ホワイトローズにくちづけを

雉村由壱

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朝日

―――コンコン

「ジェラルド様、おはようございます。」

―――コンコンコン

「……ジェラルド様? 起きてらっしゃいますか?」


 誰かがドアをノックする音で、レオネは目を覚ました。

 薄いカーテンは太陽の光をほぼそのまま通し、部屋はしっかり明るくなっていた。

 レオネは身を起こそうとしたが、太い腕と広い胸に抱きしめられていて身動きが取れない。抱きしめているジェラルド当人は無防備な寝顔を晒し、スースーと気持ち良さそうに寝息を立てていた。

 シーツの中でなんとか手を動かし、彼の剥き出しの脇腹を撫でながら囁いた。

「ジェラルド……起きてください」
「ん……」

 薄く開いた瞼の奥に、黒曜石のような瞳がチラリと見える。その瞳はレオネを捕らえると、ふにゃりと微かな笑みを浮かべ、さらに強く抱きしめレオネの首筋に顔を埋めてきた。

「ジェ、ジェラルドっ……! 起きてください」

 小声で呼びかけつつ、今度は強めに裸の上半身を叩く。


 きっとドアの外にいるのはジェラルドの秘書ウーゴだ。レオネはここに居ることを悟られるわけにはいかず、大きな声を出すことができない。

―――ドンドンドン!

「ジェラルド様~! 起きてくださーい!」
「んー……」

 レオネとウーゴの呼びかけにジェラルドはやっとレオネの首筋から頭を離し、ぼんやりとレオネを見つめた。

「おはようございます……。お時間大丈夫ですか?」

 レオネは小さく尋ねた。ジェラルドはハッとしたように身を起こし、サイドテーブルに置かれた懐中時計を手に取り確認する。

―――ドンドンドン!

「ジェラルド様~!」

 やっとウーゴに気づいたジェラルドは、扉に向かってかすれた声で叫んだ。

「……すまん! 今起きた!」

「朝食どうされますか? 何かお持ちしますか?」

「いやいい。食べてきてくれ」

「畏まりました。では八時半にはこちらを出ますので、ご用意ください」

「わかった」

 過ぎ去るウーゴの足音を聞いて、ボフッとジェラルドが再びベッドに横になった。

「……おはよう。……騒がしくてすまん」

 レオネはこの年上の男がなんだか可愛く思えてきた。

「いえ、こんな時間まで居座ってしまってすみません。私ももう出ますね」

「いや、君はゆっくりしていけ。宿には言っておく」

 ジェラルドはそう言うと下穿き一枚の姿で部屋の中を歩いていく。部屋に一枚しか備え付けられてなかったガウンはレオネに譲ってくれていた。

 ジェラルドが顔を洗い、髭を剃り、髪を整える様子を、レオネはベッドに寝転びながらぼんやりと眺めていた。

 結局、ジェラルドがレオネの『処女』を奪うことは無かった。
 肌を撫でられ内に籠もる熱を互いに吐き出し、何度も口づけを繰り返し、抱き合い眠った。

 その甘い夜を引きずるようなこの時を、レオネはとても幸せに感じていた。だが昨日酒場で彼と話していた時以上に寂しさも感じる。このまま時間が止まってほしい。そう思った。

 ジェラルドが衣服を持って戻ってきて、ベッドに腰を下ろし靴下を履き始める。レオネはジェラルドに近づき、その尻に頬擦りをした。柔らかな生地に包まれた硬い筋肉質の尻。

「こら、こら」

 ジェラルドが笑いながら子供をあやすようにレオネの髪を撫でる。

 レオネをあしらいながら、ジェラルドは着々と着替えを進めていく。
 上質なシャツにラインの美しいスラックスをサスペンダーで留め、シルクのタイを締める。ベストには懐中時計の金の鎖が光り、ジャケットも昨日とは格段に質の良いものだ。昨日はバラルディ商会の会長と聞いて驚いたが、今そこには確かに大豪商トップの男がいる。

「そろそろ行かなくては」

 レオネはベッドから降りガウンの襟を直しつつ、支度を整えたジェラルドに向き合った。

 寂しさがこみ上げてきて縋りついてしまいそうだ。たった一夜過ごしただけの相手に。

 重い奴だと思われないように必死に耐えていると、ジェラルドが思い切ったように切り出した。

「レオネ、君の名前を……、フルネームを聞いてもいいか」

 それは『また会いたい』と言われていると同義だと感じ、レオネの胸に嬉しさが広がった。

「レオネ・ロレンツ・ブランディーニ、です」

「ブランディーニ……? 君はブランディーニ侯爵の……!」

 ジェラルドが驚いたように確認する。「あの領地か……」と呟くジェラルドにレオネは微笑みながらしっかりと宣言した。

「ジェラルド、貴方に出会えて良かった。これからのこと、私に出来ること、しっかり考えてみます」

 今ジェラルドに言うのは自分に言い聞かせる意味もあった。

「ああ、慎重にな。だが一歩踏み出すことが大事だ。健闘を祈るよ」

 ジェラルドはそううなずきながら言葉を重ね、抱き締めてくれた。そしてレオネの背中を二回軽く叩き、抱擁を解いた。それから一年旅に出るとは思えないほど小ぶりなトランクと帽子を持ちドアを開ける。

「あ、あの…」

 レオネは思わず呼び止めた。ジェラルドが動きを止めてこちらを見る。

「行ってらっしゃい。お気をつけて」

 レオネが言った言葉にジェラルドは笑顔で応えてくれた。

「ああ、行ってくるよ」

――パタン。

 扉が閉じ、ジェラルドの足音が遠くなっていく。
 部屋に静寂が訪れた。
 バフッと、レオネは仰向けでベッドに倒れた。

(なんだったんだろう。この怒涛の一夜は)

 レオネはそのままぼんやりとしばらく天井を眺めていた。
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