てんし(だとおもわれるものとの私のにちじょう)

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てんし(だとおもわれるものとの私のにちじょう)

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 目を覚ますと、部屋が暗かった。枕元にある携帯を手に取り、時間を確認しようとしてやめた。もし思っていたよりも寝てしまっていたら自分を責めてしまう。
雨が窓を叩く音がする。雨の日は嫌いだ。ねむくてねむくてたまらないから。なんでみんな、平気な顔をして会社に通えるのだろう。



 原因不明の胃痛に悩まされるようになったのは半年前。原因不明、といっても仕事によるストレスによるものに違いないのだが、消化器内科の医師はここの病院で解決できるような問題は起きていない、と言った。そりゃそうだ。私だってそんなことわかっていたけど、何かしら痛みをなくすような魔法のような何かがあるかもしれない、とすがるような気持ちで消化器内科を訪れていた。
 NPという文字は問題なし、という意味らしい。私の名前が記載されているカルテにはNPという文字がたくさん書いてあった。私は消化器内科では、問題ない人物なのだ。こんなにお腹がキリキリと痛いのに。

 会社を休みがちになったのは、それから3ヶ月経ってから。騙し騙し通えていた会社も、一回休めば癖になった。朝はあんなに痛かった胃も、会社に休む連絡を入れれば徐々に痛みが収まっていく。ストレスをためすぎるとよくない、体を壊してからじゃ遅い、そんな休むことを肯定してくれる文章を探しに一日中スマートフォンを触った。胃痛はよくならなかったし視力は落ちたが、有給があるうちは会社を解雇されることはなかった。

 有給が尽きて、さあこれからどうする、となったときに襲ったのは、ソレまでとは比べ物にならないくらいの胃痛だった。やめよう、そう決めてからは早かった。消化器内科にもう一度出向き、医師に半年経っても症状が改善しないことを伝え、ストレスが原因だと半ば無理やり心療内科への紹介状を書かせ、心療内科ではこれまた強引に医師にストレスが原因でこうなったと診断書を書かせた(ネットではそれが医者の仕事であると書いてある人もいた)。
 それからは早かった。私は2週間の慌ただしい引き続き期間をなんとか必死で終え、会社を辞めた。つまらない、私の会社員人生のとりあえずの幕切れであった。



 ぼうっと雨の音を聞いていたが、自分がまた眠りそうになっているのに気づいて、覚悟を決めて立ち上がる。脳に集まっていた血が急に動き出す感じがしてよろける。会社を辞めてから寝てばかりいるから、どんどん体力がなくなっている感じがする。
 よろよろと壁伝いに電気のスイッチのところまで行き、電気を付けると、天使が窓際に座って雨を眺めていた。
「きれい?雨」
 天使は視線を変えない。彼女の頬と外の風景の境界線がぼんやりとしている。膝を抱えた姿勢の天使は、ただじっと外の雨を眺めていた。
 猫みたい。そう思って笑う。この部屋に天使が存在していることに気がついた日から、私はまた些細なことで笑えるようになった気がする。あんなに毎日泣いていた日々がかなり昔のことに感じられる。
 天使が動こうとしないので、私はキッチンでお湯を沸かして、買い置きしておいた安いティーパックの紅茶を飲んだ。ふと後ろを振り返ると、天使がいない。彼女はいつだって、ぱっと現れてぱっと消えてしまう。もしかしたら天使ではなくて座敷わらしみたいなものなのかもしれない。
 胃が暖かくなると、幸福な気持ちになる。外の雨はいつしか本降りになっていたようで、窓を叩く音が大きくなっている。もう一度窓辺を見たが、やかり天使はいなかった。



 会社を辞めて、数週間は胃痛も吐き気も回復しなかった。
 会社がこの胃痛の原因とばかり思っていたので、正直焦った。ある程度の期間を好きなよう遊び回ったりしてから次の仕事を探そうとしていたのに、この胃痛じゃどこにも行けないし、次の仕事を探す元気も湧いてこなかった。
 布団にいるだけで一日が終わり、筋肉も内蔵も衰えたのか何をするにも億劫になって、金が無いというのに料理を作る元気が無いというだけでコンビニで弁当を買って食べた。
 毎日こんなんじゃいけないという思いだけが自分に重くのしかかった。自分は会社勤めをするよりはニートに向いているんじゃないかと思っていたが、ニートをするにも心労が相当なものであった。
 実家に帰ろうと考え始め、いやいや地元に果たしてやりたい仕事があるのだろうかと悩み、仕事を選り好みしている場合ではないと気づいて更に胃が痛んだ。
 父に相談たらすぐに地元に帰ってこいと言われるだろうから、まず母に仕事をやめたことを打ち明けようかどうしようか、なんてことを考えていたある日、天使がいることに気づいた。
 始めは見間違いかと思った。部屋のすみで膝を抱えて座る少女。頭の上には、漫画などでよく見た丸いリングが浮かんでいた。白い髪に白いワンピース。うつむいているので何色の瞳をしているのかはわからなかったが、こんなの天使以外の何物でもないと思った。
 どうしよう、天使がいる、いや、どこかの女の子が入り込んじゃっていたのかな?通報とかしたほうが良いのかな?そう思って携帯を探していたら、天使は消えていた。
 それ以降、天使は私の部屋にちょくちょく現れている。
 天使を見つけるときには法則が二つあった。まず、部屋は明るくないこと。二つ目に、私がひどく疲れていること。
 天使は明るい部屋には表れなかった。よく電気をつけたときに居るのを見つけるので、最初はびっくりした。天使は暗闇で光らないということを知識をつけた。昼間もカーテンを締め切っていたり、曇っていて部屋が薄暗くなっているときなら表れた。
 その中でも、私が昼間に疲れて寝てしまっているときに表れていることが多かった。面接から帰ってきてひどく憂鬱なときも現れた。逆に友達と食事をしたり面白い映画を見たりして、どうにかしてこの喜びを長く持続させたいと思うときには現れなかった。
 天使はいつだっていつの間にか存在していて、いつの間にか消えていた。声をかけてみても、天使はわかっているのかいないのか、無視をされた。ただ彼女は、ただそこにいた。



 机に座って、読みかけの本を開いた。図書館で借りてきた天使の本。いろいろな国の画家が書いた、天使の本。
 天使の多くは満たされたような笑顔をしていて、頬がバラ色だった。私は今日の天使のあの猫みたいな表情を思い出して、もしかしてやはり天使じゃないんだろうか、と思う。
 ふと、立ち上がって先程まで天使(だと思われるもの)がいた窓辺へ行く。天使がいたところに触れてみたが、まるで何年も前からそこに誰も存在しなかったように冷え切っていた。
 彼女の体温を感じられるんじゃないかと思っていた私は少し落胆した。冷えた指先を温めるように手を握り、天使が居た位置に座ってみた。窓の外は相変わらず強い雨が降っている。
 窓に映った己の姿で、自分が少し痩せたことを知る。ネガティブになりそうな気持ちを必死で抑えながら、降るというよりも、上から下へ流れ落ちていくといった表現のほうが合っていそうな雨を見つめる。
 明日また図書館へ行こう。就職活動もしよう。また天使に会えたら、そんなに身体が冷たいと心配だからって温かい紅茶を渡してみよう。
 彼女の瞳が私を映すことを想像する。窓辺は寒いはずなのに、私の身体は暖かかった。
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