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私と最愛の魔法使い~王女様、私の夫に惚れられても困ります!~
分岐点4 愚かな男
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魔法塔に戻ったウィルは、アッシュの部屋でナタリーの様子を報告しにやって来た。ナタリーは連れず、ウィル一人が戻ってきたのでアッシュは鋭い目でウィルを睨んだ。
「おい、何一人で帰ってきている?ナタリーはどうした?」
「アッシュ様の意向を伝えたのですが、行きたくないと断られました。代わりにこの手紙を渡して欲しいと·····」
アッシュは手紙を受け取ると、すぐに封を開け目を通した。
『アッシュ様
お元気ですか?ナタリーです。ご無沙汰しております。
私はこちらで元気に過ごしています。不自由なこともなく、店主の方もお客様もとても親切です。
私のことを気にかけてくださり感謝します。しかし、わざわざお忙しい上級魔法使いであるジークリート様やウィル様を派遣していただくのは、魔法界にとっても損失であり、時間と労力と人材を無駄にしてしまっているのではないかと危惧しております。
私は、私の身勝手でアッシュ様の元を去りました。今後、私の身に起きる全てのことは自分自身の責任です。心配していただく資格はございませんので、どうか放っておいてください。
私が発つ前、アッシュ様に対して行った、様々な無礼な言動をお許しください。気の迷いだったと自負しております。どうか忘れてください。
それでは、アッシュ様の益々のご活躍を陰ながら応援しております。どうかお幸せに。
ナタリー』
アッシュはこの他人行儀な手紙を読み終えるなり、思い切り椅子の足を蹴った。
ウィルはビクッとし、気まずそうに下を向いた。アッシュがこういう反応になると分かっていた。
「お前は雑用係でナタリーと多少交流があったから、彼女を説得しやすいかと思ったが検討違いだったようだな。」
ナタリーが出ていったのは言うまでもなくアッシュのせいなのに、八つ当たりもいいところだとウィルは内心思っていたが、ウィルはウィルでナタリーはフィガロにいた方がいいと考えていた。アッシュがエステルの部屋から出てきたことや、結婚しそうだということをあえてナタリーに伝えた。おそらくアッシュとナタリーの間には、主従関係や幼馴染みとは別の、何か恋や愛に似たものがあるとは感じていた。しかし、このままナタリーが魔法界に居続けたとしても、アッシュからは妻のような特別な女性としては扱ってもらえず、周囲からは『大魔法使いのお気に入り』として距離を置かれるだろう。
『愛してるから戻って来て欲しい、側にいて欲しい。』これだけ言えば済む話なのに、自分の気持ちに見ないふりをし、意地を張り続けるアッシュが滑稽だった。
「きっとナタリーも時間が必要なんですよ。本当はアッシュ様に会いたいのに、自分で出ていった手前すぐに戻りにくいんじゃないですか?もう少し待った方がいいと思います。例えば一年とか·····」
ウィルは思ってもいないことをアッシュに進言した。時間が経てば経つほど、ナタリーの心は離れるに決まっている。それに、ナタリーは魅力的だから異性が放っておかないだろう。ウィルが嫉妬の対象になる程に、すでにナタリーが人気があることはアッシュに伝えたことはなかった。また、命令ではなく個人的に会いに来て欲しいと言われたことも秘密にしておいた。
容姿と魔力に全振りしたような男に、ナタリーのような女性はふさわしくない。ウィルは、自分でも大概な性格をしているという自覚はあるが、アッシュよりはナタリーを思いやれるという自信があった。
「一年······?そんなに待てと!?もういい、俺が会いに行く。」
「アッシュ様。今会いに行くのはやめておいた方がいいと思います。ナタリーが拒否していることを強行すれば、嫌われるかもしれません。」
「···········くそ!!」
アッシュは今まで散々敵を作り、嫌われ慣れているくせに、ナタリーから嫌われることだけは恐れているようだった。
「あの····失礼ですが一つ伺ってもいいですか?」
「·····なんだ?」
「アッシュ様はナタリーのことが好きではないんですか?端から見ればそう見えます。ならば、侍女ではなく妻にするという選択もできるのに、そうしないのが不思議で───」
「好き?俺はナタリーに側にいて欲しいが、恋だの愛だのという感情はよく分からない。それに、そういった関係には必ず終りが来るだろう。」
この男はやはり馬鹿だとウィルは思った。終わる関係を恐れ、ナタリーには何も与えずに、ただ彼女が側にいることを望んでいるのか。アッシュを怒らせるのはまずいが、段々と腹が立ってきた。
「それならば、彼女に恋人ができようが、結婚しようが快く送り出しては?幼馴染みとして側にいて支えて欲しいといえば、彼女だって拒否しないはずです。ナタリーの異性関係を特に気にしたり、アッシュ様は言っていることとやっていることに矛盾があります。恋でも愛でもないのならば、触れたくもならないということですか?」
アッシュはウィルのことを『元雑用係の、まぐれで昇格したヘラヘラした男』としか認識していなかった。ウィルが他の上級達でも怖がって言ってこないような発言をしてきたので、アッシュは少し面食らってしまった。
「·········お前怖いもの知らずなんだな。まぁ新人だし多めに見て答えてやるよ。他の男がナタリーに触れるなんてあり得ないことだ。理由はただ腹が立つからだ。触れたくならないのかってことだが······手が届くところに女がいれば触りたくなるだろ?男の性だ。お前だって違うか?」
(·······本当に幼稚な答えだ。他の女性になど全く興味もないくせに、何が男の性だ。)
「──ははっ確かに。僕もそうだと思います。」
ウィルは、これ以上真面目にアッシュと話すのが馬鹿らしくなってしまい適当に話を合わせておいた。それに、アッシュにはいつまでも自分自身に勘違いをしていてもらった方がウィルとしては都合が良い。わざわざ気付かせてやる必要はない。
(アッシュ·····ナタリーに完全に愛想をつかされるまでどうか愚かでいてください。)
「おい、何一人で帰ってきている?ナタリーはどうした?」
「アッシュ様の意向を伝えたのですが、行きたくないと断られました。代わりにこの手紙を渡して欲しいと·····」
アッシュは手紙を受け取ると、すぐに封を開け目を通した。
『アッシュ様
お元気ですか?ナタリーです。ご無沙汰しております。
私はこちらで元気に過ごしています。不自由なこともなく、店主の方もお客様もとても親切です。
私のことを気にかけてくださり感謝します。しかし、わざわざお忙しい上級魔法使いであるジークリート様やウィル様を派遣していただくのは、魔法界にとっても損失であり、時間と労力と人材を無駄にしてしまっているのではないかと危惧しております。
私は、私の身勝手でアッシュ様の元を去りました。今後、私の身に起きる全てのことは自分自身の責任です。心配していただく資格はございませんので、どうか放っておいてください。
私が発つ前、アッシュ様に対して行った、様々な無礼な言動をお許しください。気の迷いだったと自負しております。どうか忘れてください。
それでは、アッシュ様の益々のご活躍を陰ながら応援しております。どうかお幸せに。
ナタリー』
アッシュはこの他人行儀な手紙を読み終えるなり、思い切り椅子の足を蹴った。
ウィルはビクッとし、気まずそうに下を向いた。アッシュがこういう反応になると分かっていた。
「お前は雑用係でナタリーと多少交流があったから、彼女を説得しやすいかと思ったが検討違いだったようだな。」
ナタリーが出ていったのは言うまでもなくアッシュのせいなのに、八つ当たりもいいところだとウィルは内心思っていたが、ウィルはウィルでナタリーはフィガロにいた方がいいと考えていた。アッシュがエステルの部屋から出てきたことや、結婚しそうだということをあえてナタリーに伝えた。おそらくアッシュとナタリーの間には、主従関係や幼馴染みとは別の、何か恋や愛に似たものがあるとは感じていた。しかし、このままナタリーが魔法界に居続けたとしても、アッシュからは妻のような特別な女性としては扱ってもらえず、周囲からは『大魔法使いのお気に入り』として距離を置かれるだろう。
『愛してるから戻って来て欲しい、側にいて欲しい。』これだけ言えば済む話なのに、自分の気持ちに見ないふりをし、意地を張り続けるアッシュが滑稽だった。
「きっとナタリーも時間が必要なんですよ。本当はアッシュ様に会いたいのに、自分で出ていった手前すぐに戻りにくいんじゃないですか?もう少し待った方がいいと思います。例えば一年とか·····」
ウィルは思ってもいないことをアッシュに進言した。時間が経てば経つほど、ナタリーの心は離れるに決まっている。それに、ナタリーは魅力的だから異性が放っておかないだろう。ウィルが嫉妬の対象になる程に、すでにナタリーが人気があることはアッシュに伝えたことはなかった。また、命令ではなく個人的に会いに来て欲しいと言われたことも秘密にしておいた。
容姿と魔力に全振りしたような男に、ナタリーのような女性はふさわしくない。ウィルは、自分でも大概な性格をしているという自覚はあるが、アッシュよりはナタリーを思いやれるという自信があった。
「一年······?そんなに待てと!?もういい、俺が会いに行く。」
「アッシュ様。今会いに行くのはやめておいた方がいいと思います。ナタリーが拒否していることを強行すれば、嫌われるかもしれません。」
「···········くそ!!」
アッシュは今まで散々敵を作り、嫌われ慣れているくせに、ナタリーから嫌われることだけは恐れているようだった。
「あの····失礼ですが一つ伺ってもいいですか?」
「·····なんだ?」
「アッシュ様はナタリーのことが好きではないんですか?端から見ればそう見えます。ならば、侍女ではなく妻にするという選択もできるのに、そうしないのが不思議で───」
「好き?俺はナタリーに側にいて欲しいが、恋だの愛だのという感情はよく分からない。それに、そういった関係には必ず終りが来るだろう。」
この男はやはり馬鹿だとウィルは思った。終わる関係を恐れ、ナタリーには何も与えずに、ただ彼女が側にいることを望んでいるのか。アッシュを怒らせるのはまずいが、段々と腹が立ってきた。
「それならば、彼女に恋人ができようが、結婚しようが快く送り出しては?幼馴染みとして側にいて支えて欲しいといえば、彼女だって拒否しないはずです。ナタリーの異性関係を特に気にしたり、アッシュ様は言っていることとやっていることに矛盾があります。恋でも愛でもないのならば、触れたくもならないということですか?」
アッシュはウィルのことを『元雑用係の、まぐれで昇格したヘラヘラした男』としか認識していなかった。ウィルが他の上級達でも怖がって言ってこないような発言をしてきたので、アッシュは少し面食らってしまった。
「·········お前怖いもの知らずなんだな。まぁ新人だし多めに見て答えてやるよ。他の男がナタリーに触れるなんてあり得ないことだ。理由はただ腹が立つからだ。触れたくならないのかってことだが······手が届くところに女がいれば触りたくなるだろ?男の性だ。お前だって違うか?」
(·······本当に幼稚な答えだ。他の女性になど全く興味もないくせに、何が男の性だ。)
「──ははっ確かに。僕もそうだと思います。」
ウィルは、これ以上真面目にアッシュと話すのが馬鹿らしくなってしまい適当に話を合わせておいた。それに、アッシュにはいつまでも自分自身に勘違いをしていてもらった方がウィルとしては都合が良い。わざわざ気付かせてやる必要はない。
(アッシュ·····ナタリーに完全に愛想をつかされるまでどうか愚かでいてください。)
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