった!」

大声でそんなことを言うもんだから周りの
部員もくすくす笑っている。

「あのさ、もうちょっと声抑えられない?」

「だって嬉しかったんだもーん!」

そんな先輩に呆れながらも、そんなところが
好きになってしまった自分は結局許してしまう。
喧嘩した方が仲良くなると言うが、本当にその通りだと思う。
あの期間以降私と先輩の仲はさらに縮まったと思う。


こんなに幸せな時間がこの世に存在するんだ、というくらい私は毎日が幸せだった。

そして、次の手紙はいつかな、とサンタさんを待つ子どものように胸が高鳴っていた。


1通目を交わした時は。


            
    
























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