8 / 16
八章 記憶の底
しおりを挟む
電話口の友里は、明らかに様子がおかしかった。切羽詰まったように、何かを言おうとしていた気がする。
新は正直に言うと、それを聞く勇気がなかった。
新はその時家にいた。
父は一週間前、このマンションに帰ってきた。帰ってくるなり、父は新に、
「だれかをここに泊めていただろ?」
と聞いてきた。
「誤魔化しても分かる。俺の部屋がきれい過ぎるしな。長期家を開けていたのに、埃一つない。洗濯や料理をしていたような後があるし、彼女か?」
さすが大人というべきか、友里がここに住んでいたことは父にはお見通しだった。
「あー、いや。友達泊めてたんだよ。」
「友達?何日も自分の家に帰らないような友達か?おかしな関係ではないんだな?」
新はうんざりした。普段家に帰らないくせに、急に口を出してくることが煩わしかった。
「違うって!別に普通の友達だよ!勉強したり家でゲームしたり、楽しかったから泊まってくれって俺から引き留めてたんだよ。」
新がそう言うと、父は申し訳無さそうな顔をした。
「·········俺や母さんが、ずっとお前のこと放っておきすぎたからだな。すまなかった寂しい思いをさせて。これからは、仕事は調整することにした。大学も家から通いなさい。······今は将来の決まる大事な時だ。新、付き合う相手は選びなさい。」
父からの説教は新を腹立たしくさせたが、一方で友里との距離を考え直すきっかけとなった。
今、家に帰っても友里はいない。以前の生活が恋しくはなるが、学校では友里といい距離を保てていると思う。
友里の危うさは沼のようで、深みに嵌まると抜け出せなくなるだろう、新の本能がそう警告していた。
ここがきっと分かれ道なのだ。
普通に恋愛し、大人になって好きな女と結婚する。
『男しか愛せない』のならば、その道は選ばないのだろうが、新は同性愛者ではない。
友里に特別な感情を抱いているだけだ。
将来のことも考え、知美にちゃんと向き合おう。そう心に決めた。
それなのに、先程切った友里からの電話が頭から離れなかった。
友里の言葉を、最後まで聞くべきではなかったのだろうか。
何か取り返しのつかないような思いに囚われ、新はかかってくるはずのないスマートフォンをしばらく握りしめていた。
◇
はぁはぁ。
地面に転がった友里と横山は、しばらく呆然としていた。荒い息が、肩を大きく上下に動かした。
友里が横山に目をやると、転んだ拍子に肘のあたりが大きく擦りむき、血が出ているのが見えた。
「·············横山·····肘、血出てる。」
「そんなことはどうでもいい!!!」
横山は突然友里を怒鳴り、勢いよく両腕を掴んだ。
「何で!?何でこんなこと·······!死ぬところだったんだぞ!?」
友里は呆気に取られ、怒鳴られたことに怯えた様子を見せた。
「ごめん。分かんない········死にたいと思ったのに急に怖くなって·······迷惑かけてごめん。」
二人のやりとりを、通行人がジロジロと見ながら脇をすり抜けていく。
「·······怒鳴ってごめん。冴木、ついてきて。立てる?」
手を差し出し、横山は友里を立たせた。友里はぐらっとよろめき、横山の胸元に倒れかかった。
横山は友里に怪我がないか、全身を見渡した。裸足なのも気になったが、足首から踵に伝って細い線の血が伝っている。
「冴木········血··········」
そう言いかけた時、足首に流れる血がどこからきているのか、横山は気づいてしまった。
「え?」
「何でもないんだ。行こう。」
横山は友里に肩を貸しながら、ゆっくりと歩いた。
友里が連れてこられたのは、ここ辺りでは珍しい古びた一軒家だった。
「ここ俺ん家。」
横山に付いて友里が中に入ると、畳の部屋が二部屋あり、部屋の隅に比較的新しい仏壇が置いてあった。
友里は仏壇の前に座ると、静かに手を合わせ目を閉じた。
「俺のばあちゃんなんだ。一年前に亡くなってさ。今は俺一人で住んでる。·······手、合わせてくれてありがとう。」
「そっか。」
友里はそういうと、居間に移動し、畳の上にゴロンと横になった。
「なぁ、横山。俺臭くない?」
横山は友里に顔を近付けた。
「別に臭くない。」
「いや········臭いよ。匂いが取れないんだ。風呂借りていい?」
友里に風呂を貸したが、しばらく待っても戻ってこない。
横山は心配になり、脱衣所から友里に声をかけた。
「冴木、着替え俺のやつ置いとくから使って。············おい大丈夫か?」
シャワーの流れる音と、友里の何かをブツブツと呟く声が聞こえた。明らかに様子がおかしいので、横山は思い切って浴室のドアを開けた。
「冴木!?どうかしたのか?·······」
友里は頭をシャワーに打たれながら、一心不乱にタオルで体をゴシゴシと擦っていた。強く擦りすぎた箇所が赤くなり、所々血が出ていた。
「冴木やめろよ!」
「消えない·····消えない········!」
横山は堪らなくなり、友里を強引に引っ張り浴室から連れ出した。
「汚れてないよ冴木!お願いだからやめてくれ······!」
友里の体にバスタオルをかけようとした時、横山の目に友里の裸体が写り込んだ。
友里の身体のあちらこちらに、執拗なまでに残された『痕跡』は、友里がどんな目にあったのか容易に想像できるものだった。
「ゆう··········!」
横山は悲痛に顔を歪め、友里を力強く抱き締めた。
「離せよ!!離せ!!」
友里は横山の腕の中で暴れたが、それでも横山は腕の力を緩めなかった。
「ゆうごめんな·····俺、お前に何もしてやれなかった。大丈夫だよ。俺はお前を傷付けない。大丈夫、大丈夫······」
横山が諦めず友里の背中を擦っていると、友里は次第に大人しくなった。
そして横山の広い肩に顔を埋めしがみつき、声を殺して泣き出した。
「うぅっ·········横山ぁ!」
「泣いていいよ冴木。風邪ひくから、暖かくしような。」
友里は服を着させられた後、居間に座り、横山にドライヤーで髪を乾かされていた。
横山のことをなぜだか、面倒見の良い兄のように感じた。
友里は、横山に親しみを感じることが不思議だった。
ドライヤーの熱が心地良い。泣き腫らした顔をしたまま、友里は黙って横山のされるがままになっていた。
いつもは人に頼りたくない友里だが、今は妙に面倒を見てもらうことが嬉しかった。
「冴木の髪サラサラだな。俺は剛毛だから羨ましい。」
友里は横山の方を振り返り、ずっと感じていた疑問をぶつけた。
「··········横山はさ、なんで俺に優しくしてくれるの?」
横山は困ったように笑うと、立ち上がり、アルバムのような冊子を手に戻ってきた。
「·······?写真?」
友里が中を見ると、幼い頃の横山の成長記録が納められていた。横山の両親や祖母もあちらこちらに写り込んでいる。
「フフッ委員長かわいい。」
「そのあたりは見なくていいから!こっち。」
横山は恥ずかしそうにページをめくった。時は流れ、小学校三、四年くらいだろうか。
一枚の写真に目が留まった。
まだふっくらとしていた頃の横山と、やんちゃそうな一人の少年が、笑顔でピースしていた。
「··············これ、俺?」
見覚えのあるその顔は、友里自身の幼少期だった。
「うん。俺両親が離婚してさ。三年生の時にばあちゃん家に預けられたんだ。それで、内気だし太ってたしで、なかなか馴染めなかったんだけど·····この街で、最初にできた友達が冴木。」
友里は混乱していた。横山と俺が友達だった?何も覚えていない·······
(あぁ、そうか。俺忘れてたのか。)
友里は合点がいった。
六年生に悪夢のような経験をした友里は、脳の防御反応なのか、小学生時代の一部分だけがすっぽりと抜けたようになっていた。
それも、楽しい思い出ばかりが。
「横山、俺忘れてたみたいだ。ごめんな。」
友里が肩を落とすと、横山は首を振った。
「ううん。冴木が大変だったの知ってるから。俺、冴木が入院して、学校に来れなくなったのも知ってたんだ。それで、何度も家まで行ったんだけどさ、そっとしておいて!って義理のお母さんに断られて。尻尾巻いて逃げたんだ。」
静は、友里が壊れている方が都合が良かったのだろう。仲の良い友達など邪魔だったに違いない。
「でも·······中学でも高校でも、言ってくれたら良かったのに。俺嫌な奴だから話しかけづらかった?」
友里が苦笑いすると、横山は慌てて首を振った。
「違うんだ!······冴木、やっと普通に話せるようになってたし、もう思い出したくもないかなって。それに、高校入ってからは羽柴と仲良いみたいだったから。話しかけるタイミングがなかった。」
確かに、休み時間も昼休みも放課後も、友里は新とばかり一緒にいたから声はかけづらかっただろう。
「そっか。でも、今分かって良かったよ。俺たち、そんなに仲良かったの?」
「うん。毎日公園で遊んでたよ。ゆう····冴木はこの家にも遊びにきて、俺のばあちゃんも可愛がってた。だから、今日会えて喜んでると思う。」
「へぇ········俺のこと、『ゆう』って呼んでたんだ?俺は横山のことなんて呼んでた?」
横山は照れくさそうに頭を掻いた。
「あー····『そう』だったかな。」
「『そう』ね。『横山壮一』だもんな。じゃあ、今日からまた、横山のこと『そう』って呼ぶわ。」
壮一に、友里の知らない昔話を少し聞かせてもらった。温かいお茶を飲んで落ち着いた友里は、その日の疲れやストレスからか、急に眠気が襲ってきた。
「ゆう、布団で休みなよ。疲れただろ?明日も休みだし、何も考えずゆっくりしよ。」
布団に寝かされた友里は、部屋から出ていこうとする壮一を呼び止めた。
「そう、お願いがあるんだ。こっちきて。」
壮一は言われるがまま、友里の隣に膝をついた。
「俺のこと抱き締めて。さっき、風呂場でしてくれたみたいに。」
壮一はギョッとし、しどろもどろになった。
「えっ、な、なんで」
「いいから!」
友里は強引に壮一に抱きつくと、肩の辺りに顔を埋めた。
「そうの匂い、落ち着くんだ。おひさまと洗剤の匂い。」
甘ったるい香水や、サラリーマンのすえた匂いとは全く違う。
「汗かいてるから········」
壮一が後ろに体を引こうとすると、友里は壮一の背中に回した腕に力を込めた。
「いいよ。汗の匂いも好き。」
壮一は困り果てながらも友里のいいなりになり、身を硬くしていた。
「そう!緊張しすぎ。ごめんな困らせて。ありがとう。」
友里が壮一の身体を解放すると、壮一は少し残念そうな顔をして友里の頭を撫でた。
「ゆう、ここにいつでも来ていいから。俺一人だし、何も気にしなくていいから。だから········逃げ場がないって思うな。俺、ゆうの為なら何だってできるよ。」
「········何だよそれ。でもありがと。」
友里はそういうと、壮一に背を向けて寝たふりをした。
壮一の優しさが身に沁み、布団の中でまた少しだけ泣いた。
新は正直に言うと、それを聞く勇気がなかった。
新はその時家にいた。
父は一週間前、このマンションに帰ってきた。帰ってくるなり、父は新に、
「だれかをここに泊めていただろ?」
と聞いてきた。
「誤魔化しても分かる。俺の部屋がきれい過ぎるしな。長期家を開けていたのに、埃一つない。洗濯や料理をしていたような後があるし、彼女か?」
さすが大人というべきか、友里がここに住んでいたことは父にはお見通しだった。
「あー、いや。友達泊めてたんだよ。」
「友達?何日も自分の家に帰らないような友達か?おかしな関係ではないんだな?」
新はうんざりした。普段家に帰らないくせに、急に口を出してくることが煩わしかった。
「違うって!別に普通の友達だよ!勉強したり家でゲームしたり、楽しかったから泊まってくれって俺から引き留めてたんだよ。」
新がそう言うと、父は申し訳無さそうな顔をした。
「·········俺や母さんが、ずっとお前のこと放っておきすぎたからだな。すまなかった寂しい思いをさせて。これからは、仕事は調整することにした。大学も家から通いなさい。······今は将来の決まる大事な時だ。新、付き合う相手は選びなさい。」
父からの説教は新を腹立たしくさせたが、一方で友里との距離を考え直すきっかけとなった。
今、家に帰っても友里はいない。以前の生活が恋しくはなるが、学校では友里といい距離を保てていると思う。
友里の危うさは沼のようで、深みに嵌まると抜け出せなくなるだろう、新の本能がそう警告していた。
ここがきっと分かれ道なのだ。
普通に恋愛し、大人になって好きな女と結婚する。
『男しか愛せない』のならば、その道は選ばないのだろうが、新は同性愛者ではない。
友里に特別な感情を抱いているだけだ。
将来のことも考え、知美にちゃんと向き合おう。そう心に決めた。
それなのに、先程切った友里からの電話が頭から離れなかった。
友里の言葉を、最後まで聞くべきではなかったのだろうか。
何か取り返しのつかないような思いに囚われ、新はかかってくるはずのないスマートフォンをしばらく握りしめていた。
◇
はぁはぁ。
地面に転がった友里と横山は、しばらく呆然としていた。荒い息が、肩を大きく上下に動かした。
友里が横山に目をやると、転んだ拍子に肘のあたりが大きく擦りむき、血が出ているのが見えた。
「·············横山·····肘、血出てる。」
「そんなことはどうでもいい!!!」
横山は突然友里を怒鳴り、勢いよく両腕を掴んだ。
「何で!?何でこんなこと·······!死ぬところだったんだぞ!?」
友里は呆気に取られ、怒鳴られたことに怯えた様子を見せた。
「ごめん。分かんない········死にたいと思ったのに急に怖くなって·······迷惑かけてごめん。」
二人のやりとりを、通行人がジロジロと見ながら脇をすり抜けていく。
「·······怒鳴ってごめん。冴木、ついてきて。立てる?」
手を差し出し、横山は友里を立たせた。友里はぐらっとよろめき、横山の胸元に倒れかかった。
横山は友里に怪我がないか、全身を見渡した。裸足なのも気になったが、足首から踵に伝って細い線の血が伝っている。
「冴木········血··········」
そう言いかけた時、足首に流れる血がどこからきているのか、横山は気づいてしまった。
「え?」
「何でもないんだ。行こう。」
横山は友里に肩を貸しながら、ゆっくりと歩いた。
友里が連れてこられたのは、ここ辺りでは珍しい古びた一軒家だった。
「ここ俺ん家。」
横山に付いて友里が中に入ると、畳の部屋が二部屋あり、部屋の隅に比較的新しい仏壇が置いてあった。
友里は仏壇の前に座ると、静かに手を合わせ目を閉じた。
「俺のばあちゃんなんだ。一年前に亡くなってさ。今は俺一人で住んでる。·······手、合わせてくれてありがとう。」
「そっか。」
友里はそういうと、居間に移動し、畳の上にゴロンと横になった。
「なぁ、横山。俺臭くない?」
横山は友里に顔を近付けた。
「別に臭くない。」
「いや········臭いよ。匂いが取れないんだ。風呂借りていい?」
友里に風呂を貸したが、しばらく待っても戻ってこない。
横山は心配になり、脱衣所から友里に声をかけた。
「冴木、着替え俺のやつ置いとくから使って。············おい大丈夫か?」
シャワーの流れる音と、友里の何かをブツブツと呟く声が聞こえた。明らかに様子がおかしいので、横山は思い切って浴室のドアを開けた。
「冴木!?どうかしたのか?·······」
友里は頭をシャワーに打たれながら、一心不乱にタオルで体をゴシゴシと擦っていた。強く擦りすぎた箇所が赤くなり、所々血が出ていた。
「冴木やめろよ!」
「消えない·····消えない········!」
横山は堪らなくなり、友里を強引に引っ張り浴室から連れ出した。
「汚れてないよ冴木!お願いだからやめてくれ······!」
友里の体にバスタオルをかけようとした時、横山の目に友里の裸体が写り込んだ。
友里の身体のあちらこちらに、執拗なまでに残された『痕跡』は、友里がどんな目にあったのか容易に想像できるものだった。
「ゆう··········!」
横山は悲痛に顔を歪め、友里を力強く抱き締めた。
「離せよ!!離せ!!」
友里は横山の腕の中で暴れたが、それでも横山は腕の力を緩めなかった。
「ゆうごめんな·····俺、お前に何もしてやれなかった。大丈夫だよ。俺はお前を傷付けない。大丈夫、大丈夫······」
横山が諦めず友里の背中を擦っていると、友里は次第に大人しくなった。
そして横山の広い肩に顔を埋めしがみつき、声を殺して泣き出した。
「うぅっ·········横山ぁ!」
「泣いていいよ冴木。風邪ひくから、暖かくしような。」
友里は服を着させられた後、居間に座り、横山にドライヤーで髪を乾かされていた。
横山のことをなぜだか、面倒見の良い兄のように感じた。
友里は、横山に親しみを感じることが不思議だった。
ドライヤーの熱が心地良い。泣き腫らした顔をしたまま、友里は黙って横山のされるがままになっていた。
いつもは人に頼りたくない友里だが、今は妙に面倒を見てもらうことが嬉しかった。
「冴木の髪サラサラだな。俺は剛毛だから羨ましい。」
友里は横山の方を振り返り、ずっと感じていた疑問をぶつけた。
「··········横山はさ、なんで俺に優しくしてくれるの?」
横山は困ったように笑うと、立ち上がり、アルバムのような冊子を手に戻ってきた。
「·······?写真?」
友里が中を見ると、幼い頃の横山の成長記録が納められていた。横山の両親や祖母もあちらこちらに写り込んでいる。
「フフッ委員長かわいい。」
「そのあたりは見なくていいから!こっち。」
横山は恥ずかしそうにページをめくった。時は流れ、小学校三、四年くらいだろうか。
一枚の写真に目が留まった。
まだふっくらとしていた頃の横山と、やんちゃそうな一人の少年が、笑顔でピースしていた。
「··············これ、俺?」
見覚えのあるその顔は、友里自身の幼少期だった。
「うん。俺両親が離婚してさ。三年生の時にばあちゃん家に預けられたんだ。それで、内気だし太ってたしで、なかなか馴染めなかったんだけど·····この街で、最初にできた友達が冴木。」
友里は混乱していた。横山と俺が友達だった?何も覚えていない·······
(あぁ、そうか。俺忘れてたのか。)
友里は合点がいった。
六年生に悪夢のような経験をした友里は、脳の防御反応なのか、小学生時代の一部分だけがすっぽりと抜けたようになっていた。
それも、楽しい思い出ばかりが。
「横山、俺忘れてたみたいだ。ごめんな。」
友里が肩を落とすと、横山は首を振った。
「ううん。冴木が大変だったの知ってるから。俺、冴木が入院して、学校に来れなくなったのも知ってたんだ。それで、何度も家まで行ったんだけどさ、そっとしておいて!って義理のお母さんに断られて。尻尾巻いて逃げたんだ。」
静は、友里が壊れている方が都合が良かったのだろう。仲の良い友達など邪魔だったに違いない。
「でも·······中学でも高校でも、言ってくれたら良かったのに。俺嫌な奴だから話しかけづらかった?」
友里が苦笑いすると、横山は慌てて首を振った。
「違うんだ!······冴木、やっと普通に話せるようになってたし、もう思い出したくもないかなって。それに、高校入ってからは羽柴と仲良いみたいだったから。話しかけるタイミングがなかった。」
確かに、休み時間も昼休みも放課後も、友里は新とばかり一緒にいたから声はかけづらかっただろう。
「そっか。でも、今分かって良かったよ。俺たち、そんなに仲良かったの?」
「うん。毎日公園で遊んでたよ。ゆう····冴木はこの家にも遊びにきて、俺のばあちゃんも可愛がってた。だから、今日会えて喜んでると思う。」
「へぇ········俺のこと、『ゆう』って呼んでたんだ?俺は横山のことなんて呼んでた?」
横山は照れくさそうに頭を掻いた。
「あー····『そう』だったかな。」
「『そう』ね。『横山壮一』だもんな。じゃあ、今日からまた、横山のこと『そう』って呼ぶわ。」
壮一に、友里の知らない昔話を少し聞かせてもらった。温かいお茶を飲んで落ち着いた友里は、その日の疲れやストレスからか、急に眠気が襲ってきた。
「ゆう、布団で休みなよ。疲れただろ?明日も休みだし、何も考えずゆっくりしよ。」
布団に寝かされた友里は、部屋から出ていこうとする壮一を呼び止めた。
「そう、お願いがあるんだ。こっちきて。」
壮一は言われるがまま、友里の隣に膝をついた。
「俺のこと抱き締めて。さっき、風呂場でしてくれたみたいに。」
壮一はギョッとし、しどろもどろになった。
「えっ、な、なんで」
「いいから!」
友里は強引に壮一に抱きつくと、肩の辺りに顔を埋めた。
「そうの匂い、落ち着くんだ。おひさまと洗剤の匂い。」
甘ったるい香水や、サラリーマンのすえた匂いとは全く違う。
「汗かいてるから········」
壮一が後ろに体を引こうとすると、友里は壮一の背中に回した腕に力を込めた。
「いいよ。汗の匂いも好き。」
壮一は困り果てながらも友里のいいなりになり、身を硬くしていた。
「そう!緊張しすぎ。ごめんな困らせて。ありがとう。」
友里が壮一の身体を解放すると、壮一は少し残念そうな顔をして友里の頭を撫でた。
「ゆう、ここにいつでも来ていいから。俺一人だし、何も気にしなくていいから。だから········逃げ場がないって思うな。俺、ゆうの為なら何だってできるよ。」
「········何だよそれ。でもありがと。」
友里はそういうと、壮一に背を向けて寝たふりをした。
壮一の優しさが身に沁み、布団の中でまた少しだけ泣いた。
31
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
婚約解消されたネコミミ悪役令息はなぜか王子に溺愛される
日色
BL
大好きな王子に婚約解消されてしまった悪役令息ルジア=アンセルは、ネコミミの呪いをかけられると同時に前世の記憶を思い出した。最後の情けにと両親に与えられた猫カフェで、これからは猫とまったり生きていくことに決めた……はずなのに! なぜか婚約解消したはずの王子レオンが押しかけてきて!?
『悪役令息溺愛アンソロジー』に寄稿したお話です。全11話になる予定です。
*ムーンライトノベルズにも投稿しています。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる