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3話 ピエールの裏切り
しおりを挟む祖父を亡くしたばかりで最悪の気分の時に、夫の本性を知りぼうぜんとするアデルを、ピエールは楽しそうに笑い侮辱する。
「伯爵の僕が平民の娘を、本気で相手にするわけないだろう? 遊び相手なら考えてやっても良いが… いや! 今の僕は愛する妻シャルロットのものだから、遊びでも君を相手にすることは絶対に無いな!」
アデルを傷つけられるのが何よりも楽しいと、ピエールは嘲笑う。
「……」
ピエールの言葉からひしひしと悪意を感じる。本当に私が嫌いなんだわ…!
「初めて会った時から、僕はずっと君を憎んでいるし、愛したことは1度も無い! そんな汚らわしいことを考えるだけでゾッ… とする!」
「憎む…? 汚らわしい? なぜ私がそこまで、あなたに憎まれなければいけないの?!」
「君が伯爵の僕と、本気で結婚できると思い込むほど、傲慢だったからさ!」
「私が傲慢? あなたが甘い言葉で、私を夢中にさせたからでしょう?」
ピエールの話は矛盾だらけだわ…?
「平民のくせに… 歴史あるバーンウッド伯爵と結婚できると思うのだから、君は傲慢以外の何者でもないじゃないか!」
憎々しげにピエールは怒鳴った。
アデルとピエールが婚約した当時、バーンウッド伯爵家はたびかさなる事業の失敗で、大きな借金があり没落すんぜんだった。
それに目を付けたアデルの祖父、裕福な平民の商人バスティアン・ガーメロウは、孫娘のアデルを伯爵夫人にしようとピエールの父親、先代伯爵に借金をかわりに返済してやると約束し、結婚の話を持ちかけたのだ。
カッ… と腹をたてたアデルも、ピエールに負けじと怒鳴った。
「私は貴族の娘よ! 確かに私を育てたお祖父様は平民の商人だけど… 私はカノック男爵令嬢よ?! ピエール、あなたはなんて自分勝手な人なの?!」
私の亡くなったお父様は確かに平民出身だけど… カノック男爵家の婿養子に入りお母様と結婚して男爵位を継いだから、私は男爵家の娘だわ!
一人娘のアデルを残して両親がはやり病で亡くなったあと、カノック男爵家は母方のいとこが継ぐことになり…
祖父バスティアンに幼いアデルは引き取られた。
「自分勝手でひどいのは君のほうだ、アデル! 君と出会う前から僕には、シャルロットという愛する婚約者がいたのに… 君のせいで僕たちは引き裂かれてしまったんだ!」
ピエールの父親、先代伯爵はアデルとの婚約で伯爵家の借金が返せると… シャルロットの家に違約金をはらい、ピエールとの婚約を一方的に解消した。
「婚約していたの?! それなら… あなたは最初から、私にそう言えば良かったのよ!」
そんな話、私は知らないわ! 知っていたら、婚約の話なんて断ったわ!
「言えるわけないだろう? 言えば僕は父に絶縁され、借金まみれの伯爵家は没落したんだから!」
「なんて人なの…?! あなたは自分の都合が悪いことは、全部私のせいにして… 私に八つ当たりをしているだけだわ!」
恋愛結婚をした幸せな夫婦だと思っていたのに?! ピエールはお金がめあてで、私の気持ちを利用したのね? それを今ごろになって、私を責めるなんて筋違いよ!
急激にアデルの目が熱くなり、涙があふれ出した。
ポタポタッ… と顎を伝って黒い喪服に涙が落ちても、アデルは胸の痛みが強すぎて、涙をぬぐうことまで思いつかない。
アデルが泣きながらにらみつけると… 不意にピエールの顔から冷たい嘲笑が消え、嬉しそうな笑みへと変わった。
ピエールは玄関ホールのまん中にある大階段を見あげる。
「…っ?!」
アデルもつられてピエールの視線の先に目を向けると… 陶器でできたアンティーク人形のように、愛らしく小柄な女性が立っていた。
階段の中間あたりで立ちどまり、キラキラと輝く瞳でピエールを見下ろしている。
「もう来ていたのか、シャルロット――!」
ピエールは名前を呼びながら、階段をかけあがり愛する女性を抱きしめた。
「あなたがむかえにくるまで、待てなかったの! ピエール… いつまで私を待たせる気?」
社交デビュー前の少女のように唇をとがらせたシャルロットは、ピエールの胸を細い指でつつく。
「今まですまなかった、シャルロット! この家にようやく君をむかえ入れることが出来て、こんなに嬉しいことはないよ!」
「まぁ… ピエール! 私のピエール! 愛しているわ!!」
ピエールの頬に、チュッ… と音を立ててキスをすると… シャルロットはピエールの肩ごしにアデルを見つめ、勝ちほこった笑みを浮かべた。
「……っ」
あの人がシャルロット…? ピエールの愛人?!
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