虚構の檻 〜芳香と咆哮の宴~

石瀬妃嘉里

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2017.5.5.Fri

処刑と襲撃③ 【 四日目 夜 】

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(……駄目。びくともしないわぁ)

 丸太小屋に閉じ込められてからずっと、脱出する為にひたすらドアに体当たりをする。当然、施錠はされているので、余程の馬鹿力の持ち主でないと、ドアが開く事はない。
 そんなの、判り切っている。それでもあたし、小野寺唯は抗う。
 だってこのままじゃ、あいつ、……烏丸黎名が何を仕出かすか判らない。だからあたしが、あの女の思惑を阻止しなくちゃいけない!
 ていうか、両手縛り上げてから閉じ込めるなんてサイテー。これじゃ、何にも出来やしないわぁ。確かに、これでもかってくらい暴れた自覚はあるけど。……流石に、やり過ぎだと思うの。

(占いの通りなら、あの女は間違い無くクロ! なら、あの女は必ず、何か隠してる。だって、あたしの占いは絶対なんだものぉ)

 昔から占いは大好きで、特に、タロットカードを知ってからは、どんどんのめり込んで行った。
 だけど、気持ち悪いくらいに当たるから、いつしか皆が、あたしを化け物を見るような目で見るようになった。
 だからあたしは、占いを止めた。それから、中学生になってからは、タロットには触っていなかった。もう二度、占いに手を出さない。そのつもりだったから。
 けれど今回、霧隠荘でおかしなゲームが始まった時、ゲーム内の役職の一つである占い師を思い出したのだ。だからあたしは、占いを解禁した。聖兄ィや、皆を守る為に。
 そして出た占い結果は、烏丸黎名が危険だという事だった。
 それを見たあたしは、徹底的にあの女の事を調べて、胡散臭いイカサマ娘だと知った。だからあたしは、烏丸黎名に票が集まるよう、あの女の正体を皆の前で晒してやったというのに!

(……センパイ達、どうして………)

 結果から言えば、あたしの目論見は失敗に終わった。
 一番信頼していた朱華センパイは、あたしがせっかく見つけたあの女の正体を、「あれだけじゃ確実とは言えない」と突っぱねた。……占いを肯定してくれて、私の事を気遣ってくれていただけに、激しく失望した。所詮、その程度の人だったのか、って。
 比美子センパイは、あの女は裏切者ではない、とあたしの意見を真っ向から否定したし、それどころか、昨晩の“裁判”で、神楽さんを庇った事を咎められ、結果的に最多票を集める破目になってしまった。
 そんなつもりは無かったのに。ただあたしは、あの女から、神楽さんを守りたかっただけなのに。

(やっぱり、あたしを理解してくれるのは、聖兄ィだけ。あたしの占いを、家族や友達が冷たく見る中、聖兄ィだけは、優しかった……)

 聖兄ィ。何で死んだのよ。あたしには、あんたしかいないのに。
 あんたがいなくなったらあたし、どうやって他人の白い目の中で生きていかなきゃいけないのよ。
 って。もうそんな心配しなくて良いのか。だってあたし、……ここで死ぬんだもの。
 今の自分の状況を自覚した途端、恐怖でじわりと涙が滲む。……こんなところで死ぬなんて、嫌。誰か、……聖兄ィ、助けてよ。
 その時、微かな鍵の開く音がして、ドアが開いて行く。
 そんな、もう、そんな時間なの……?

「嫌。来ないで!!」

 無駄だと判っていても、叫ばずにはいられなかった。
 徐々に距離を詰めて来る足音に、あたしはじりじりと後退するしかない。
 嫌……! 来ないで! 来ないでよぉ……!
 突然、足音があたしの横で止まる、え? と訝しく思うのと、暗闇が仄明るくなったのは、同時だった。
 ベッド脇に置かれたテーブルの、蠟燭の炎に照らされた人影を認識した瞬間、あたしは目の前の光景が信じられなかった。

「………そんな、どうして? ……嘘でしょ!? 何でここにいるのよ……ぉッ!?」

 言い終わらぬ内に、首に衝撃を感じて、重力に従うようにくずおれる。遅れてやって来た激痛に震えるあたしの横に、ばさり、と何かが置かれる。……あれ、花束よねぇ。

「四日目の処刑、完了」

 機械のものかと思うような、感情の無い声が落とされ、再び靴音が聞こえる。それが、少しずつ離れて行くのが判って、あたしはようやく安心する。……だって、これでもう、びくびくしながら過ごさなくて良くなるのよね?
 ずっと、怖かった。逃れられない死がいつ来るのか、いつ、あたしの番になるのか、怯えながら生きなければならない事が。でも、これで終わりなのよね?
 死ぬ事が、こんなに怖いなんて、考えた事もなかった。それなのに、自分から死を選んだ潤水センパイは、どんな気持ちだったんだろう。……やっぱり、怖かったのかな。
 ごめんなさい、潤水センパイ。あたし、たくさん助けて貰っていたのに、裏切る真似して、最低ですね。
 ごめんね、聖兄ィ。あたし、生き残れなかったわ。



(……やっぱりか。おかしいと思ったんだよな……)

 事件が起きた時と、これまでの“人狼裁判”の状況を纏めたメモを確認していた俺、柳井光志郎は確信する。
 やっぱり、俺の考えは間違っていなかった。だとすれば恐らくGMは……。
 いよいよ確信に近付いた時、背後からドアを開く音がした。ついに、俺の番が来たか。畜生。もう少しで、真実を暴けたっていうのに。
 二人分の足音を聞きながら、俺は、デスクに設置されている電気スタンドの明かりを強くした。すると、ぼんやりとだが、襲撃者達の顔が浮かぶ。……あぁ、何だ。

「そっか。あんたらが、人狼だったんですね。……あの、少しだけ、聞いても良いですか? ……別に、今更抵抗とかしませんよ。無駄なの、判っているし」

 どうせ、二人がかりで襲われたら、俺一人で敵う筈がない。けれど、だからといって、何も知らずに死ぬのはごめんだ。
 俺にも、“罪”があるのは判り切っている。なら、その“罪”をきちんと自覚した上で殺されるべきだと、俺は思うのだ。

「今回のゲーム、潤水の為の復讐でしょ? ……薄々、気付いていたんですよね」

 周潤水。俺達の仲間で、特に朱華と仲の良かった少女。
 いつも一緒に勉強して、遊んで、馬鹿やった、かけがえのない大切な存在だった。
 それなのに俺達は、あいつを。
 その当時の事を思い出して、時々、眠れなくなる日が今でもある。俺の中の良心が、未だ過去の俺を許してはいないのだろう。

「……“あの日”、黙秘を貫いた以上、俺もまた罪人です。だからこれは、その報いだ。ちゃんと、判っていますよ。……けど俺は、朱華を守りたかった。笑っていて欲しかっただけ、なんだ。……エゴですね。こんなの」

 俺は、朱華の事をずっと、想っていた。あいつの心が、紫御にあると判っていても、どうしても諦められなかった。
 けれど、……それでも良かった。俺はただ、あいつが幸せなら、それで満足だったのだから。
 だから俺は、“あの日の誓い”を拒まなかった。要は、潤水ではなく、朱華を選んだのだ。その結果が、今だ。ならば潔く、報いを受けるべきなのだろうと思う。

「すいません。もう一つだけ、聞いても良いですか? どうして、あんたらや神楽さんは、人狼の役を引き受けたんですか? 何で、命を懸けてまで復讐を……?」

 それは、本心だった。だって三人は、潤水とそこまで深い関係があるとは思えなかったからだ。少なくとも、俺の目には、せいぜい仲間内くらいの印象に見えていたのだが。
 そんな俺に、二人は、自分達と潤水の関係を教えてくれる。それを聞いて俺は、……仲間の事を本当の意味で理解していなかったのだな、と反省した。

「……そっか。そりゃ、恨まれても仕方ないか。なら、……もう良いですよ。一応の懺悔、出来たんで。……殺して下さい。それが、潤水への償いになるなら」

 俺はそう言って、その場に突っ立ったまま目を閉じる。
 次の瞬間、容赦無い一撃が俺の首を襲う。凶器が離れた勢いで、首から噴水レベルの鮮血が吹き出し、室内を濡らして行く。……あ、駄目だ。倒れる。

「……四日目の襲撃、完了」

 ぐらり、と身体が揺れ、床へと沈む。どくどくと、血液が身体から抜けて行くのを感じながら、俺は確かに人狼の声を聞いた。
 程無く、ばさり、と何か─おそらく、花束だろう─を投げた後、二人はこちらなど気にも止めずに部屋を出て行く。

(……行った、……のか?)

 暫く耳をそばだてて、人狼達の様子を伺う。大量出血のせいで、意識が飛びそうになりながらも、僅かな音を拾う為に、耳に全神経を集中させる。

(……大丈夫、みたい、だな…………)

 足音どころか、物音一つしない事を確認し、俺は軋む身体に鞭打って、右手を動かす。
 今だ。今しか無い。人狼達の目が届いていない今、人狼が誰か判っている俺が、伝えるしかないのだ。
 明日、人狼を処刑出来なければ、村人は終わりだ。もし、村人の敗北が決まったら、生き残っている村人は、……朱華は、間違い無く無事では済まないだろう。それだけは、阻止しなくては。
 俺はもう、助からない。それは自分が、一番判っている。けれどせめて、残された最後の時間を、俺は朱華の為に使いたい。

(………急がない、と。……俺の、……体力が、……つきるまえ、に…………)

 俺の手の届く範囲にあるのは、襲撃前に読んでいた文庫本と栞、それに人狼達の残した花束くらいだ。後は、……あぁ、これも使えそうだ。
 俺は右手の人差し指を、己から流れ出た血液に浸そうと身体を動かす。……よし、上手く行ったぞ。これなら、何とかなりそうだ。
 朱華。どうか生き延びてくれ。
 俺はここで果てても、お前の助けになるものを遺すから。
 せめて、お前だけでも幸せになってくれよ。
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