【完結】呪いの言葉

きなこもち

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七章 狂乱の夜

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「···········ほんとに十八歳?」
「寝顔かわいい」
「大丈夫なの?」
「うん。息子だから大丈夫。」
「あはは!この人最低~」

 頭の遠くの方で、数人の男女の話し声がする。友里は目を開けたいが、まぶたが鉛のように重く、目を開けられない。体に力が入らず金縛りにあったように動かせない。

 頬を誰かに触られた。

 友里がなんとか目を開けると、目の前には、金髪の若い女が友里の顔を覗き込んでいた。
「あ!目を開けた。おはようお姫様。」
 友里は混乱したが、体が動かせず、目を開けることで精一杯だった。

 友里はベッドに寝かされていて、金髪の若い女の周囲にも、三人の男女が友里に視線を注いでいた。

 静は後ろのソファに腰掛けている。

 友里が虚ろな目で静を見ていると、目の前にいた金髪の女が突然唇を重ねてきた。
 すぐにスーツ姿の男が友里の後ろに回り、抱き込むような形で首筋に顔を埋めてきた。
「·················!!」
(気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!)
 友里は声にならない悲鳴をあげ、虚しくも涙だけが頬をつたった。
「ちょっといきなりしないで!友里君泣いてるよ。可哀想。」
 中年の女が金髪の女をどかし、友里の上に跨り頭を撫でてきた。
「怖くないよ。いい子だね。優しくしてあげるね。」
 女の甘ったるい香水と化粧の匂い、スーツ姿の男の汗の匂いが混ざり合い、友里は吐きそうになった。

 最初は抵抗しようともがいたり声をあげようとしていた友里だったが、次第に抵抗を止め、されるがままになった。スマホを向けられ、動画を撮られているようだった。

 どうせ弄ばれるなら、酷くされないほうがいい。

 いっそのこと気を失いたかったが、薄れゆく意識の中で、何度も体が裂けるような痛みに悲鳴をあげた。

 体中から感じる不快な感触、匂い、痛みは、永遠かと思われるほど長く続いた。地獄としかいいようがなかった。

 そしてとうとう、狂乱の夜は終わりを告げた。

 アルコールのようなものを口から注がれ、意識が朦朧としたままベッドに横たわった友里は、ソファ―の周りで静と仲間が楽しげに話しているのをぼんやりと聞いていた。

「友里くん最高だったよ。」
「ここ数年、静、集まりに来なくなったじゃない?足を洗ったのかと思ったら、こんな子が手に入るなんて本当に羨ましい。」
「またよろしく~」
 男女は静に金を渡し、男一人を残して部屋から出ていった。

 スーツ姿の男は友里にゆっくりと近付くと、サラリと髪を撫でこう言った。
「友里君、疲れただろ?もうおやすみ。起きたら自分の家だ。これは夢だったんだよ。」
 男はポケットから注射器を取り出すと、慣れた手付きで友里の腕に針を刺した。
 ほんの一瞬の痛みと共に、友里は目の前が真っ暗になった。

 やっと友里の欲していた『無』が訪れた。

 ◇

 友里が目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。
(·······夢············?)
 服も寝巻きを着ている。

 すぐにノックの音がし、静がドアから顔を出した。
 友里は静や静の仲間達にされたことを思い出し、恐怖で身がすくんだ。
「く、来るな······!!」
「どうしたの?ゆうくん、昨日お酒飲んでレストランで寝ちゃったんだよ?タクシーに乗せて、家まで運んでくるの大変だったんだから。お礼くらい言ってよね。あ!私ちょっと出かけてくるね。」
 静はそう言いドアを閉めようとしたが、ふと思い出したように友里の方を振り帰り、笑顔でこう言った。
「昨日のゆうくんの寝顔、たくさん撮っちゃった。だってかわいいんだもん。じゃあ行ってきます。」
 扉がバタンと閉まってからも、友里はしばらく呆然としていた。

 恐る恐る、寝巻きのボタンを外し、自身の身体を確認した。

 赤黒い斑点が身体中、至る所に散らばっており、ベッドから立とうとすると臀部の痛みで床に転がった。

 夢ではないことを、友里の身体が物語っていた。

「·······うぅっ·····!!」
 友里は絶望感と悲しみ、憎しみや怒りが同時に押し寄せた。

 視界がぐにゃりと歪み、フラフラと伝い歩きをしながら外に出た。
 友里はまる一日眠っていたようで、外はもう暗くなり始めていた。

 寝巻きに裸足のまま、スマホだけを握りしめ、友理はよろめきながら道路を歩き続けた。

 ちょうど父が事故にあった辺りに差し掛かった時、当時はなかった歩道橋が見えた。なんとなくそこに登ってみたくなり、手すりにつかまりながら歩道橋を登った。

 寝間着を着たまま裸足で歩く、様子のおかしい友里を見て、通行人は二度見しながら友里の横を避けるように通過していった。

 歩道橋の真ん中まで来た時、友里は歩道橋の下をビュンビュンと走っていく車の列をぼーっと眺めていた。

(父さんを引いたトラックの運転手さん、捕まったのかな。俺のせいなのに。ごめんなさい。)

 友里は全てがどうでも良くなった。
 高校を卒業することも、一人暮らしすることも、全てが無意味だ。
 どうせ静からは逃れられない。
 希望を持つことも、泣くことも怒ることも、誰かに期待することも、何もしたくない。

「ごめんなさい······!ごめんなさい·····!!」
 友里は、まだ見ぬ車を運転する誰かに泣きながら謝り続けた。
 迷惑なことは分かっている。しかし、友里はどうしてもこの場所じゃないといけなかった。

 きっと父は、今もここにいるからだ。

 落下防止のフェンスをガシャガシャと登ると、一気に視界が開けた。

 夜風が気持ちいい。友里は冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「あ、新。」

 新に、何かあったら必ず電話をするよう言われていたことを思い出した。

 約束は守らなければならないと思い、友里はフェンスに足をかけたまま、新に電話をかけた。

 すぐに電話は繋がり、友里は顔を綻ばせた。

「·········友里?どうした?」
「新!俺さ、どうしても声が聞きたかったんだよ。」
 友里の妙に明るい声に、新は違和感を持った。
『お前今······外?車の音聞こえる。』
「···················あらたぁ、俺さ、俺······
 」
 その時友里は気付いてしまった。死ぬ間際、取り繕っていた自分から解放され、気持ちの中がクリアになっていた。

(俺は新が好きだ。)

 それが、嘘偽りない友里の気持ちだった。

 しかし、この世に別れを告げることよりも、親友に愛の告白をする方が勇気がいった。
 中々話し出さない友里に痺れをきらし、新の方から話し始めた。
「何なんだよ!どうせ寂しくなったんだろ?しょうがない奴。········そうだ友里。俺もお前に話したいことあったんだ。俺さ、智美ともう一回付き合うことにした。」
 車の音と喧騒の中、新の声だけがはっきりと聞こえた。
「···········え?」
「なんか、ちゃんと向き合ってなかったなって思って。智美は時間かかってもいいから待ってくれるって。だから、学校ではお前といる時間減ると思うけど·······応援してくれるよな?」
「··················当たり前だろ親友。」
 友里は笑いながらそう言うと、静かに電話を切った。

 最後の最後に失恋するなど、なんて格好悪いんだろう。いよいよこの世に未練のなくなった友里は、息を呑んで足下に広がる光景を見た。
タイミングを図っていた時、誰かが友里の名を呼んだ。
「冴木!!!」
 友里が振り向くと、必死の形相をした委員長の横山が、友里に向かって全速力で走ってきた。

 友里は横山に腰を掴まれフェンスから引き剥がされた。そして、二人して地面に勢いよく転がった。

 



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