喧嘩男子が香り男子になった結果、俺たち恋人男子になりました。

月猫

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⑦恋人男子

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⑦恋人男子

「え! 今までの中で一番好き!? あー良かったぁ! ハンドクリームのCMが一番評価高いのよ~! これも夢萌(ゆめ)ちゃんのアドバイスのおかげね!」
 いつものソファに座りながら姫蕗は笑う。
「でもやっぱり他の誰よりも大好きな娘に喜んでくれた方が嬉しいわよ~。え? そりゃあそうよ」
 脚を組み直し、背もたれに寄り掛かりながら言った。
「元々ここB&Bは、夢萌ちゃんの好きなボーイズラブを目的に作ったものだもの。勿論他の人にも喜んでもらえないとやっていけないけど、夢萌ちゃんの為のものなんだから、貴方が喜んでくれるのが一番。うん。そうよ~。ん? あぁそうね。もうそろそろ出番かしら。また何か見たいものとかイベントがあるなら言って頂戴。えぇ。はーい」
 スマホを耳から離し、そして通話を終えるボタンをタップする。そしてテーブルに置いてあるパッドを取り動かせば、ネットで配信される――――生中継の番組を映し出した。
 娘の夢萌が言っていた通りBOYSの二人、香り男子のCMが順々に流れている。


――――恋人の貴方へ。
 触れる肌の柔らかさ、温かさ。貴方の全てを守りたい。

『ん? お前ささくれあんじゃん。大丈夫かよ?』
『あー。最近水冷たいからなー。キッチンに立つ人間の敵だよこの季節は』
『料理全般お前に任せてるし・・・・・・なんかごめん』
『はぁ? なんでお前が謝るんだよ。俺が好きでやってることなんだから気にすんな』
『んー』
『んじゃさ、これ』

 ふわりと宙に現れたのは二つのハンドクリーム。
 それをそれぞれが手に取って、また相手を見る。

『これ塗って』
『お前に?』
『そ。俺に』

 好きな香り。その日の気分。
 貴方の好きな方を選んで欲しい。
 大切な貴方を守るために。

『てめぇで塗れよバカ』
『じゃあ俺がお前の手に塗ってやる』
『えっ、おいおいちょちょちょちょ!』

――――その笑顔もずっと、見ていたいから。

『幸せな時間を、貴方へ』


「はい、観て頂きましたBOYS、香り男子のCMでしたー。テレビではこう三つ続けて見る機会はありませんので、こう一緒にみると改めてお二人の表現力と言いますか、魅せる力っていうものを感じますねぇ」
「はは、ありがとうございます」
 白いソファに座っている司会へ、尚斗は頭を下げた。
 中央に置かれた赤いソファに座るのはBOYSの二人。目の前には観客の女性が並んで座っており、番組を盛り上げるサクラをしてくれている。
 ネットでしか配信されないものだが、力の入り具合は普通の番組と変わらないだろう。
 まさか香り男子として生放送に出るなんて正直撮影中の現在でさえ信じられない。それだけCMが人気だったということだ。
「この度香り男子として撮影をされたわけですが、CMを撮るのは初めてだったんですよね?」
「そうですね。普段はモデルとして撮って頂く形なので、今回動きもあるのは新鮮で、でも難しさもありました」
「辰己さんはいかがですか?」
「あー、まぁ初めてのことに緊張とかありましたけど、ナオと撮影なので、変に気負ったりしなくて良かったです」
「確かに、お二人でBOYSとしてのモデルをされていますから、同じ相手であるとやりやすいとかありますよね」
 司会はうんうんと頷き、「だからなんでしょうけれど」と続けた。
「お二人のモデル写真と香り男子での撮影。どれも魅力的で、でもどこか馴染みやすさもあって・・・・・・素の二人であるような感じがするんですけれども、そこら辺はいかがですか?」
「そう、ですね。元々タツとは中学生からの友人ですし、仕事をくださる皆さんからの要望が普段の自分たちということが多いので、確かに素ではあります」
「じゃああの最高なショットやCMが生まれる理由というのは、その素であることにも繋がっているんでしょうかね」
「んー、どうでしょう」
 司会の言葉に尚斗は苦笑した。
 確かに周りが気に入ってくれるものは素で辰己と撮影しているものが多い。それはどこか気取ったり、そういう笑みを作ったりしているわけではないからだろうか。
 だがそれをそのまま認めてしまえば、辰己と一緒の撮影だから最高の一枚が撮れるということになってしまうのではないだろうか。
 うーん、どう答えようと悩んでいれば、いきなりガシリと肩を掴まれ、彼の方へと引き寄せられた。
「ま、俺はこいつのこと大好きなんで、最高だと言われる作品が生まれるのはこいつのおかげです」
 瞬間、サクラである筈の彼女らから黄色い悲鳴が上がった。
「ちょ、タツ!」
「んだよ。別にいいだろ。本当のことだし」
「だからって・・・・・・」
 こんな公にするものではないだろう。同性で恋愛することが世間に馴染みつつあるが、やはり受け入れられないと思われているのが現状だ。
 モデルとして今後も生きていくならば何も言わない方がいいに決まっている――――が。
「・・・・・・・・・・・・」
 ムスッとこちらを見つめる辰己に、勝てるわけがない。
「あーまぁ・・・・・・」
 尚斗は頬を掻きながら、溜息と共に言葉を紡いだ。
「そういう感じです」
 再び歓声が上がる。
 これは一体どういう意味での歓声なのだろう。直しも出来ない生放送でこんなこと言って大丈夫なのかと顔が青くなりそうだが、どこか嬉しそうな辰己の顔を見れば、まぁいいかと尚斗も笑った。


「あっはっは! 生放送でやってくれるわねあの子たち」
 姫蕗はソファを叩きながら笑う。
 まぁ元々その路線のものなのだから、何の問題もないけれど。
「あらあら?」
 先程まで娘と繋がっていたスマホが鳴り始める。画面に映し出されているのは彼らのマネージャーの名前だ。
「はい、姫蕗です」
『お疲れ様です、永原です』
「お疲れ様」
 姫蕗がそう返すと、『生放送、観てます?』と聞かれる。それがまた面白くて姫蕗は笑った。
「えぇ、バッチリ観てるわよ。これから大変だわ」
『パパラッチとか出てくるかもしれないですけど、どうします?』
「別に何が出ようが、撮られようが問題ないわ。私はそういう彼らをスカウトしたんだもの」
 それに、と姫蕗は目を細める。
 この事務所を設立しようと決めた時に知った名前を口にした。
「私たちの客層は腐女子様なのだから、その手の問題が起きたとしたら、彼女たちが助けてくれるわ」
『・・・・・・ま、取り敢えずはそう思うことにします』
 永原は溜息をつきつつも、『んじゃ、仕事に戻るので失礼します』と丁寧に言ってから通話を切った。
「あらあら、心配性ね永原は」
 姫蕗はスマホを持ったまま、生放送のそれに視線を戻す。どうやらまだ話している様子で、画面の横にあるコメント欄には沢山のハートのスタンプが飛んでおり、また姫蕗は笑った。
「次はどんな仕事が来るか楽しみね」
 夢萌にもまた相談しましょう。
「画面の向こうにいる彼らにどうか、幸が多からんことを」
 それは二人の為ではなく娘の夢萌の為に、彼女は神に祈ったのだった。




喧嘩男子が香り男子になった結果、俺たち恋人男子になりました。




END
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