女児霊といっしょに。シリーズ

黒糖はるる

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女児霊といっしょに。~晩出霊獣伝説~

第三章:棒がなくても犬に当たる 5

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 次の日、オレ達は晩出市立図書館に来ていた。勿論、ミサキちゃんも連れて。
 目的は晩出霊獣伝説にまつわる書物、特に古文書の類いから情報を集めるためだ。

「こんにちは、震名ふるなさん」
「どうも。で、何の用?」

 怪異関係の資料を担当してくれている司書、震名あおいさん。今日も変わらず冷たい態度である。

「霊獣伝説関係の資料、出来れば古い物で信憑性しんぴょうせいが高いのを集めていただきたいと」
「あら、今回は随分ずいぶんと普通ね」
「普通なんですか」
「地元の伝承はよく物好きが資料漁りに来るのよ」

 それもそうか。晩出市名物の一つだし、あらすじ程度なら市のホームページに載っているくらいだからな。

「そんなに時間はかからないから、その辺で待ってて」
「その辺って……」

 震名さんが適当に指定したのは絵本コーナー。なながいるだろうと分かった上でなのだろう。笑いのツボが謎な震名さんも、小児性愛ネタではもう受けないか。別に奇声を上げて笑ってほしいわけではないが。

「ねーねー、絵本読んでていい?」
「勝手にどうぞ」

 ななはさっさと絵本コーナーへと飛んでいってしまい、オレの横にはミサキちゃんだけ。
 なんか気まずい。

「よかったらななと一緒に絵本でも――」
「あたいの読める物ないだろ」

 即、断られた。
 そりゃ千年も前の人に、現代の絵本を薦めるのもどうかしていたか。だけどここは図書館なので本しかないぞ、間が持たない。

「それなら……君のことを、詳しく教えてくれるかな?ほら、好きなこととかさ」

 昨日は母さんのアイアンクローのせいで真夜中まで痛みに苦しんでおり、とてもじゃないがミサキちゃんの身の上話を聞けなかった。
 折角だしこの機会に聞いてみようとしたのだが――

「何で話さなきゃいけないんだ?」

 ――凄い形相でにらまれた。怖い。

「……すんません、やっぱいいです」

 生け贄のくだりは教えてくれたのに、自分のことは話したくないご様子。確か名家の出身って伝承だが、門外不出の秘伝の技があったりとか家の実体は口外してはいけなかったりするタイプの家訓なのだろうか。
 かなり粗暴そうなので、怒らせないようにしよう。

 それから暫く息苦しい時間を過ごして、資料の到着を待っていた。
 震名さんの素っ気ない態度の方がまだ居心地がいいかな、と思えるほどだ。実際震名さんが大量の古文書を持ってきてくれた時には救いの女神が降臨したかと勘違いしそうになったぞ。

「はい、これで全部よ」
「ありがとうございます」
「大切な資料だから……汚したらその前髪、引きちぎるから」
「りょ、了解っす」

 あ、さっきのは撤回で。
 やはり震名さんには凍てつく怖さがあるわ。


「なるほど……」

 黄ばんだ紙に描かれた文字、そして絵。付属された解説書と交互に読むことでそれらが何を意味しているのかが分かる。初心者にも分かりやすく、用語解説も充実している。郷土資料をまとめている方々には頭が上がらないな。

「こいつが伝説の怪物か」

 海から頭らしき部分を出している黒い巨体。おそらくこれが怪物の姿だろう。
 筆で描き殴ったようなタッチで、ギョロリとした二つの大きな目。ただそれだけの絵なのに不気味で背筋がぞわぞわしてくる。本物はどれだけ恐ろしい見た目をしているのだろうか。邪怪と同様の性質を持っていることを考えると、間違いなくグロテスクなのだろうことは想像に難くない。

「凄くいそ臭かったのはよく覚えている」
「……そうなのか」

 被害者談。

「で、この怪物の名前は……澱神おりじん、いや澱神無おりじんか?」

 絵の横には達筆で“澱神”。しかし解説書の方では“澱神無”と記されている。読みは同じだが何故“無”が追加されているのか。












「あたいが生きていた頃は、こいつは神扱いだったな」
「邪怪が神って……どうしてそうなった」

 と、思って解説書を呼んでみたら本当に神としてあがめられていたという記述があった。どちらかというと災厄をもたらす類いの神もどきで、それを鎮めるための生け贄を捧げることから畏怖いふの面が圧倒的に強いけど。
 ただの邪神じゃねーか。あ、邪怪だったわ。

「でも神もどきはただ生け贄だけを貪るだけの化け物だった……だから討伐された」

 つまり当時は神だったが後の世で否定されたため、新しい資料では当て字のように“無”の文字が尻にくっつけられたということか。

「で、念導者と共に澱神無を討伐した霊獣が“狼慈丸ろじまる”か」
「あー、よく街で見かけるねー」
「それはゆるキャラの方だな」

 晩出市の英雄、狼慈丸。
 その姿は銀色の美しい毛並みを持つおおかみ型の霊獣だ。
 晩出市に住んでいる人間なら誰でも知っていると言っても過言ではないだろうほど有名なキャラクターだ。千二百年以上の歴史を持つ九ヶ宮神社ここのつがみやじんじゃには狼慈丸ゆかりの絵画や石像などがあり、霊獣伝説との関係性が強いことが見て取れる。
 そんな強烈なネームバリューを持つ存在を市が放っておくはずがなく、全国のゆるキャラブームに乗っかって無事ゆるキャラ化した。
 それが“ろじまる”だ。平仮名表記なところがのポイントだそうです。
 動物モチーフなことが功を奏したのか全国的にもそれなりの人気が出て、今ではしっかり定着しているのだ。
 余談だが、オレは中学生の時にろじまるの着ぐるみに入ったことがある。暑いし前が見えないしで大変だった。中の人って凄いな、と思いましたね。

「おい、霊獣って何だよ」
「そういえばよく知らなかったー」
「そっか、みんな漠然ばくぜんと霊獣って言葉を使っているからなー……」

 霊獣。
 この伝説を語る上で繰り返し登場するこの単語。実は邪怪と同様、念導者が使う専門用語が由来なのだ。狼慈丸以外にも全国各所で語り継がれている伝承にも霊獣という単語が出てくるが、それらも全て同じだ。
 ざっくり説明すると邪怪とは対極に位置する存在、人々が発した幸せや希望などの正の感情が凝り固まって誕生する存在だ。
 念導者や霊でも感知出来ない場所で生まれているらしく、成長過程は確認されていない。完全体になると世界中に幸福を振り撒いたり人々を絶望から救うために戦ったりする、と言われている。そのため目撃例が少なく、邪怪以上に不明な点が多い。またその姿は邪怪と違い整っており、実在する生き物かそれに近い幻獣のようである(むしろ幻獣=霊獣の目撃ではないかとも考えられている)。

「……ということだ」
「へー、初めて知った~」

 霊獣の説明を聞いてななは妙にわくわくしているようだ。ユニコーンとかフェニックスあたりもいそう、とか妄想していそうだな。

「ってことは、澱神無をぶっ潰すには霊獣……この狼慈丸ってヤツが必要ってことか?」
「オレ達の力だけで十分……って格好良く決めたいところだけど、その通りだよ。こんな規模の敵を相手にするんだから霊獣クラスの力は必須だ」

 霊獣はまさに邪怪キラー。その体に内包された正の感情を解き放つことで、並の邪怪なら一撃必殺。澱神無が邪怪に似た性質を持っているという点を踏まえると、狼慈丸がいれば百人力。今回の怪異案件なんてすぐ解決出来るだろう。当時はたった一人の念導者と共に戦ったのに勝っていることからも、期待値は天に届く程に高い。
 仲間になってくれたなら最高に心強い……のだが。

「でも、どこにいるか分からないんだよな」

 最大の難点はそれだ。
 霊獣は常に世界中を飛び回っていてそう簡単に出会えるような相手ではない。繰り返し言うが、目撃例が少ない希少種なのだ。

―それが、そうでもないのだよ―
「!?」

 突然、誰とも知らぬ声が耳に……いや、脳内に直接響く。
 ななともミサキちゃんとも違う。
 威厳ある、渋い声だ。
 一体誰なんだ!?

―我が誰か、だと?―

 今度はオレの心の声に返答してきただと!?
 どういうことだ、まさか呪詛の一種を使っている念導者がいるのか!?

―残念ながらハズレだ。我は人間ではない―

 人間ではない……?
 それなら霊か、それとも邪怪……?

―鈍い少年だな。先程まで我の話をしていたというのに―

 ま・さ・か……!

―そのまさかだよ。我の名は狼慈丸。お前達が探している霊獣だ―
「嘘だろ!?」

 思わず大声を上げてしまった。
 司書さんや利用客は勿論、ななとミサキちゃんもいきなりどうした、と言いたげな表情でオレのことを見ている。

―そこでは不便だろう、外で話そうか―

 狼慈丸と思わしき存在の提案。
 答えは、当然イエスだ。

「なな、ミサキちゃん。オレについてきてくれ!」
「え、え!?どういうこと!?」
「ちょっと待てよ、意味が分かんねーぞ!」

 図書館から飛び出し、周囲を見渡す。
 駐車場、花壇、向かいの道路。
 声の主らしき姿は見つからない。

「駆郎にぃ、どうしたのか説明してよ!」
「狼慈丸が近くにいるみたいなんだよ!一緒に探してくれ!」
「は?大丈夫かお前?さっき簡単に出会えねーって言ったばかりじゃねーか」
―それがいるんだよ、すぐ近くに―

 また、声が脳内に響いた。今度はななとミサキちゃんにも届いたようで驚きの表情で口をぽかんと開けている。

「だからどこにいるんだよ、具体的に教えてくれ!」
―……分からないか?―

「申し訳ないが冗談抜きで分からない」
―花壇の方を見てくれ―

「花壇……?いや、綺麗なお花さんと小さい柴犬しばいぬみたいなのしか目に入らないが?」
―……それが我だ―

「はぁっ!?嘘だろ、花が霊獣な訳ないだろ!」
―……あの、そっちじゃなくて、柴犬の方なんだけど―
「どっちにしろあり得ないだろ、どう見てもただの犬――」

 ごすっ。

 柴犬の猛烈タックルがオレのひたいに直撃した。

―どうだ、我の体当たりは―
「……痛ぇ。つーか、本当にあんたが狼慈丸なの?」
―だからそうだってば―

 どうやら、そのようだ。
 脳内ボイスと柴犬の動きが一致しているし、これは認めざるを得ないな。











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