1 / 16
一章 怠惰な日常
しおりを挟む
冴木友里(さえきゆうり)はいつものようにあくびを噛み殺しながら登校し、教室に入るなり自分の席に突っ伏した。
今年、高校三年生になる友里は常に最低限のエネルギーで生きている。
「おはよー!!」とクラスメイトに挨拶することもないし、笑いながら友達と他愛ない話に華を咲かせることもない。というか、無愛想な友里に話しかけてくる人間もそうそういない。
そんな中、友里の唯一の友人である、クラスメイトの羽柴新(はしばあらた)が前の席にどかっと座り、伏している友里の頭をノックするかのようにコツコツと叩いてきた。
「···········何だよ。」
眠りを邪魔され不機嫌そうな友里を横目で見ながら、新はニカッと笑った。
「『何だよ』じゃない。『おはよう』だろ?ほんとお前って、受験勉強してないくせになんでいつもそんな眠いの?」
「うるさい。俺はボンボンのお前と違って忙しいんだよ。」
これは本当の話で、友里は学校が終わると、学校には内緒で、夜までアルバイトをしていた。眠い理由は他にもあるのだが、そのことを新に話したことはない。
「高校生の癖に、なんでそんなに働くんだか。まぁいいや。それよりさ友里、俺彼女できた。」
友里はニヤついている新を一瞥しボソっと呟いた。
「一ヶ月。」
「はぁ?」
「今度は振られるまで一ヶ月かな。賭けてもいい。言う通りになったら倍にしてちょうだい。」
友里は財布から二千円を取り出し、新に渡した。
「·········うわ。お前って嫌なやつ。言ったな。今度はマジでいい子だよ。」
新はコロコロと彼女が変わる。
バスケ部のエースだったこともあり女にモテた。背が高く運動神経が良かった。顔も良く、頭だってそこそこいい。
友里のように無愛想なわけでもなく、誰とでも気軽に話すし教師からも好かれている。
なんなら親は裕福だし、既に教師から、有名私大の推薦を打診されている。
新(あらた)はいわゆる『一軍』だ。何をやってもできてしまう人間。
根暗で友達が少なく、勉強も運動もこれといって秀でておらず、おまけに家庭環境に問題のある友里とは正反対の存在だ。
本来なら仲良くなるはずもないが、何故か気が合い、高校一年生の時から新は友里の唯一の友達だった。
「新、今日バイト終わったらお前の家行ってもいい?今日ご両親家にいる?」
「あー、今日は母さん早く帰るとか言ってたかな。でも来ていいよ。」
「いや、それならいい。」
新の両親は稼ぎはいいが多忙で、家を空けることが多い。
友里はバイトが終わると新の家に行き、そのまま泊めてもらうことが常態化していた。
なんとも図々しい話だが、新は友里がくることを拒まなかったし、何なら毎日来いと言ってくれた。家に帰らず、外泊する理由を余計に詮索してこないのも、新といる心地よさの一つだった。
学生がしょっちゅう外泊をするなど、なんて親不孝で不良なんだと言われるかもしれないが、友里には家に帰りたくない理由があった。
友里の家には『他人』が住んでいた。
「えー?そう言わずに来いよ。母さんどうせ、食べきれもしない惣菜とか大量に買ってくるんだから。俺、お前が作ってくれる料理の方がいい。」
「いいって。今日は行かない。」
新の母親は、綺麗でバリキャリの格好いい人だが、料理は苦手なようだった。いつも高級スーパーや百貨店で取り寄せたであろう惣菜が、宅配ボックスの中にギュウギュウに詰められていた。
新が惣菜ばかりで飽きたと嘆いていた為、泊めてもらうせめてもの礼儀として友里が手料理を作ると、新はそればかりを好んで食べるようになった。
手付かずの高級惣菜達は、友里へと横流しされ、友里の数日分の夕飯や昼ごはんへと消え、証拠隠滅された。
友里と新が「来いよ」「行かないよ」と押し問答をしていると、背の高い眼鏡をかけた男子生徒が友里の席の前で立ち止まった。
「冴木。数学の課題、提出今日までなんだけど。」
クラスの委員長、横山壮一(よこやまそういち)だ。真面目そうで冷涼な目元がキリッと光っている。
「あ········ごめん委員長。すぐ出すよ。」
「ああ。頼む。」
横山はぶっきらぼうにそれだけ言うと、颯爽と自席へ戻っていった。
友里は慌ててゴソゴソと課題のプリントを鞄から取り出した。
「やべ。課題忘れてた。新、答え教えて。」
「お前、絵に描いたような不真面目野郎だな。仕方ない教えてやるよ。俺様に感謝しろよな。」
新は得意そうな顔をしながら、スラスラと答えを教えてくれた。
寝食を提供してくれ、課題の答えまで教えてくれる新は、普通とは逸脱した生活を送る友里にとって、もはやなくてはならない存在だった。
新は席に戻った横山の後ろ姿を見ながら、こそこそと呟いた。
「なぁ。横山ってさ、なーんかお前にちょこちょこ話しかけてくるよな。」
「え?だって、委員長だからだろ。俺が提出物遅れてばっかりだから。」
「────それだけかぁ?お前を見てること多い気がする。」
友里は机から顔を上げ、横山の背筋の伸びた生真面目な後ろ姿を眺めた。
委員長である横山壮一とは、実は中学が同じだった。
その頃の横山と言えば、まるまると太っていて、いつも教室の片隅で、ノートに何かを黙々と書き込んでいる地味で目立たない生徒だった。
いつの頃か背が伸び、陸上部に入ったことで体も逞しくなった。
今や横山は成績優秀で、誰が見ても真面目で、密かに女子からも憧れられる、爽やかな眼鏡男子になっていた。
横山との出会いは、中学二年生の頃に遡る。
ある日、クラスのお調子者の男子生徒が、横山が描いていたノートを取り上げ中身を見た。途端に激しく笑いだし、皆にノートの中身を見せびらかした。
「おい見ろよ!こいつ漫画描いてるぞ!!気持ちわりい~!!」
クラスにいた男子も女子も一斉に笑った。横山は恥ずかしさからか顔を真っ赤にし下を向き、涙ぐんでいるように見えた。
友里は特に強い正義感もなかったので、その場にいて一緒に笑うことはないが、ただ黙ってその光景を見ていた。ただ、ちらっと見えた横山の描いた絵が思いの外上手く、漫画が好きな友里はなんとなく気になった。
放課後になり皆が帰った後、友里はたまたま横山と教室に二人きりになっていた。
帰り支度をしていた横山に近づき、友里は初めて自分から横山に話しかけた。何故自分でそうしたのかは分からないが、何となく、周囲から浮いてしまう横山に共鳴していたのかもしれない。
「横山、さっきのノートに描いた絵······見てもいい?」
横山は友里を見上げると、横に目を反らしおずおずと口を開いた。
「いや··········でも、人に見せれるようなものじゃないから···········」
「見たいんだ。俺、漫画好きなの。」
友里が珍しく笑顔を見せると、横山は不思議そうな顔をしてノートを友里に手渡した。
友里は横山の前の席に座り、パラパラとノートをめくった。
横山の描いた漫画は、少年二人がゾンビ化したクラスメイトと戦うという支離滅裂な話だったが、妙に癖になる絵柄とストーリーに友里は吹き出してしまった。
「·········これ、このゾンビってさ、もしかして山田?」
真っ先にグチャグチャにされるゾンビの顔が、横山のノートを取り上げたお調子者のクラスメイト、山田に似ている気がした。良くみると、他のゾンビもクラスメイトの何人かに似ている。
「気が付いた?うん。実は········全員クラスメイトなんだ。」
「嘘!お前って意外に残酷な奴だな。じゃあ、俺はどのゾンビ?」
友里が笑いながら自分のゾンビを探していると、横山は恥ずかしそうに首を振った。
「あ·······いや、冴木くんはゾンビにしてない。」
「え?なんだよ寂しいな。まぁ、俺目立たないしな。登場させてくれなかったんだ。」
「ううん。冴木君は────この子。」
横山が指差したのは、主人公の内の一人の男の子だった。
ゾンビと比べて妙に美少年風に描かれていて、描写も細かい。言われてみれば、友里に似ている気がしないでもない。
「え、これが俺?こんなイケメンじゃないし!ってか、なんで?俺達話したこともないのに。横山って変な奴ー」
「────うん。変だよね。でも、冴木君って············目立つから。」
友里のどこが目立つというのだろうか。勉強も運動も秀でていないし、率先して何かに手を上げることもない。友達もいないし、モテないし、性格も良くない。
何となくいたたまれなくなった友里は、椅子から立ち上がり横山に別れを告げた。
「じゃあな、横山。漫画見せてくれてありがと。面白かった。」
それだけ言いさっさと教室を出た。教室を出た直後、後ろから「さ、冴木君!また明日!」と横山の声が聞こえた。
しかしそれ以降、友里と横山の距離が近付くことはなかった。
友里はなんとなく、自分に興味を示す人間が苦手だった。横山が少なくとも、漫画の主人公に友里を選ぶくらいには友里を見ていることが分かり、あえて話しかけることもしなかった。
自分のことを知られたくない、そんな気持ちがあった。
高校生に上がり、同じクラスになった新は、友里以外にもたくさん友達がいた。彼女もいた。人当たりはいいが、特に誰かに執着することのないさっぱりとした人間だった。
一年生の初め頃、新は学校終わりに、新に似合う派手な友達や、部活の仲間とカラオケに行ったり、ごはんを食べにいったり、合コンしに行っているようだった。
ある時、たまたま友里のアルバイトしているコンビニに、新が客としてきたことがある。それからなんとなく教室でも話すようになり、家に呼ばれるようになった。
新は色んな不特定多数の友達とは遊ばなくなり、部活終わりは友里と会うことがほとんどになった。
彼女に振られる理由は、新(あらた)本人からはっきりとは聞いたことはない。しかし、新の元カノが、『私より男友達の方を優先させるのが嫌!』だと、廊下で愚痴っているのを聞いたことがある。
「あらたー。お前、俺とばっかりつるんで面白い?他のやつとも遊べば?友達多いじゃん。」
ある時友里がそんなことを言うと、新は面白くなさそうに友里を睨み、拗ねたような顔をした。
「あのさあ、ぼっちのお前と仲良くしてあげてんのは俺だけなんだけど?俺が他の奴と遊ぶようになったら、宿も提供できないしお前は高級おかずにありつけなくなるけど?それでもいい?」
「うーん、それは困る。やっぱりお前使えるな。お前の親友ポジションは誰にも渡さない。」
友里は新の肩に手を回し冗談を言った。新も嬉しそうに笑い、「本当に調子がいい奴。」と友里の頭をぐしゃぐしゃにした。
友里は新がいるおかげで毎日生きている実感が持てた。
友里が現実に引き戻されるのは、自分の家の前に立った時だ。
鍵を回し、玄関のドアを開ける時、いつもじめじめとした暗い地の底に引きずられているような重苦しい気分になる。
その日、アルバイトが終わり家の前に立った時には既に22時を回っていた。友里は小さく息を吐き、なるべく音をたてないよう、ゆっくりと鍵を回して重苦しい玄関の扉を開いた。
今年、高校三年生になる友里は常に最低限のエネルギーで生きている。
「おはよー!!」とクラスメイトに挨拶することもないし、笑いながら友達と他愛ない話に華を咲かせることもない。というか、無愛想な友里に話しかけてくる人間もそうそういない。
そんな中、友里の唯一の友人である、クラスメイトの羽柴新(はしばあらた)が前の席にどかっと座り、伏している友里の頭をノックするかのようにコツコツと叩いてきた。
「···········何だよ。」
眠りを邪魔され不機嫌そうな友里を横目で見ながら、新はニカッと笑った。
「『何だよ』じゃない。『おはよう』だろ?ほんとお前って、受験勉強してないくせになんでいつもそんな眠いの?」
「うるさい。俺はボンボンのお前と違って忙しいんだよ。」
これは本当の話で、友里は学校が終わると、学校には内緒で、夜までアルバイトをしていた。眠い理由は他にもあるのだが、そのことを新に話したことはない。
「高校生の癖に、なんでそんなに働くんだか。まぁいいや。それよりさ友里、俺彼女できた。」
友里はニヤついている新を一瞥しボソっと呟いた。
「一ヶ月。」
「はぁ?」
「今度は振られるまで一ヶ月かな。賭けてもいい。言う通りになったら倍にしてちょうだい。」
友里は財布から二千円を取り出し、新に渡した。
「·········うわ。お前って嫌なやつ。言ったな。今度はマジでいい子だよ。」
新はコロコロと彼女が変わる。
バスケ部のエースだったこともあり女にモテた。背が高く運動神経が良かった。顔も良く、頭だってそこそこいい。
友里のように無愛想なわけでもなく、誰とでも気軽に話すし教師からも好かれている。
なんなら親は裕福だし、既に教師から、有名私大の推薦を打診されている。
新(あらた)はいわゆる『一軍』だ。何をやってもできてしまう人間。
根暗で友達が少なく、勉強も運動もこれといって秀でておらず、おまけに家庭環境に問題のある友里とは正反対の存在だ。
本来なら仲良くなるはずもないが、何故か気が合い、高校一年生の時から新は友里の唯一の友達だった。
「新、今日バイト終わったらお前の家行ってもいい?今日ご両親家にいる?」
「あー、今日は母さん早く帰るとか言ってたかな。でも来ていいよ。」
「いや、それならいい。」
新の両親は稼ぎはいいが多忙で、家を空けることが多い。
友里はバイトが終わると新の家に行き、そのまま泊めてもらうことが常態化していた。
なんとも図々しい話だが、新は友里がくることを拒まなかったし、何なら毎日来いと言ってくれた。家に帰らず、外泊する理由を余計に詮索してこないのも、新といる心地よさの一つだった。
学生がしょっちゅう外泊をするなど、なんて親不孝で不良なんだと言われるかもしれないが、友里には家に帰りたくない理由があった。
友里の家には『他人』が住んでいた。
「えー?そう言わずに来いよ。母さんどうせ、食べきれもしない惣菜とか大量に買ってくるんだから。俺、お前が作ってくれる料理の方がいい。」
「いいって。今日は行かない。」
新の母親は、綺麗でバリキャリの格好いい人だが、料理は苦手なようだった。いつも高級スーパーや百貨店で取り寄せたであろう惣菜が、宅配ボックスの中にギュウギュウに詰められていた。
新が惣菜ばかりで飽きたと嘆いていた為、泊めてもらうせめてもの礼儀として友里が手料理を作ると、新はそればかりを好んで食べるようになった。
手付かずの高級惣菜達は、友里へと横流しされ、友里の数日分の夕飯や昼ごはんへと消え、証拠隠滅された。
友里と新が「来いよ」「行かないよ」と押し問答をしていると、背の高い眼鏡をかけた男子生徒が友里の席の前で立ち止まった。
「冴木。数学の課題、提出今日までなんだけど。」
クラスの委員長、横山壮一(よこやまそういち)だ。真面目そうで冷涼な目元がキリッと光っている。
「あ········ごめん委員長。すぐ出すよ。」
「ああ。頼む。」
横山はぶっきらぼうにそれだけ言うと、颯爽と自席へ戻っていった。
友里は慌ててゴソゴソと課題のプリントを鞄から取り出した。
「やべ。課題忘れてた。新、答え教えて。」
「お前、絵に描いたような不真面目野郎だな。仕方ない教えてやるよ。俺様に感謝しろよな。」
新は得意そうな顔をしながら、スラスラと答えを教えてくれた。
寝食を提供してくれ、課題の答えまで教えてくれる新は、普通とは逸脱した生活を送る友里にとって、もはやなくてはならない存在だった。
新は席に戻った横山の後ろ姿を見ながら、こそこそと呟いた。
「なぁ。横山ってさ、なーんかお前にちょこちょこ話しかけてくるよな。」
「え?だって、委員長だからだろ。俺が提出物遅れてばっかりだから。」
「────それだけかぁ?お前を見てること多い気がする。」
友里は机から顔を上げ、横山の背筋の伸びた生真面目な後ろ姿を眺めた。
委員長である横山壮一とは、実は中学が同じだった。
その頃の横山と言えば、まるまると太っていて、いつも教室の片隅で、ノートに何かを黙々と書き込んでいる地味で目立たない生徒だった。
いつの頃か背が伸び、陸上部に入ったことで体も逞しくなった。
今や横山は成績優秀で、誰が見ても真面目で、密かに女子からも憧れられる、爽やかな眼鏡男子になっていた。
横山との出会いは、中学二年生の頃に遡る。
ある日、クラスのお調子者の男子生徒が、横山が描いていたノートを取り上げ中身を見た。途端に激しく笑いだし、皆にノートの中身を見せびらかした。
「おい見ろよ!こいつ漫画描いてるぞ!!気持ちわりい~!!」
クラスにいた男子も女子も一斉に笑った。横山は恥ずかしさからか顔を真っ赤にし下を向き、涙ぐんでいるように見えた。
友里は特に強い正義感もなかったので、その場にいて一緒に笑うことはないが、ただ黙ってその光景を見ていた。ただ、ちらっと見えた横山の描いた絵が思いの外上手く、漫画が好きな友里はなんとなく気になった。
放課後になり皆が帰った後、友里はたまたま横山と教室に二人きりになっていた。
帰り支度をしていた横山に近づき、友里は初めて自分から横山に話しかけた。何故自分でそうしたのかは分からないが、何となく、周囲から浮いてしまう横山に共鳴していたのかもしれない。
「横山、さっきのノートに描いた絵······見てもいい?」
横山は友里を見上げると、横に目を反らしおずおずと口を開いた。
「いや··········でも、人に見せれるようなものじゃないから···········」
「見たいんだ。俺、漫画好きなの。」
友里が珍しく笑顔を見せると、横山は不思議そうな顔をしてノートを友里に手渡した。
友里は横山の前の席に座り、パラパラとノートをめくった。
横山の描いた漫画は、少年二人がゾンビ化したクラスメイトと戦うという支離滅裂な話だったが、妙に癖になる絵柄とストーリーに友里は吹き出してしまった。
「·········これ、このゾンビってさ、もしかして山田?」
真っ先にグチャグチャにされるゾンビの顔が、横山のノートを取り上げたお調子者のクラスメイト、山田に似ている気がした。良くみると、他のゾンビもクラスメイトの何人かに似ている。
「気が付いた?うん。実は········全員クラスメイトなんだ。」
「嘘!お前って意外に残酷な奴だな。じゃあ、俺はどのゾンビ?」
友里が笑いながら自分のゾンビを探していると、横山は恥ずかしそうに首を振った。
「あ·······いや、冴木くんはゾンビにしてない。」
「え?なんだよ寂しいな。まぁ、俺目立たないしな。登場させてくれなかったんだ。」
「ううん。冴木君は────この子。」
横山が指差したのは、主人公の内の一人の男の子だった。
ゾンビと比べて妙に美少年風に描かれていて、描写も細かい。言われてみれば、友里に似ている気がしないでもない。
「え、これが俺?こんなイケメンじゃないし!ってか、なんで?俺達話したこともないのに。横山って変な奴ー」
「────うん。変だよね。でも、冴木君って············目立つから。」
友里のどこが目立つというのだろうか。勉強も運動も秀でていないし、率先して何かに手を上げることもない。友達もいないし、モテないし、性格も良くない。
何となくいたたまれなくなった友里は、椅子から立ち上がり横山に別れを告げた。
「じゃあな、横山。漫画見せてくれてありがと。面白かった。」
それだけ言いさっさと教室を出た。教室を出た直後、後ろから「さ、冴木君!また明日!」と横山の声が聞こえた。
しかしそれ以降、友里と横山の距離が近付くことはなかった。
友里はなんとなく、自分に興味を示す人間が苦手だった。横山が少なくとも、漫画の主人公に友里を選ぶくらいには友里を見ていることが分かり、あえて話しかけることもしなかった。
自分のことを知られたくない、そんな気持ちがあった。
高校生に上がり、同じクラスになった新は、友里以外にもたくさん友達がいた。彼女もいた。人当たりはいいが、特に誰かに執着することのないさっぱりとした人間だった。
一年生の初め頃、新は学校終わりに、新に似合う派手な友達や、部活の仲間とカラオケに行ったり、ごはんを食べにいったり、合コンしに行っているようだった。
ある時、たまたま友里のアルバイトしているコンビニに、新が客としてきたことがある。それからなんとなく教室でも話すようになり、家に呼ばれるようになった。
新は色んな不特定多数の友達とは遊ばなくなり、部活終わりは友里と会うことがほとんどになった。
彼女に振られる理由は、新(あらた)本人からはっきりとは聞いたことはない。しかし、新の元カノが、『私より男友達の方を優先させるのが嫌!』だと、廊下で愚痴っているのを聞いたことがある。
「あらたー。お前、俺とばっかりつるんで面白い?他のやつとも遊べば?友達多いじゃん。」
ある時友里がそんなことを言うと、新は面白くなさそうに友里を睨み、拗ねたような顔をした。
「あのさあ、ぼっちのお前と仲良くしてあげてんのは俺だけなんだけど?俺が他の奴と遊ぶようになったら、宿も提供できないしお前は高級おかずにありつけなくなるけど?それでもいい?」
「うーん、それは困る。やっぱりお前使えるな。お前の親友ポジションは誰にも渡さない。」
友里は新の肩に手を回し冗談を言った。新も嬉しそうに笑い、「本当に調子がいい奴。」と友里の頭をぐしゃぐしゃにした。
友里は新がいるおかげで毎日生きている実感が持てた。
友里が現実に引き戻されるのは、自分の家の前に立った時だ。
鍵を回し、玄関のドアを開ける時、いつもじめじめとした暗い地の底に引きずられているような重苦しい気分になる。
その日、アルバイトが終わり家の前に立った時には既に22時を回っていた。友里は小さく息を吐き、なるべく音をたてないよう、ゆっくりと鍵を回して重苦しい玄関の扉を開いた。
21
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
婚約解消されたネコミミ悪役令息はなぜか王子に溺愛される
日色
BL
大好きな王子に婚約解消されてしまった悪役令息ルジア=アンセルは、ネコミミの呪いをかけられると同時に前世の記憶を思い出した。最後の情けにと両親に与えられた猫カフェで、これからは猫とまったり生きていくことに決めた……はずなのに! なぜか婚約解消したはずの王子レオンが押しかけてきて!?
『悪役令息溺愛アンソロジー』に寄稿したお話です。全11話になる予定です。
*ムーンライトノベルズにも投稿しています。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる