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マルフィに起きた大異変

55話 気持ち悪いナメクジが.....

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 近くにあった水たまりに自分の顔を映してみる。

 毛に赤みがかかった以外に、少し凛々しい感じになっているような......

 丸い目だったのも、何だか鋭さが少し加わってる。
 顔の輪郭も顎のラインが少し鋭角になっている気がした。

 あと、肩まで伸びた髪の毛先が外側にカールしていたのが、今はしていない。
 ストレートになっている。

 全体的には少し......クールビューテーってやつに近づいたんじゃないかしら!?


 容姿が変わるのはアースで死を迎え真相界に入ってから何度か経験している。
 そのため、理由は分かった。

 ”闘い”というこれまで経験した事の無いものへの恐怖を乗り越えたからだ。
 特に最初の1回目の変化は大きいのではないだろうか。

 
 ......て、自分の顔を観察してる場合じゃないわ。

 先に進むか、進むまいか........
 
 悩むまでも無い。
 いや、さっきは一瞬悩んだけど。



 先に進もう。

 その瞬間、心の内側から”早く戻らなきゃ!!”という強い衝動が湧いてきたけど、それは周さんによるものだろう。周さんは私達を引き帰させたいようね。

 その事で、進みたいっていうのは私の意志であるのが分かった。

 ムスカリ君を家族の元に帰してあげたいというのもあるけど、それだけなら一時退散ということもできる。

 今進む必要があると感じる理由。

 それは私の容姿が変わったという事は、”今進む”ということで、私の成長に最短距離であるのが確定したということである。恐怖を乗り越えて成長できたのだから、今、引き下がるのは得策ではないだろう。

 ムスカリ君もいるし安全な選択をした方がいいと思うのだが、私は成長の道を行くのが一番の安全策だと信じている。

 今、容姿が変わるほどの成長が得られたのだから、”今進む”というのが、何よりも安全ではないだろうか?
 
 ムスカリ君にとってもそれがいいと信じる。




 ..........私は成長という概念に囚われすぎだと思いつつ、やっぱり人間はすぐには変わらないなと苦笑いをする。
 まあ、今回は容姿が変わるという分かりやすい変化があったから、進む方向性に関しては良いものだと思える。


 
 周さん、ごめんなさい。
 私は先に進みます。

 私はこちらへ向けて口を開けた大穴に足を進めた。

 ムスカリ君を背負ったまま、強化された足により高速で駆けていく。
 そして、大岩がゴロゴロしている所を、大岩から大岩へと飛び移りながら進んでいった。


 私が進むと同時に、前方の暗闇が光に照らされていっている。

 どうやら周さんも先に進むのを納得してくれたみたい。
 良かった。本当にありがとう。

 この想いは周さんに伝わったりするのかしら。

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 野田周視点

 アリシャの容姿が変わった.....
 少しもっちゃりしたハムスター系の顔をしていたのだが、スパイ映画に出てくる女性エージェントぽさが加わった。
 輪郭がシュっとして目もシュッとして髪の毛もカールが無くなりシュッとした。
 全体にまだ丸みがあって親しみやすい感じだが。

 髪の色も黒髪に少し赤が混じってる。
 アリシャも未来には赤色になるのか?

 って、分析している場合じゃないぜ!

 早く二人を呼び戻さないと!!

 
 おいおい........アリシャ前に進もうとしてるよ。


 至急、戻ってくるのだ。今、スグ、戻ってくるのだぁーーーーー!

 俺はアリシャに向けてメグル電波を一生懸命飛ばす。みょみょみょみょ.......


 が、その瞬間、俺の心に、

 ”アリシャの成長のためにも今、進ませた方がいいんじゃないだろうか?”

 という思いが突如湧いてきた。

 容姿が変わったということは、今進むことで、アリシャが持つ精神的課題の克服につながるということである。

 欠点の克服に果敢に挑む事、おそらく、それは、もっとも安全が保障されている道だ。
 一見それが、どれだけ危険に見えようとも。

 
 以前、俺は、雷公セトと戦った時、電気をビシィ!!だのバチィ!!だの鳴らしているセトに対し、背を向けて逃げた。
 その瞬間、魔法障壁が解けて雷ビームを背中に直撃させちまった。

 さっきの”相手の攻撃にビビらなければ相手の攻撃に対処できる”というのが事実だとするなら.....

 あの恐怖に立ち向かえていればそうはならなかったのだと思う。

 これは戦闘だけではなく、俺達の人生もそうなのではないだろうか。
 
 ”ここでアリシャを戻さないと、何かあったら俺の責任になる”

 といった保身の思いもどこか感じる。動機も良くないな。

 こんな動機の行動で最善の結果が掴めるなら、人生には何の意志力も努力もいらないことになる。ましてやここは真相界だ、そんなお粗末な矛盾はありえないだろう。

 
 
 ..............先に進んでもらうか。

 アリシャはすでに進んでるけど。
 
 何かアリシャに大切な事を気付かせてもらった気がするな。

 ありがとう、アリシャ。

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 跳躍しつつ岩場を超えていくと、天井から突き出ている鍾乳石にぶつかりそうになった。

 「ぎゃっ!!」
 
 私は鍾乳石を足で蹴って衝突を回避し、自然落下にまかせ下に着地することにした。
 バッシャーン!

 浅い川のような水の流れがあり、私はそこに着地した。

 この辺り、足元には綺麗な水が流れていて、足首あたりまで水に浸かっている。
 ひんやりとした気持ちのいい感覚が足を包んでいる。


 アースにはソンドン洞窟っていう世界最大の洞窟があったけど、この洞窟........それぐらい大きいんじゃないかしら。
 マルフィはアースの人達の意識が作り上げた実体の世界っていう話だけど、もしかして、この洞窟はアースに存在してるものなのかもしれない。

 そんなことを考えていると、洞窟の天井で何か光っているのが見えた。
 よく確認してみると.......

 ひぃ!!

 大きいナメクジだ。
 イルカぐらいの大きさである。

 さらにもう一つ奇妙な点がある。

 それは、虹色の線が背中でうねうね動いていることだ。

 クラゲが虹色に光るなら綺麗だが、ナメクジが虹色に光ったらグロいだけだ。
 私のような人間の分際で一生命体を評価するのも申し訳ないけども。

 ナメクジは天井でじっとしているようで、こちらに注意を向ける様子は無い。
 気持ち悪い......こっそり先に進もう.......

 その瞬間、私の心の内側から

 ”そのナメクジの下辺りを通過してはいけない!!”という意識が湧きおこった。
 
 私は瞬時に、後ろに飛び退いた。

 次の瞬間である。

 私の元居た場所にドロドロした何かが降ってきた。
 ジューっと音を立てて、ドロドロした物に触れた辺りの水が蒸発したのが見える。
 新たな水が流れてくるも、ドロドロに触れると蒸発していく。


 みぎゃー!!??なにこれ、なにこれ!!

 私は思わず後方に飛び退き安全を確保した。
 

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 野田周視点

 何だ、あの気持ちの悪い巨大ナメクジ......
 アリシャを通じてだが、何とか解析できないだろうか?

 さっきは解析を試す余裕など無かったが、今ならできるかもしれない。

 ...........転生者だったら嫌だな。

 俺はナメクジの内側を観るよう意識を集中させた。
 
 ・・・・・・・
 
 名称 カビルリマース

 約780万年前にメルセルで存在していた種である。
 最近では何らかの理由によりマルフィにも出現している。

 背中に虹色に光る線を持つのが特徴。
 天井へ移動する習性を持ち下を移動する生物に対し、酸を放出し、動かなくなった所を捕食する。
 また、カビルリマースの酸は空気に触れると高熱も発する。
 カビルリマースによって死亡した人間は多く、古来から危険生物として忌み嫌われてきた。
 
 群れで行動する傾向があるため、1匹見つけたなら、他の個体もいるため気を付けよう。

 ・・・・・・・

 このナメクジは転生者じゃなかったらしい。
 良かった......って、安心してる場合じゃねえ!!

 アリシャ!!

 ナメクジの下を通るな!!!

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 目の前の恐ろしいドロドロが怖すぎて足がガクガク震える。

 ムスカリ君は大丈夫かしらと顔を伺うと、ナメクジの虹色の線をただ眺めていた。
 どうやら、落ちてきたドロドロには気が付いていないらしい。
 それが良いだろう。

 それにしても、このナメクジ一匹だけなのかしら?

 こういうのって大体1匹いれば100匹はいるものなんだけど......

 私は目をこらしてこの辺りの様子を伺ってみた。
 
 
 天井一面に虹色の線がゆらゆらしてる。
 小さい虹やオーロラが無数にあるようで美しい.....と思えるのは、それがナメクジであると知らなかった場合である。

 ひぃーーーー!!!!

 
 一瞬私は気が遠くなったが、目の前で周囲の水を蒸発させ続けているドロドロが視界に入り、その恐怖によって持ち直した。
 恐怖で気絶しそうになったのを恐怖で持ち直す。

 この恐怖を乗り越えたら、また容姿が変わって世界一美しくなっちゃうんじゃないかしら。
 そんな気すらもしてくる始末である。


 前に進もうにも、天井一面にナメクジがいて、どこを行ってもドロドロをかけられる気がする。
 どうしよう.......

 私は途方に暮れてしまった。
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