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私と最愛の魔法使い~王女様、私の夫に惚れられても困ります!~
分岐点8 告白
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「ナタリー久しぶり。機嫌良さそうだな。」
ナタリーが久しぶりに会ったアッシュは、いつもの不遜な態度ではなく、どこか緊張したような、こちらの出方を伺っているような印象を受けた。
「·······アッシュ···様。今さら敬語も変よね。どうしたの?何か用事だった?」
「用事がなかったら来ちゃ悪いか?顔が見たくて来ただけだ。中に入っても?」
「あ、うん。どうぞ······」
よりによってどうして今日来たんだと心の中で思った。紅茶を用意しながら、アッシュに何を話しかけようか悩んでいた。用事がなくてただ来るだろうか?彼の目的が分からなかった。
「最近元気か?雰囲気が····変わった。」
「え、そう?もう侍女服じゃないからじゃない?髪も結んでないし。」
侍女時代のナタリーは、物腰は柔らかかったが笑顔を振り撒くタイプではなく、どちらかというと禁欲的な印象を与える女性だった。今のナタリーは寛容で落ち着いているが、話しやすい女性という雰囲気で、何より美しく色香が漂っていた。言い様のない焦りを感じたアッシュは、自分が以前彼女に対して取っていた態度があまりに酷かったのではないかと不安になってきた。
「···············ナタリー、今さらなんだが、以前は恥をかかせて悪かった。」
「え?··········それって何の────」
一瞬何のことを謝っているのか分からなかったナタリーだが、すぐにあの日の夜、ナタリーがアッシュに迫り、拒否されたことだと思い当たった。
「あぁそのこと。もう、忘れてって手紙に書いたでしょ?謝られる方が恥をかかせてるんだけど?その話は今後一切なし!」
せっかく忘れていたのに、あえて触れてくるところがやはりアッシュはデリカシーがないなと思った。わざわざそのことを気にして謝りに来たんだろうか?
少ししゅんとしたアッシュを横目で見たナタリーは、空気を変えたくてあえて冗談を言ってみた。
「何よ。私がいなくなって寂しくなっちゃった?あなたの我が儘に付き合えるのはきっと私ぐらい。感謝して欲しいわ。」
「·······ああ。お前に会えなくて寂しいよ。顔も見せに来てくれないしな。だから俺が来た。俺に付き合ってくれるナタリーに感謝が足りなかった。すまなかったな。」
どういう風の吹き回しだろう。こんなに弱気なアッシュを今までに見たことがなかった。
「アッシュどうしたの?何か変なものでも食べた?ごめんね、冗談で言ったのよ。私に気を遣ってるの?あなたらしくない·····」
気まずい沈黙が流れ、ナタリーはまたしても何を言えばいいのか分からなくなった。そういえば、アッシュとはウィルのように深い話をしたことがない。アッシュが何を考えているのか、この機会に聞いてみたいとナタリーは思った。
「ねぇ、アッシュは結婚するの?」
「は?結婚?お前は俺と結婚したかったのか?」
「違うわよ!私とじゃなくて、いつか誰かと結婚したいのか?っていう質問をしてるの。」
「いや、しないだろうな。よほどの理由があったらするかもしれない。でも、何故そんなことを聞く?俺もナタリーも親に捨てられただろ?結婚なんてしても裏切るやつは裏切るし、家族を捨てるやつもいる。法的な縛りに何か意味があるか?ましてや魔法使いの結婚なんて、政略的な意味合いがほとんどだろ。」
予想通りの答えだった。ナタリーもアッシュに近い考えを持っていた。ウィルとナタリーは気は合うが、産まれ育った環境はあまりにも違う。アッシュとナタリーは教会に置き去りにされ、10歳そこらで誘拐され殺されかけ、縁もゆかりもない魔法界に突然連れてこられた。生き延びるため必死になった結果が今だ。信用できるのはお互いしかいなかったから、幼馴染み以上の感情が芽生えてしまったのだろう。
「うん。私もそう思う。そう思ってたけど·····夫婦って、他の人とは違う『自分にとって特別な人』ができるって気がしない?楽しいことも苦しいことも分かち合いたいし、何も気にせずに愛し合える。生きているときはもちろん、死ぬ時も共にしたいって思えるような関係。無い物ねだりなのかな。笑うかもしれないけど、私には憧れがあるのよ。」
「··········そんなことを考えているとは知らなかった───そんな夢見がちなことを言うなんて、お前らしくない。まさか誰かに結婚しようとでも言われたのか?」
図星だったのでドキッとしたが、こういうズケズケと物を言うところがやはりアッシュらしいなと苦笑した。
「違うわよ!ただ思っただけ。それに、結婚を迫られていたとしてもアッシュには関係ないでしょ。私がしたかったらするし、したくなかったらしない。」
ナタリーの言い様から、本当に言い寄られたのだと確信したアッシュは怒りを現にし、ナタリーの腕を掴み問い質した。
「·······一体どこの誰に言われた!?自由にさせたのが間違いだった。このまま一緒に帰るぞ。」
まるでアッシュの所有物かのような言い草に、さすがのナタリーも腹が立った。あの時自分を拒否したくせに、何故今さらそんな風に怒るのだろう。ナタリーは、この自分勝手な男が傷付くようなことを言ってやりたい衝動に駆られた。
「あなた私の父親か何か!?私に構わないでよ!」
「ナタリー!いいから来い。」
「嫌よ!········アッシュ、あなたに言わなきゃ。私好きな人ができたの。」
その言葉を聞いた瞬間アッシュの動きが止まり、掴まれていた腕の力が緩んだ。
「あなたと違って私のこと抱いてくれたわ。私と結婚したい、愛してるって言ってくれた······アッシュは馬鹿にするかもしれないけど、私はすごく嬉しかった。誰かは教えないけど、愛を信じないあなたとは何もかもが違う人。」
アッシュに表情が失くなっていくのが分かる。心底腹を立てている時の顔だ。元侍女の自分にこのように罵られて、耐えられないくらい怒っているのだとナタリーは思った。と同時に、せっかく会いにきてくれたのにこのようなおかしな雰囲気になってしまい、申し訳ないような、後ろめたいような気持ちがあり、冷静になったナタリーは別れの言葉を口にした。
「············だからもうここには来ないで。予言の日、もうすぐよね?何も力になれなくてごめんなさい。きっと大丈夫だと思うけど、あなたと皆の無事を祈ってるわ。」
何も言わずに呆然と立っているアッシュの後ろから、家に帰ってきたイレルの声が聞こえた。
「ナタリーただいまー!あれ?お客様?」
「イレル、お帰りなさい。ううん、もう帰るって。お見送りするところだったの。」
ナタリーは最後のつもりでアッシュの手を取った。
「じゃあねアッシュ。元気で。お互い幸せを見つけたら、いつかまた会えるといいわね。」
ナタリーは微笑むと、部屋を出てイレルの元へ向かった。
しばらくするとアッシュの姿はなくなっていた。
ナタリーが久しぶりに会ったアッシュは、いつもの不遜な態度ではなく、どこか緊張したような、こちらの出方を伺っているような印象を受けた。
「·······アッシュ···様。今さら敬語も変よね。どうしたの?何か用事だった?」
「用事がなかったら来ちゃ悪いか?顔が見たくて来ただけだ。中に入っても?」
「あ、うん。どうぞ······」
よりによってどうして今日来たんだと心の中で思った。紅茶を用意しながら、アッシュに何を話しかけようか悩んでいた。用事がなくてただ来るだろうか?彼の目的が分からなかった。
「最近元気か?雰囲気が····変わった。」
「え、そう?もう侍女服じゃないからじゃない?髪も結んでないし。」
侍女時代のナタリーは、物腰は柔らかかったが笑顔を振り撒くタイプではなく、どちらかというと禁欲的な印象を与える女性だった。今のナタリーは寛容で落ち着いているが、話しやすい女性という雰囲気で、何より美しく色香が漂っていた。言い様のない焦りを感じたアッシュは、自分が以前彼女に対して取っていた態度があまりに酷かったのではないかと不安になってきた。
「···············ナタリー、今さらなんだが、以前は恥をかかせて悪かった。」
「え?··········それって何の────」
一瞬何のことを謝っているのか分からなかったナタリーだが、すぐにあの日の夜、ナタリーがアッシュに迫り、拒否されたことだと思い当たった。
「あぁそのこと。もう、忘れてって手紙に書いたでしょ?謝られる方が恥をかかせてるんだけど?その話は今後一切なし!」
せっかく忘れていたのに、あえて触れてくるところがやはりアッシュはデリカシーがないなと思った。わざわざそのことを気にして謝りに来たんだろうか?
少ししゅんとしたアッシュを横目で見たナタリーは、空気を変えたくてあえて冗談を言ってみた。
「何よ。私がいなくなって寂しくなっちゃった?あなたの我が儘に付き合えるのはきっと私ぐらい。感謝して欲しいわ。」
「·······ああ。お前に会えなくて寂しいよ。顔も見せに来てくれないしな。だから俺が来た。俺に付き合ってくれるナタリーに感謝が足りなかった。すまなかったな。」
どういう風の吹き回しだろう。こんなに弱気なアッシュを今までに見たことがなかった。
「アッシュどうしたの?何か変なものでも食べた?ごめんね、冗談で言ったのよ。私に気を遣ってるの?あなたらしくない·····」
気まずい沈黙が流れ、ナタリーはまたしても何を言えばいいのか分からなくなった。そういえば、アッシュとはウィルのように深い話をしたことがない。アッシュが何を考えているのか、この機会に聞いてみたいとナタリーは思った。
「ねぇ、アッシュは結婚するの?」
「は?結婚?お前は俺と結婚したかったのか?」
「違うわよ!私とじゃなくて、いつか誰かと結婚したいのか?っていう質問をしてるの。」
「いや、しないだろうな。よほどの理由があったらするかもしれない。でも、何故そんなことを聞く?俺もナタリーも親に捨てられただろ?結婚なんてしても裏切るやつは裏切るし、家族を捨てるやつもいる。法的な縛りに何か意味があるか?ましてや魔法使いの結婚なんて、政略的な意味合いがほとんどだろ。」
予想通りの答えだった。ナタリーもアッシュに近い考えを持っていた。ウィルとナタリーは気は合うが、産まれ育った環境はあまりにも違う。アッシュとナタリーは教会に置き去りにされ、10歳そこらで誘拐され殺されかけ、縁もゆかりもない魔法界に突然連れてこられた。生き延びるため必死になった結果が今だ。信用できるのはお互いしかいなかったから、幼馴染み以上の感情が芽生えてしまったのだろう。
「うん。私もそう思う。そう思ってたけど·····夫婦って、他の人とは違う『自分にとって特別な人』ができるって気がしない?楽しいことも苦しいことも分かち合いたいし、何も気にせずに愛し合える。生きているときはもちろん、死ぬ時も共にしたいって思えるような関係。無い物ねだりなのかな。笑うかもしれないけど、私には憧れがあるのよ。」
「··········そんなことを考えているとは知らなかった───そんな夢見がちなことを言うなんて、お前らしくない。まさか誰かに結婚しようとでも言われたのか?」
図星だったのでドキッとしたが、こういうズケズケと物を言うところがやはりアッシュらしいなと苦笑した。
「違うわよ!ただ思っただけ。それに、結婚を迫られていたとしてもアッシュには関係ないでしょ。私がしたかったらするし、したくなかったらしない。」
ナタリーの言い様から、本当に言い寄られたのだと確信したアッシュは怒りを現にし、ナタリーの腕を掴み問い質した。
「·······一体どこの誰に言われた!?自由にさせたのが間違いだった。このまま一緒に帰るぞ。」
まるでアッシュの所有物かのような言い草に、さすがのナタリーも腹が立った。あの時自分を拒否したくせに、何故今さらそんな風に怒るのだろう。ナタリーは、この自分勝手な男が傷付くようなことを言ってやりたい衝動に駆られた。
「あなた私の父親か何か!?私に構わないでよ!」
「ナタリー!いいから来い。」
「嫌よ!········アッシュ、あなたに言わなきゃ。私好きな人ができたの。」
その言葉を聞いた瞬間アッシュの動きが止まり、掴まれていた腕の力が緩んだ。
「あなたと違って私のこと抱いてくれたわ。私と結婚したい、愛してるって言ってくれた······アッシュは馬鹿にするかもしれないけど、私はすごく嬉しかった。誰かは教えないけど、愛を信じないあなたとは何もかもが違う人。」
アッシュに表情が失くなっていくのが分かる。心底腹を立てている時の顔だ。元侍女の自分にこのように罵られて、耐えられないくらい怒っているのだとナタリーは思った。と同時に、せっかく会いにきてくれたのにこのようなおかしな雰囲気になってしまい、申し訳ないような、後ろめたいような気持ちがあり、冷静になったナタリーは別れの言葉を口にした。
「············だからもうここには来ないで。予言の日、もうすぐよね?何も力になれなくてごめんなさい。きっと大丈夫だと思うけど、あなたと皆の無事を祈ってるわ。」
何も言わずに呆然と立っているアッシュの後ろから、家に帰ってきたイレルの声が聞こえた。
「ナタリーただいまー!あれ?お客様?」
「イレル、お帰りなさい。ううん、もう帰るって。お見送りするところだったの。」
ナタリーは最後のつもりでアッシュの手を取った。
「じゃあねアッシュ。元気で。お互い幸せを見つけたら、いつかまた会えるといいわね。」
ナタリーは微笑むと、部屋を出てイレルの元へ向かった。
しばらくするとアッシュの姿はなくなっていた。
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