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第一章

”女運”

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 三日にわたる大演習の期間中、ヨルは賓客として親しくなれたライルとシグルズの隣で借りてきた猫の様にじっとしていた。
 とはいえあれだけ派手な登場の仕方をしたため、一般兵の間でも竜人の噂は知れ渡っていて人見知りなヨルにとっては肩身の狭い日々になった。

「ようやく城へもどれますなぁ、父上もヨル殿もお疲れ様でございました」

 馬車の中一杯の巨体に労をねぎらわれて、ヨルは戸惑いながらも感謝を述べる。

「こ、こちらこそ……。急におしかけたのに色々してもらっちゃって」
「なにを仰いますか、父上のご友人とあらば俺は喜んでもてなしますよ」
「その華奢な友人に種まきをさせておいてよく言う」

 ジトっと見るシグルズからエルマーは気まずそうに視線をそらすと、ついでに話題までそらしはじめた。

「そうそう!ヨル殿さえよろしければ、異界での暮らしについてお聞かせ願いたいですな!」
「いいですけど……、向こうではこっちでいう平民だったのでつまらない話しかできないですよ?」
「なにを仰います、異界からの流れ人の話となればどのような話でも貴重なものです。場合によっては大金を払う価値がありますよ」
「そうだよヨル、僕も異界の話を聞くために金塊を寄付したことがあるんだから」
「金塊を?!そこまで異世界って需要あるの?!」

 普段のぼそぼそ喋りが嘘のような大声をあげるヨルに、シグルズは渋い顔をして腕組みする。

「女神がキミを異界送りにしたことで向こうとの繋がりができたらしくって、それから時々流れ人が現れるようになったんだ。こちらに肉体があるキミと違って彼らは魂だけだから、その声や姿を認識できても接触することはできないんだけど、その口が語る話の中にはこちらの常識を塗り替える知恵や知識が含まれてたりするんだよ」
「……なるほど、それなら大金を払う価値があるかも」
「とはいえ大半の流れ人はいわゆる専門家じゃないから、彼らの話をもとになにかを成そうとしても肝心なところで頼りにならないことが殆どでね、金を出す側からすれば賭けに投資するようなものだったりするんだよ」

 ヨルは思い当たることがあったらしく、その話に何度も頷いた。

「俺が住んでた世界はたぶんここよりも文明が進歩してて、そのおかげで特に専門知識や技術がなくても普通に生活できるような場所だったんだ。だから便利な道具のことは知ってても、その仕組みのことまでは知らなくて当たり前って感じかな……」
「勘違いしないでほしいんだけど、べつにボクは異界からの流れ人を責めているわけじゃないんだ。ただ異界にはそういう需要があるってことをキミに知っておいて欲しかっただけでね」
「それはよく分かったし、エルマーさんがいうことも理解できたよ。……それであらためて俺の話をするとして、俺もやっぱり中途半端な知識でしか話せないと思う」

 自信なくうなだれてしまった姿にエルマーは罪悪感で慌てたが、幸いシグルズがすぐに場の空気をとりもどす。

「それならさぁ、コーコーセー?の話をしてよ。向こうでそれをやってたんでしょ?」
「あ、うん……。それなら結構話せる、かな」

 昨日の思い出を口にするように、ヨルは異界での最後の人生について語りだした。

 異界で三度目の転生を果たした彼は、日本という島国で《谷口 響夜》としてシェフの父とモデルの母との間に産まれた。
 幼少期から両親は仕事で忙しく、ほとんどホームヘルパーの手で育てられ、おかげで両親との絆は希薄だった。
 そんな生い立ちのおかげで響夜には早くから自立心が芽生え、高校生になってからは親元を離れて一人暮らしをしていた。
 短い人生の間ホームヘルパー以外に心を許した相手はなく、本当の意味で友達と呼べる相手は誰もいなかった。かといって苛められているわけでも、自分が不良だったというわけでもなく、ただ漠然と人との付き合いを避けた方が自分にとって都合がいいという考えだけがあった。
 そんな薄情者の響夜だったが何故か女性からの受けはよく、無理やり加入させられた文芸部ではそれなりに楽しく過ごしていた。

「……さらっとモテ自慢しないでくれる?」
「え?べつに自慢はしてなくって」
「どう聞いても自慢にしか聞こえなかったけど!?ねぇエルマー!?」

 カッカする父に若干引きながらもエルマーは頷いた。

「貴方にその自覚がなかったとしても、いまの話は貴方の容姿に虜になった女性たちに囲われて仲睦まじい時間を過ごし鼻の下を伸ばしていたという風にうけとれましたな!」
「鼻の下は伸ばしてないって!?現にだれとも付き合ったことないし、三度の人生結婚だって一度もしたことないし!?それいったらシグルズの方こそ領主だけあってモテたんじゃないの、結婚だってしてるわけだし!?」
「いいえ、父上は誰とも結婚はしておりませんぞ!?」

 エルマーの一言にヨルは思わず絶句する。なぜなら、結婚していないとなるとエルマーの出生にふしだらな秘密があるんじゃないかと疑ってしまうからだ。
 そしてその思考はたやすくシグルズに見透かされた。

「言っとくけど、エルマーは養子だよ。もちろん我が子として愛しているけどね」
「そんな!口にされると照れますぞ父上!」

 おそらく三十は超えてるだろう大男が照れる姿に微妙な顔をしつつ、ヨルは堪えきれない興味をシグルズにぶつける。

「領主なんてやってるのに百年間も結婚しなかったワケ?自由恋愛ができなかったとしても縁談だって沢山あったでしょ?」
「……のせい」
「え?」
「あのバカ女神の呪いのせい!」
「へ!?どういうこと!?」
「女神を倒したときあの場にいた全員に呪いがかけられただろ。そのせいでキミは異界に送られ、ボクは女運が最悪になったってワケ!」

 にわかには信じられない告白に、ヨルは思わずエルマーの顔色を窺う。

「疑わしい話と思うでしょうが、美の化身とまで謳われた女神エレオノラを滅ぼした父上の評判は女性の間では芳しくない様でしてな……。縁談を持ち掛けられることもなければ、酷いときは夜会にさえ呼ばれなかったとか」

 それは呪いのせいではなく単純に女神殺しを怖がられたからなのではと、喉元まで出かかったのをヨルはなんとか飲み込んだ。

「こう言ったらなんだけど、シグルズは女の子にモテたいわけ?エルマーさんもいるし、部下の人にも領民の人にも慕われてるじゃないか」
「男ばかりにチヤホヤされても嬉しくないんだよ!?そりゃあ百年の間に、慕ってくれる人も言い寄ってくる人も居なかったわけじゃないよ?けど男ばかりなんだよ!たまに側に来てくれる女の子は刺客か権力欲しさの悪女ばかりだしさ!!」

 またご乱心だとエルマーは頭を抱え、ヨルも同情がこみ上げすぎて慰めすら口にできなかった。
 しばらくシグルズの自虐を聞いていると、ふとヨルの脳裏に疑問が浮かぶ。

「前もこうしてシグルズの話をよく聞いてたけどさ、たしかその度に俺が言ってた気がするんだよね」
「そんなにうるさいと婿にするぞ、でしょ?そういえばよく鬱陶しそうに言ってたね」

 懐かしがるシグルズの横で、ヨルは不安から頭を抱える。

「……もしかして、前の俺って男好きだったりした?」
「どっちかといえば男も女も構わないって感じだったんじゃない?だって竜人の魔族って性別ないだろ?」
「……はい?」
「もしかしてそれも忘れたのかい?キミみたいなドラゴンは男でもあり女でもあるんだよ、気分と場合によって性別を使い分けられるってコト」
「え、じゃあ前の俺って──」
「女の姿だったね、男の姿のキミなんて逆にめずらしいよ」

 ヨルは異界から戻って初めて気絶をあじわった。
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