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女児霊といっしょに。~晩出霊獣伝説~
第五章:翠と金の螺旋階段 1
しおりを挟む目の前には土下座している行兵衛。
身なりが良くいつも仕事が出来る大人を演じている彼が、恥も外聞も捨てて自らの額を我が家の玄関に擦りつけているのは異様な光景だった。
「誠に申し訳ない」
「……えーっと、何に対して?」
常に冷静かおふざけかのどちらかである母さんが、珍しく困惑しておろおろしている。ただでさえ目の前で最大限の謝罪ポーズをされている上に、それをしているのがいつものセクハラオヤジなせいで余計ちぐはぐだ。
「新兵器の使用、断られました」
「あー……それはまぁ、……でしょうね」
何だ、その件か。腰が重い相手だとは言っていたが、結局ばっさりお断りだったのね。母さんもある程度予想をしていたようで、さほど怒ってはいなかった。
「土下座するようなことでもないでしょ。清寂会の人達の仕事が遅いのなんて、昔から変わらないでしょうに」
「そうだ、そうなんだよ。だからこそこのはさんの力を借りたいんだ」
「は~っ……、またあなたはそんなことを……」
母さんはなおも助けを求めてくる行兵衛に呆れた様子。無論オレも同感だ。散々セクハラの限りを尽くしてきて、更にお偉いさんにもそのボディを貸せ、なんて最低過ぎる。
「違うっ!今回は本気なんだ、このはさんの体には指一本触れさせない!」
「本当に?」
「当たり前だ!触れていいのはオレだけ――げぶっ」
踏みつけアタック。
母さんの強烈スタンプが行兵衛の後頭部をゴリゴリ鳴らす。
「ずばん、今のば冗談でず。……オレもじまぜん……」
最初からそう言えばいいものを、セクハラに命を賭けすぎだろこの人。そのうち母さんに殺されても知らないぞ。
「うちのパパはどうしようもないパパだけど、今度ばかりは信じてあげて」
娘である茶々すらも呆れながらではあるが、駄目な父親を擁護している。
「こんなパパだけど、昨日は結構説得に頑張ったのよ。電話越しだっていうのにぺこぺこ頭は下げるしこんな風に土下座はするし……」
「茶々、余計なことは言うな!父さんのイメージが崩れる!」
最初から良いイメージがないから心配するな。むしろ仕事に真摯なことが伝わって、ちょっとだけ好感度が上がったと思うぞ。元がマイナスに振り切っていたから結局まだマイナスのままだろうけど。
それでも母さんは真面目に行兵衛の話を聞く気になったようだ。
「はいはい、あなたの頑張りは聞きました。で、用件は?」
「オレと一緒に直談判しに行ってほしい」
「直にって……本部ってこと?」
「そうだ、清寂会の本部に乗り込んで新兵器を渡してもらう。このはさんが直接来るレベルって理解したら連中だってさすがに事態の深刻さが身にしみるはずだ」
「……それもそうね」
おいおい、それってアレだろ。
母さんと行兵衛の二人旅ってことだよな?
本部まで新幹線を使っても片道一時間、往復で二時間。更に説得やら諸々の時間を入れるとかなりの長さだ。
「母さん、大丈夫なの?こいつとずっと一緒なんて」
「ここまでお願いされたらねぇ。それにいざという時にはもぎとって去勢するから安心して」
……それなら、一応安心かな。
この世から汚い玉が二つ減るだけのことだし、むしろ良いことかもしれない。
「そうだ、茶々。フリーの念導者の件はどうなった?」
「そっちは滞りないよ。今は多発している邪怪の討伐にあたってくれているから。それより駆郎の呼んだ“きつねび”のヤツは?」
「ボクのこと?」
そこへゆったりと緩慢な動きで、ギャルみたいな格好のこがねが現れる。これまた寝起きでやる気のなさそうなぼけぼけ顔だ。
「うわ、これは酷いなー」
目が合った瞬間、茶々が開口一番喧嘩を売った。
ぼけっとしたこがねの眉がぴくりと動いた、気がした。
「こんなだらしない格好をしたのが“きつねび”の念導者だなんてね~」
「この方が楽だから。悪い?」
「べっつに~?でも姉妹揃って痴女みたいな格好なんだなってね。にひひひ。もしかして性欲強いタイプ?」
きらり。
白銀の光が尾を引いた。
それは一本の日本刀。琥珀色の龍鎧石が付いた念導剣だ。
こがねの刃は茶々の首元へと真っ直ぐと伸び、その切っ先は今にも横一文字の赤い線を引こうとしていた。
「ボクのことはいいけど、姉ちゃんのことは悪く言わないでほしい。じゃないと大切な戦力を一人減らしちゃいそうになる」
「ありゃりゃ、沸点が低いね~。遊び人みたいな格好している割にジョークが通じないのかな?」
それでも茶々は一切動じず、煽ることをやめない。今にもその喉元に刃が突き立てられそうだというのに、冷や汗一つ流さない。
「にひひ……。もしかして、遊んでいるように見えて見かけだけのおぼこちゃんかな?」
「はいはいはーい!その辺にしようか!」
このままだと任侠映画顔負けの血生臭い闘争に発展しそうだったので、オレは間に入って二人を制止した。刃物の中に飛び入るのは怖かったが、仲間割れしている場合ではないので止める以外の選択肢はなかった。
「ふふ、いつの時代もおなご同士の戦いはドロドロしてるのねぇ」
「私も旦那様との取り合いで大変でしたわ」
ヒノエさんとフタチさんが妙に納得して盛り上がっている。あんた達は年上の霊として、そこで怖がっている年下の霊達を慰めてあげてくれ。滅茶苦茶怖がってるんだから。
「な、小っちゃい子達も見てるから喧嘩はやめようか」
「優等生が言うなら仕方ないか~」
「ボクからは喧嘩を売らないけどね」
やっと互いに発していた眼力の稲妻が収まったようだ。
こんな調子で協力し合えるのだろうか、とてつもなく不安になってきた。
「駆郎にぃ……」
「お、どうした。怖かったか?」
ひょろひょろと飛んでくるなな。生身の本気の喧嘩にガチビビリをしてしまったのだろうか。
「あの日本刀、かっこいいね」
「そこかよ」
全然違った。
「駆郎殿」
今度はナルカちゃんが飛んできた。
まさか君も日本刀についてコメントするつもりじゃないよな。
「どうしたんだい?」
「来るぞ。多分、邪怪じゃ」
「へ?」
ナルカちゃんは念導者の血筋を持つ、将来対霊処の者になるはずだった女の子。
そんな怪異に敏感な子が不穏なことを口にした。
本来邪怪は完全体になるまで感知出来ないし、遠距離の存在を察知出来る念導者なんてそういるもんじゃない。
でも、もしかしたらこの子には分かるのかもしれない。
――ビィヨーン、ビィヨーン、ビィヨーン。
その時耳障りな、警告を知らせるようなサイレンが鳴り響く。何の音かと思ったら、それは行兵衛の持つ機器の着信音。
念導者、特に対邪処の者が持つ緊急連絡用の機器。
……ということは、邪怪発生を知らせる一報だ。
「ナルカちゃん、どうやら大当たりみたいだね」
「妾はこういうことが得意なのじゃ」
念導者としての個性、みたいなものなのだろう。死してなお、その能力が健在なのは凄い。オレもオンリーワンな念導者になりたいものだ。
「茶々、仕事の依頼だ。場所は晩出中央病院」
「なんだ、結構近所じゃん。ささっと倒してくるね」
邪怪の発生、その通報を受けて茶々は素早く準備に取り掛かる。現場がすぐ近くということもあり一人で行くつもりか……って。
「ここで仕事服に着替えるなよ!?」
「あ、ごめん。ここ駆郎の家だったね」
人の目を気にせず服を脱ぎ始めるから心臓によろしくない。
お前はオレのことを男として認識していないのか?あと父親の前でも気にしないのか?
「ボクも行くよ」
そこにこがねが加わる。
いつの間にか着替えており、軍服のような仕事服を身に纏っていた。
「別に“きつねび”さんがいなくても楽勝だから」
「違う。なめられっぱなしなのが嫌なだけ」
「邪魔だから来るなっていう意味なんだけど」
「ボクの実力を見て、“りばやし”より有能だって教えてあげるんだよ」
「だーっ!もう喧嘩するなって!オレもついていくから!若者グループで頑張る会ってことで!」
きっとこの二人だけで行かせたら仲間割れの果てに殉職か、邪怪にやられたことにして相手をボッコボコにしかねない。
監視役も兼ねてオレがついていってやらないと、危険極まりないな。
―うるさいぞ、何事だワン―
今更狼慈丸がのこのこやってきた。
あと、語尾に「ワン」なんて付けると完全に犬キャラだぞ。
「邪怪が出たんだよ」
―そうか。なら我の出番だワン―
「狼慈丸は待機してくれ。つーかそれより、はよ元に戻る方法見つけてくれよ」
―くぅ~ん―
悲しそうな鳴き声やめろ。
霊獣としての威厳が完全に迷子じゃねーか。
「駆郎にぃは酷いよね-。ななのところにおいで」
―くぅん―
ななに慰められているよ、この柴犬。
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