【完結】呪いの言葉

きなこもち

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四章 特別な友達

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 友里はその日、一度家に帰り着替えなどの荷物をまとめ、新のマンションへ行くことになっていた。

 タイミング良く、新の両親は海外出張中で長期家を開けていた為、友里が身を寄せても何ら問題はないということだった。

 友里は一度家に帰り、静に喧嘩を売るつもりでいた。何故自分ばかりが我慢して、静は金を貪り、友里の体を弄んでも、まるで夫を亡くした可哀想な未亡人のような顔ができるのだろうか。

 あまりにも理不尽だと思った。父の生前、静との養子縁組に同意したことを激しく後悔した。養子縁組しなければ、静は友里とは他人のままだったし、父の保険金を受け取る権利もなかった。

 家に帰るなり、友里は荒々しくスーツケースに荷物をまとめ始めた。
 友里の帰宅に気付いた静が部屋に入り、荷造りをしている友理の手を掴んだ。
「ゆうくん何してるの?この荷物は何?」
「何じゃない!学校にバイトしてたこと言っただろ?こんなことして楽しいか?もうあんたと一秒も一緒にいたくない。」
「怒らないで········!ゆうくんバイトバイトって家に帰ってきてくれないし。それに、私は母親なのに、進路のこと何も相談してくれないじゃない?大学は行きなさいよ。家から通うならお金出してあげるから。」
 友里は腹が立ちすぎて乾いた笑いが出た。
「母親?あんたが母親らしいことしてくれたか!?働かずに親父の金を我が物顔で使い潰して········それに、俺に何した!?小学生だった俺に何したか言ってみろよ!!」
 友里の叫びを聞いた静は傷付いたような顔をし、シクシクと泣き始めた。
「ゆうくん·········私のことそんなふうに思ってたの?ゆうくんの記憶違いよ。だって、あなたお父さんの事故の時、一時的に記憶が混濁してたのよ?話すこともできなくなった。忘れたの?」
 友里はまるで悪魔でも見るような目をして静の肩を掴み、床に押し倒した。
「記憶違い??お前のしたことをなかったことにするのか!?」
 友里は目の前の女の首に手をかけようとした。
(このままコイツを殺そう。もうすべてがどうでもいい。)
 友里の意思が固まったその時、鍵を開けたままだった玄関の方から声がした。
「友里ー!!迎えにきたぞ!いるのか!?」
 新だった。

 友里は一気に現実に引き戻され、荷物をまとめたスーツケースを乱暴に掴むと、新のいる玄関の方へ走っていった。

 息を乱して走ってきた友里の様子を見た新は怪訝な顔をした。
「ごめん。なんか気になって迎えにきた····そしたらすごい音したから······大丈夫か?」
「······うん。行こ新。」
 玄関から外へ出る間際、部屋の中から、静が艶やかな笑みを浮かべながら新の前に現れた。
「こんにちは!友里のお友達ね?この子、脳に障害があった時期があってね。少し不安定なところがあるけど······ごめんなさいね、親子喧嘩が激しくて。友里をよろしくお願いします。」
 何事もなかったようにいい母親を演じた静は、新に深々と頭を下げた。
 新はたじろぎながら、「あ、はい。」と返事をし、家の前で待っていたタクシーに乗り込んだ。

 感情が高ぶった友里は、タクシーの中で膝を抱え、声を殺して泣いていた。
 新は何も聞かず、マンションに着いてからも、暗い表情の友里をそっとしておくことしかできなかった。

 夜になり、シャワーを終えた友里は落ち着きを取り戻していた。
 用意された夕食を新と食べ、いつものようにくだらない雑談をした。

 適当なテレビをダラダラと見て、対戦ゲームをして盛り上がった。

 そろそろ寝ようということになり、新は自室に、友里はいつものように、ほぼ使われることのない新の父親の部屋のベッドを借りることになった。
「じゃあ友里おやすみ~。」
 新がリビングから出ていこうとすると、友里が新の名を呼んだ。
「あらた·······何も聞かないの?」
 新は振り返り友理を見つめた。
「···········聞いていいのか?本当はさっき、お前とお母さんの会話少し聞こえてたんだ。でも·······踏み込んでいいのか分からなくて。友里の負担になるなら言わなくていい。でも、俺はお前の味方だよ。力になれるか分からないけど······話して楽になるなら、話してほしい。」
「·····················」
 友里が床を見つめ黙っていると、新は友理の手を引きソファーに座らせた。

「あの人、お前に何かしたの?」

 その問いに、友里は今まで押し殺していた感情が溢れ出し、嗚咽するほど激しく泣き出した。

 新は友里を強く抱きしめ、優しく頭を撫でた。そうされていると、幼い頃、父が友里を抱きしめてくれた記憶が蘇り、友里は余計に涙が止まらなくなった。

 友里は泣きじゃくりながらも、ポツポツと自身の過去を話し始めた。

 小学生の時に静に強姦されたこと。

 父は、友里が静を誘ったのだと勘違いしたまま事故で死んでしまったこと。

 静に逆らえないまま、今も体の関係を続けていること。

 友里が話し終えると、新は眉間に皺を寄せたまま拳を握っていた。

 沈黙に耐えられなくなった友里が、気を取り直すように明るい声を上げた。
「つまらない話聞かせてごめんな!でもまぁ、過去のことだし。俺も成人して家出たら、あいつとは関係ないし?力も負けないから暴力振るわれることもないし。卒業まであと四ヶ月、ほとんど顔合わせないなら別にいいんだ。子どもみたいに泣いてごめん。すごく恥ずかしい。」
 友里が苦笑していると、新が友里の手を強く掴み、怒ったような声で
「笑うな。」と言った。
「笑うなよ。過去のことじゃないだろ?お前は今も苦しんでる。お前の義理の母親がやったことは犯罪だ。絶対許しちゃ駄目だ。」

 真剣な新の目を見た時、おかしな話だが、友里には一種の歓喜の気持ちが湧き上がってきた。

 誰も分かってくれなかった。
 実の父親でさえも。
「新、信じてくれてありがと。」
「友里·······!」
「情けない奴だって思うだろ?でも、本当にもういいんだ。何されたかなんか、思い出したくもないし誰にも知られたくないんだ。こうやって話聞いてくれて、怒ってくれて、匿ってくれるだけで、俺には充分過ぎるんだよ。」
 友理が悲しみではなく感涙の涙を流すと、新は悔しそうに唇を噛み、そっぽを向いた。
「··········お前がそれがいいなら······わかったよ。」
 友里は笑顔を見せながら新に抱きついた。
「新~!お前いい奴だな。今日お前の部屋で寝ていい?パパさんの枕持ってくる!」
 友里はすぐに枕を抱えて新の部屋にくると、広いベッドの左半分に寝転がった。
「これクイーンサイズ?ベッド広すぎ!!」
 はしゃぐ友里をよそに、新はベッドに入るのをためらっている様子だった。

 その時、友里は新に嘘をついたままだということをはっと思い出した。
『男が好きで、新がタイプ』だと伝えたままだ。
「あ、昼間のことだけど。あれ冗談だから。女は苦手だけど、男が好きなわけじゃない。警戒しなくても俺お前に何もしないから安心しろ。」
「··········え、冗談?」
 新は腑に落ちないような顔をしていた。
(新のやつ、まだ俺がゲイだと怪しんでるな。すぐに誤解を解いとくんだった。)
「ホントだって!いいから来いよ!」
 友里が強引に新の手を引っ張ると、新は諦めてベッドの端に横になった。

 部屋が暗くなり一気に静寂が訪れた。
 友里の部屋は、外の車や喧騒、電車の音が厭に聞こえてくるのに、新の家はほとんど何も聞こえない。この部屋では、新と友里は二人だけの世界だった。
「·········新、お前のご両親さ、俺がここに住まわせてもらってること迷惑なんじゃない?」
「え?いや、何とも思ってない。というか、俺がどう過ごしてようと気にもしてない。俺の母親は記者で、父親は写真家なんだ。仕事大好き人間。子どもの頃遊んでもらった記憶なんかほとんど無いし、見ての通り放置されてる。でも金は使いたい放題だけどな!お前もきてくれるしうるさく言われないし、自由で最高。」
「そっか·········でも、寂しかっただろ?こんな広い家に一人なんて。」
 幼い頃の新を想像し、友里は胸が痛くなった。友里の家庭のように訳ありではないにしても、両親から全く構ってもらえないというのはとてつもなく寂しく悲しいものだ。一人で泣いた夜もあっただろう。
「·········全然。今はお前がいてくれるから、寂しくないよ。」
 新はそっと友里の手を握った。友里も微笑みながら、新の感触を確かめるように手を握り返してきた。

 その日から毎晩、二人は手を繋ぎ眠るようになった。


    
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