大嫌いなこの世界で

十時(如月皐)

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 まさか、と凪は深く考える余裕もなく窓に駆け寄る。窓枠に手をかけた瞬間、スッと音もなく人影が目の前に現れて、凪は思わず悲鳴をあげそうになった。
「ッッ――!」
 咄嗟に口元を手で覆った凪を、窓を挟んで正面に立つ人物はジッと見つめる。それが誰かを理解して、凪はバクバクとうるさく鳴る心臓を宥めるよう胸に手を滑らせた。
「ぽ、ポリーヌ殿でしたか。ビックリした……」
 そう、静かに、そして唐突にそこに立ったのはポリーヌだった。彼女がいるということは、ここはヒバリの部屋なのだろう。気づかぬ内にこんな所にまで来ていたのかと呑気なことを考えたが、次の瞬間には室内に倒れていた人影を思い出して再び心臓を跳ねさせる。ここにポリーヌがいるということは、倒れているのはヒバリではないのか?
「あの、ポリーヌ殿? 中に人が――」
 倒れているのならば早く助けなければと気が急く凪に、ポリーヌは苦笑しながらお静かに、と口元に指を立てた。
「先程ようやくお休みになったので、どうぞお静かに。ご安心を。倒れているのではなく、ロールの近くでお休みになっておられるだけですから」
 ヒバリの身体で見えないが、どうやらそこには小さなペットベッドと、そんなペットベッドで十分に寛げる小さな子犬がいるらしい。ヒバリはその子犬に寄り添うようにして床で眠っているのだ。
「……それは、よろしいのですか? 床は冷えますし、何より硬いはずですが」
 そんな所で寝たら風邪をひく可能性もあるし、なにより身体が痛いだろう。公爵家の大切な小鳥であるはずなのに、そんな所で眠らせて身体を損なっても良いのだろうかと、同じ使用人として首を傾げる。しかし目の前のポリーヌは考える素振りすらなく平然と頷いた。
「今はこれで良いのです。お気遣い、ありがとうございます」
 その言葉が何を意味するのか、凪にはわからない。だが病気などで倒れているのでないのなら、深入りはしない方が良いだろう。そう思って凪は何を言うでもなく頷き、ならば自分はこれで、と踵を返した。ポリーヌも静かに頭を下げる。
 そんな様子を、木の影から見ている者がいるとも知らずに。
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