teenager 〜overage〜

今日から閻魔

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7.man モーニング

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 iPhoneから控えめの音量でデスボイスが響き渡っている。この前、光希にはセンスが悪いと言われたが、お気に入りの歌なのでアラームにしている。ちなみに歌詞は、布団から出るという動作を5分かけてひたすら褒め称えるという素敵なストーリーだ。YouTubeには可愛いペンギンのイラストを主人公とした動画が上がっていて、非常にほのぼのする。朝、布団の中でこの歌を聞くと仕方なしに起きようかと思える。歌の方でもペンギンが無事布団から出るところだったので俺も出るかと掛け布団をゆっくりと剥がす。
 だが布団を剥がした瞬間、自分のベットにいたのが自分だけでないことを知った。由梨加さんが俺の体に触らないよう絶妙な位置どりで綺麗に眠っている。事態が飲み込めない。とりあえず由梨加さんを起こさないように俺は枕元の眼鏡を取った。奇跡みたいなほどに近い。それも向かい合っている。こんな距離で見る機会はそうないだろう。由梨加さんはとても綺麗だ。肌も白くて綺麗だし、睫毛も長い。髪からはいつも甘い香りが少しだけする。女子力の定義は知らないが、男にモテるかどうかで言えば確実にモテる。どうせならこのまま眺めていて二度寝するのも悪くないというか良いと思う。ただそれで自分の方が後に起きてしまった場合、男にしか分からない朝の生理的現象が由梨加さんに晒される可能性がある。起きるしかない。
 さらにゆっくりと俺は掛け布団を押しのけていく。掛け布団をはぐっていく過程で由梨加さんがホットパンツに袖がとても短いTシャツだということがわかった。Tシャツの首元が少し広めでキャミソールが完全に見える。頭がぐらぐらするのを感じる。控えめに言ってこの景色はエロい。体のラインも勝手に想像できてしまう。朝から悪影響だ、ここでの生活が困難になってしまう。俺は断腸の思いで布団から這い出た。何も起こさずに這い出たことを全国の男性たちから称賛されたい。
 
 ようやく部屋全体を見渡すと何故か俺の部屋で優馬も寝ているのが分かった。昨日の晩の記憶は、公園で由梨加さんに自分の話をひたすら聞いてもらったところまでしかない。帰宅後は本当にすぐに寝たはずだ。だからこれは多分、優馬が俺と寝るとか言い出した結果、由梨加さんが少し悪ノリして俺の布団に入ったってことなんだろう。
 いや、それはあり得ていい話なのか。俺の知る限り由梨加さんは真面目だ。決して軽い人ではない。どちらかというと貞淑とはこのことかぁといった方の感想を持つべき人だと思う。
 だめだ、コーヒーでも飲もう。ここにいては何もまとまらなさそうだ。


 リビングに出ると時計はまだ6時半だった。随分早起きなものだ。昨日みたいな日の次の日なら、もっと寝ていてもいいのかも知れない。しかし、リビングに入りきるともう既に光希が起きているのがわかった。キッチンで何やら作っている。
「おはよう。昨日はごめん。
 ちょっと血が上った。自分勝手だった。」
 俺は素直な気持ちを光希に伝えたが返ってきた返答は全く俺を責めないものだった。
「あれは優馬が悪いとしか言えないよ。
 とりあえずいろんな意味でお疲れさん。
 あの店員の子、絶対ショックひどいよ?」
 そう言いながら光希は、コーヒーとフレンチトーストを運んできた。こんな有能なルームメイトがいるだろうか。
「綾乃かぁ。怒ったり悲しんだりするんかな。
 もうどうでも良いことだとか思われてるかも。」
 光希が淹れたコーヒーを口に含みながら弱音を吐いた。こんなことを言う時点で自明なんだ。俺は綾乃の事を諦められていない。今からでも何とかなるなら何とかして戻りたいって心の深いところでずっと燻らせている。
「そんなに強く人を好きになれたのがすごいよ君たちは。」
 光希は、そう言いながら左にフレンチトースト、右でネット漫画をめくっていた。深掘りまではしないよと言わずに示している。大人っぽくて伝え方がクールな配慮あるルームメイトだ、こいつは。

「ところで光希、フレンチトースト多くない?」
食パン4枚分はありそうなので聞いてみる。すると光希は少し困り顔で答えた。
「正直、由梨加さんも早めに起きてくるのかと思ってたから。」
「あー、納得。完全に。」
うちで手が焼けるのは優馬だけだからなぁというのは3人の共通認識だ。俺は甘めのフレンチトーストを大体自分の分と思う量食べた。フレンチトーストはしょっぱい派だが、人が作ってくれたものというのは味付けの趣向が違っても美味しいと感じる不思議がある。
俺が食べ終わった食器をシンクに運ぼうとした頃、由梨加さんもリビングに出てきた。顔でも洗ってきたのか、表情的には完全に起きており、そのままキッチンに入ってきた。
「2人ともおはよう~。コーヒーってまだ余ってる?」
このゲストハウスのコーヒーメイカーは量でいうと1回3人前だ。起きがけのコーヒーが楽しめるかは少し運による。今日は平等にみんな1杯ずつ。
 俺は自分が汚した皿を洗って光希が作ってくれた後の三角コーナーを処分しようとしていた。するとそのままキッチンでコーヒーを飲んでいた由梨加さんが、光希には聞こえない声で俺に話しかけ、悪戯に微笑んで部屋に去っていった。耳の中で由梨加さんの言葉が反芻している。

「あんな無防備な朝は、何か起きるのかと思ってたのに。
 コーヒーカップお願いね。」


 コーヒーカップを手に取った時、由梨加さんが付けているリップの感触があった。そのあと、優馬が起きてきてリビングが騒がしくなるまで、俺はずっと由梨加さんの言葉とリップの感触に悩まされた。
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