3 / 149
女児霊といっしょに。~学校の七不思議~
序章:ななふしぎ 2
しおりを挟むほんのりと漂う独特な木の香り。六年間嗅ぎ続けた校舎の匂いが、正面玄関を開けた瞬間から溢れ出してくる。
ここに足を踏み入れるのは卒業して以来、実に三年ぶりだ。あの時と何も景色は変わっていない。記憶にある通りだ。違うことがあるとすれば廊下が真っ暗で、校長室だけ煌々と灯りが付いていることだけだ。時刻は午後九時過ぎ。生徒はおろか先生達も帰路についている時間だ。
晩出市立晩出奥部小学校。
オレの母校だ。
ここに来たのは、遊びで立ち寄ったとか急に懐かしくなったとかそんな理由じゃない。
「心の準備はいいわよね 駆郎?ほ~ら、背筋を伸ばして」
「いってーな!分かってるよ」
寝癖のように跳ねた前髪を揺らしながら、オレの母―― 天宮このはが思い切り背中を平手打ちする。
そう、遊びじゃない。仕事で来たのだから半端な心構えじゃいけない。
今日はオレの初仕事――その打ち合わせなのだから。
重い扉を二回ノック。直後に中から「どうぞ」と明朗な男の声。扉を開けて「失礼します」の言葉とお辞儀。まるで面接のように緊張して校長室に入る。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。久しぶりだね、駆郎君」
スキンヘッドの男が革張りの椅子から立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。奥部小学校の校長を務める 可児 桂馬だ。厳つい顔のせいで怖い人と思われがちだが、とても心優しい人だ。オレがいた頃は教頭を務めていたが、知らない間に昇進していたらしい。優秀な人だし、偉くなるのも納得である。
しかし、相変わらずの坊主頭だ。真上の照明のせいで眩しく輝いている。小学校時代は皆で“カニボウズ”と陰で呼んではよく怒られたものだ。
「久しぶりのカニボウズだ…って思ったでしょ」
「え、あー…いや、その…はい…」
図星を突かれて狼狽えてしまった。
「別にもう怒らないから安心していいよ。今では私の良きあだ名になってるからね」
はっはっは、と笑いながら両手でチョキチョキポーズをする姿から、以前より大分丸くなったことが窺えた。
……よく見るとネクタイが 蟹柄だ。相当気に入ったのだろうか、蟹。
挨拶もそこそこに切り上げ、ソファに腰掛ける。
周りには歴代校長の額縁入り顔写真や書道作品がずらりと並んでおり、圧迫感が尋常じゃない。これのせいで子供の頃は部屋に入るだけで緊張していたし、今だって萎縮してしまっている。偉い人の部屋というのはどうも居心地が悪い。
緊張で乾いた口を潤そうとして可児校長が淹れてくれたお茶を一口啜ると、芳醇な香りと味が身体に染み渡っていく。客人用の高級品なのだろうか。こんなお茶、飲んだことない。
「で、今回の依頼の件なんだけど…」
「新しく出来た七不思議の噂ですね」
「そうなんだよ。こういう問題がどんどん出てくるもんで大変なんだよねぇ」
「私としては仕事がいっぱいあって嬉しい限りですよ~」
母さんと可児校長は世間話の延長で仕事の話を始めている。
奥部小からの依頼はとても多く、お得意様だ。だから堅苦しい雰囲気なしで和やかに話が進んでいた。
奥部小学校では怪異絡みの問題が頻繁に起きる。オレが通っていた頃も度々事件になっていた。
晩出市には有名な伝承が残っており、大昔は強大な怪物に支配されていたそうだ。それを霊獣が三日三晩の死闘の末打ち倒したそうで、その戦火の名残なのか晩出市では怪異が発生しやすくなったと言われている。そして奥部小は晩出市の中心に位置するためか市内の怪異が集まりやすく、結果的に依頼が多くなる。
そこでオレの家、母さんが経営する“ 対霊処あまみや”の出番という訳だ。
霊に関する問題を解決するための地域密着型の専門店。 念導者――所謂霊能力者の母さんが依頼に応じて 浄霊をするのだ。
そして今回の依頼を担当するのは母さんの血を受け継いだオレ。サポートとしての役目は何度か経験したが、一人で解決するのは初めて。つまり初仕事、“あまみや”を継ぐための第一歩ということだ。
「私としては夏休みが始まるまでには解決してほしいんだよね」
「大丈夫ですよ~。駆郎が何とかしてくれますから」
母さん、何故プレッシャーをかけるんじゃい。
ますます緊張してきた身体を落ち着かせようと湯飲みに口をつけるが、もう空だった。
「期間は夏休みまでの二ヶ月間。駆郎君には小学校に学習サポーターのボランティアとして通ってもらうことにして、その裏で問題の解決にあたる……ということでいいんですよね?」
「ええ、晩出中央高校にはぴったり二ヶ月休学ってことで話は通っているわ。期間内なら煮るなり焼くなりステーキなりにしてオッケーよ」
「では、一週間ずつ一年から六年を担当してもらって……あとの二週間は適宜大変そうなところに入ってもらうということで」
「いいよいいよ~」
オレのことはそっちのけでどんどん決まっているんですけど。
仕事するのはオレなんですけど。
「で、その新しい七不思議についてなんだけど、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
「それなんだけど、ここ一年の間に急に生徒達の間で噂されるようになってね。職員間でも何人も見たとか被害にあったとか……とにかく大騒ぎだよ。ちまちま事件はあったがこうまとまって噂になるのは初めてだからね。しかも妙なことに各学年のフロアに一つずつ、職員室に一つ、合わせて七つで七不思議。綺麗に揃い過ぎでしょ」
確かに妙だな。七不思議と言えば動く人体模型やピアノを弾く霊など、特別教室が舞台になる話が多くなる傾向にあるし、実際同様の案件もあった。それなのに特別教室はノータッチな上に各学年に一つずつというのはあまりにも不自然だ。
成る程、だから一週間ずつ学年を移動するスケジュールになっているのか。
「それでね、今噂になっている七不思議なんだけどね」
可児校長が懐から一枚の紙を出す。四つ折りになったそれは印刷ミスしたプリントの裏をメモに使った物だった。
資源の再利用かよ。
「……噂になっているのがこの七つなんだ」
可児校長が指で突いて鳴らす先、裏紙メモにはこう書かれていた。
・一年生:夕方、一年二組で彷徨っている女の子の霊
・二年生:二年三組のベランダにうずくまる男の子の霊
・三年生:三年の廊下を遊び歩く人形
・四年生:渡り廊下の角の見えない何か
・五年生:勝手に開く女子トイレの窓
・六年生:神出鬼没のぼろ布を被った女の霊
・職員室:午前四時四十四分四十四秒に職員室前モニターに映る怪現象
「な~るほど。これなら出来そうよね、駆郎?」
「え、はい?」
急に話を振られて、間抜けな返事をしてしまった。
「ぼーっとしてるんじゃないわよ、もう。今回の依頼はあなたの初仕事。基本的に一人でやりきるって約束でしょ?」
そうだった。弱音を吐いていたら格好が付かない。
「……ふっ…、当然だろ」
ゆったりと立ち上がり、物静かに宣言する。
これがオレのスタイル。クールなキャラ・イズ・ジャスティス。
しかし、答えは否。
暫しの沈黙。
直後、二人に爆笑された。
「駆郎君は昔と変わりませんねぇ、そういうところ」
「ほんっと、カッコ付けたがりなんですよ~」
ぐはっ。
超絶恥ずかしい。
自分の耳が真っ赤になっていることが、体温の急激な上昇で容易に想像が付く。
アピールは盛大に滑り、すごすごとソファーに尻を沈めることになってしまった。気を紛らわせようとして湯飲みを手に取るが、軽さで空っぽだったことを思い出す。さっきおかわりを注いでおけばよかった。
穴があったら頭からダイビングしたい。今すぐに。
「ちょっと……下見に行ってきま~す……」
しかし丁度良い穴はないのでこの場を一時離脱することにした。幸い可児校長は快く許可してくれたので、足早に校長室から出た。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。
ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。
学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。
当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。
同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。
ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。
そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。
まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。
その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。
こうしてジュリーとの同居が決まった。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
霊和怪異譚 野花と野薔薇
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる