パタフルの剣~魔王を倒して世界を救え~

アンドロメダ

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第一部 旅立ち

5.金のペンダント

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ピッポは物語の主人公を目の前にしたような気がした。七色に光る剣を掲げ、堂々と立つケルベロス・アンノーン改めエレン・べナードは、メルセテゥーアという国のことを今日初めて知ったピッポとペップにとっても、充分に王者の風格を持つように見えた。ここに居る男は二人の知り合いであってそうではなかった。

 しかしそう考えると奇妙な点が出てくる。一国の主の息子が、なぜパタフルで暮らしているのか。

 ケルベロス・アンノーンはパタフルでは変人として名高かった。そもそもパタフルへ遠くから引っ越してくるものなどそうそういないし、魔王が勢力を復活させた、危険だ、などと下手な噓を振りまく存在だと、パタフルでは言われていた。

「私の国、メルセテゥーアが魔王の勢力にやられたのは話した通りだ。私は王の息子として、民に危険を訴え、ゼズノーゴル軍を追い出そうと話した。賛同してくれた多くの仲間と共に、私はメルセテゥーアに駐屯する暗黒軍に奇襲をかけた。そこで私は、さっきも話したようにゲルシュニッヅと対峙し、あえなく敗北したのだ。私のせいでメルセテゥーアは余計に虐げられるようになり、私は追われる身となった。父である国王・カイロンが私を逃がしてくれた。

「その後父や国民はどうなったのだろうか、私は知らない。最初は復讐の機会を狙ったりもしたが、不可能だった。そして私は6か月にも及ぶ放浪生活ののち、ここパタフルに辿り着いた。身を潜めてしばらくしてからは、パタフルの役所に何度も出向き、魔王の危険を訴えたが、誰も聞き入れてはくれなかった。やがて私は説得を諦め、最低限の情報のみを入手して機会をうかがいつつも、変人ケルベロス・アンノーンとしての隠遁生活を始めたのだ。

「多くの人に不審がられながら過ごす隠遁生活はつらいものだったが、幸いつい最近までは特に大きな問題は起こらなかった。父カイロンが私を逃がす際に策を施してくれたこともあってか、ゼズノゴールが私を全面的に探すことはなかった。しかし事態は、今年にはいって急変した。その前触れは、嵐だ」

 そういうとエレンは天に向かって指を差した。

「ここ数か月というもの、パタフルではかつてないほどに、天が荒れた。これについては君たちも変だと思ったことだろう」

 確かにおかしかった、とピッポは感じた。ここ最近の悪天候で、パタフル農業は踏んだり蹴ったりのひどい有様になった。こんなことは今までになかった。

「魔王の脅威が迫るとき、空がその前触れを告げる。メルセテゥーアが攻めこまれた時もそうだった。80年前の大戦時も似たようなことが発生していたと聞く、むろん根拠があるわけではないがね。

「二週間前、荒れる空を見て、嫌な予感がした私は情報を得るべく樽村を離れ、我が友クライニッドの元に急いだ。彼女は本当に何でも知っているからね。数日してクライニッドとパタフルの外れで落ち合ったとき、彼女はひどく慌てていた。

『少し前の目撃情報によれば、恐ろしい獣に乗った男が、アルデマンドのベッポン街を通過したそうです。きっとパタフルに向かってる。どんな手を使ったのかはわからないけれど、エレン、貴方の生存と所在がばれたのかも』

 その言葉を聞いた私はすぐさま折り返し、クライニッドと共に樽村へ走った。そして今日の朝、我々は樽村へ到着し、商店街に入って様子を探り、間一髪で君たちのところに姿を現したというわけだ。」

「なるほど、そしてゲルシュニッヅを撃退し、気を失った僕たちをここに運んだ、と……」

 ピッポがつぶやくように言った。エレンが頷く。

 ようやく、長い物語に自分たちが登場し、そして今に至るというわけか、とんでもない物語にまきこまれたものだ、とピッポは思った。だがまだ聞きたいことはある。しかしそれよりも早く、ペップが口を開いた。

「ゲルシュニッヅを撃退した、とおっしゃいますが、まだ上に兄弟がいるんですよね。なんとかって名前の兄弟が。そいつらまでもが、パタフルを襲ってはこないのですか」

「今日明日ということはないだろう、それがクライニッドとの共通認識だ。だが遅かれ早かれ、いつかはそうなるだろう。しかしそれは、私がパタフルに留まっていれば、の話。私は間もなく、パタフルを出ていくつもりだ、君たちに危害を加えないためにも」

「出ていく?」

「そうだ。魔王の目的は、あくまでメルセテゥーアの世継ぎの抹殺。おそらく私さえいなくなれば、奴らがパタフルに危害を及ぼすことはない……少なくとも、しばらくの間は」

「しかし、それではあなたは……」

「私の心配をしてくれるのか?ありがたいことだが、私は自分を過小評価するつもりはない。なんとしてでも、生き延びてみせるさ」

エレンの語気は力強く、その覚悟を現していた。ペップはその覇気に気圧され、黙りこんだ。

「そしていつか……いつか必ず、魔王を倒し、私の国を取り戻してみせる」

 エレンの手は強く握りしめられ、その眼は鋭く光り、いまここではない地、かの国ゼズノゴールへ向いていた。祖国のため命を懸け、今は復讐の炎に燃えるこの男の様子を見てピッポは、こういう人が王にふさわしいんだと感じずにはいられなかった。

 沈黙が流れた。エレンは物凄い形相のまま黙り込み、ピッポはその姿に感銘を受けつつも気圧され、ペップに至ってはエレンに恐ろしさまで抱いてうつむいていた。沈黙が続いた。

「もうこんな時間か」

 沈黙が破れた。ペップが顔をあげると、そこにはいつもと変わらない、くたびれた様子のケルベロス・アンノーンが、にこりと笑って座っていた。ぽーんぽーんと時計が鳴り、時刻を示している。

「ペップ君はそろそろ帰ったほうがいいだろう」

アンノーンは突然そういうと立ちあがり、玄関の戸を開けた。嵐がぬけた後の、涼しい風が入りこんできた。近くで鴉がカアカアと鳴いている。ペップは困惑していった。

「はあ。僕はたしかに帰りたいと思いますがね、疲れましたし。でもピッポは?」

「ピッポ君はゲルシュニッヅの魔術を君より強く受け、より消耗している。治ってきてはいるものの、もう少し私の家で休んでいったほうがいいように思う」

「なるほど……じゃ、僕もまだお邪魔してますよ。ピッポと一緒に帰ります」

ペップはそう言ったが、今度はベッドの上のピッポが口を開いた。

「ペップ、先に帰ってたほうがいいよ。たしかに僕はまだ頭が少し重いし……それに君はご両親と住んでるんだから、いまごろひどく心配してるだろう、なおのこと、早く帰るべきだ」

ペップはこの言葉を聞くと、渋々ながらも頷き、扉の前に立った。

「しかし本当にパタフルが攻められることがあるのかな、と思ってしまいます。今はこれだけ平和なのに……」

 扉の外では木々が青々と生い茂り、その真ん中を道が貫いて、樽村中心地のほうへと続いている。道のわきには色とりどりの花が咲き、その周りを蝶が飛び回る。道には看板がたち、そのうえでは鴉が鳴いている。すべて、いつもと変わらない、パタフルののどかな光景だ。

 ペップの言葉を聞いたアンノーンは言った。

「祈るほかないな、だが少なくとも今日は大丈夫。さあ、帰りなさい」

その言葉を聞いたペップは、最後に助けてもらったお礼をしてから、外へ出て行った。ばたんと音を立て、玄関の戸が閉まる。アンノーンは窓の外を見、ペップがアンノーン宅の關段を下り、その敷地を出て道を歩いていくのを見届けると、カーテンを閉めた。とたんに部屋が暗くなった。

「で、なんのお話でしょうか。」

 おもむろにピッポが言った。エレン・べナードが振り返った。その表情はよく見えない。

「さて、何のことかなととぼけてみてもいいのだが。どうやら君にはだいたいお見通しのようだな」

エレンの声だけが、暗い部屋の中に響く。少し不気味だが、不思議と怖くはなかった。ピッポは答える。

「お見通し、というわけではないですけど。ただ僕に何か話があって、ペップを先に帰らせたのはわかりましたよ。確かに僕はゲルシュニッヅによって消耗させられましたけど、ペップより特段ひどいなんてことはありませんから」

「そうか。その鋭い洞察力を見て、私の仮説はますます信ぴょう性を増したよ」

「仮説……何の仮説でしょうか?」

「いいかピッポ君。君の持ち物を見せてほしい。その中に、金色のペンダントがあるだろう?」

 ピッポはびっくりした。確かにピッポは、いつも金のペンダントを持ち歩いていた。これはもうすでに亡くなったピッポの両親の形見であり、ピッポは肌身離さず、常にこれを所持していた。エレンがそれを知っているのは奇妙で、不審な事でもあったが、ピッポは不思議とエレンを疑う気にはならず、ペンダントを先ほどの鉛筆とお釣りの入ったポケットの中からひっぱりだすと、机の上に置いた。

 ペンダントはひし形をしていて、少々塗装がはがれているものの、まだ鈍く、金色に光っている。端には鎖がついていて、首から下げられるようになっている。これを目の当たりにし、驚きを隠せない様子のエレンは、

「開けてみてくれ」

といった。ピッポはこれに従い、ペンダントを開いた。ひし形のペンダントは蝶番式に開くようになっており、中には小物が入るようになっている。だがピッポは中に何も入れてないので、ペンダントは空だった。エレンはピッポからペンダントを受け取ると、それを細かく調べた。エレンはその内側に刻まれた文字……ピッポの苗字、アセンプト・ぺルプ・ポン・ポル=ポップス……をなぞると、

「やはり。父上の話と一致する……」

 そうつぶやいたエレンはペンダントを持ったまま窓際に移動し、ペンダントを頭上に持ち上げた。そしてその角度を調節し始めた。ピッポには彼が一体何をしようとしているのかわからなかったが、エレンは堂々と、その行動をとっているようにみえた。ついにペンダントの位置を固定したエレンは、突如カーテンを開いた。太陽が部屋に鋭く差しこみ……ピッポは驚き、あっと声をあげた。

 ペンダントの中央に空いた小さな穴を一筋の光がとおり、部屋を貫いて壁の目前で止まっている。壁はその細い光に照らされていたのだが、それは単なる光ではなくて、壁に光の文字を映し出していた。

  ペレン・アセンプト・ぺルプ・ポン・ポル=ポップス所有……

  これぞ、精巧たる光細工師のペンダントなり

 ピッポは茫然としばらくその文字を眺めていた。エレンはそんなピッポの様子を、無言で見つめていた。なんで親の形見にこんな細工が施されているのか、なぜ自分は今まで気づかなかったのか、など、ピッポには疑問が山ほどあったが、何より気になったのは、自分と同じ苗字を持つ、このペンダントの所有者の名であった。

「ペレン……」

 どこかで聞いた名だ。でも思い出せない。誰だったっけ……

 無言で考え込むピッポに、エレンが静かに答えを告げた。

「このペンダントの前の持ち主は、ペレン・アセンプト・ぺルプ・ポン・ポル=ポップス。75年前、魔王を打ち倒し、一度は世界に平和をもたらした者。そして……ピッポ君、君のひいおじいさんでもある」
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