桜空

彼との出会い

旅館の裏手を流れる小川は鏡のように底まではっきり見える。僕が前に住んでいたアパートの近くを流れる川は沈泥で中が見えにくかった。ここは自然が豊かで水も美味しいし、空気も澄んでいる。空を遮る高い建物もあまりないし、周囲に明かりも少ないから満天の星空を眺めるが出来る。
この時期、川沿いの遊歩道にイヌゴマの淡いピンク色の花が一斉に咲き始める。それも観光の目玉になっているから、浴衣姿の宿泊客があちこちにいて、思い思いに写真を撮影したり、談笑していた。
蓮さんは蒼を抱っこしてくれて、ゆっくりと遊歩道を歩いていた。
「あら、可愛いわね」
「何ヵ月？」
擦れ違った人みんなが蒼に声を掛けてくれる。
笑顔で手を振ってくれる。
なんとも微笑ましい光景だけど、僕と蓮さんに纏う空気はどこか気まずいものだった。
「蓮さん、あのね……」
いつまでも黙っているわけにはいかないもの。勇気を出して声を掛けた。
「藤堂唯花さんは過去に何度も訴えられて、金にものを言わせて示談にしている。唯一、枡さんという女性だけは示談にしなかった。姉さんの交際相手の星さんは、ハセグループの顧問弁護士とは名ばかりで、実際は問題ばかり起こす唯花さんの尻拭いばかりさせられて、それに嫌気が差して顧問弁護士を辞めたんだ。桜空も唯花さんの被害者の一人、そういうことだよね？ごめんね、嫌なことを思い出させてしまって」
「蓮さんはなにも悪くないです」
首を横に振った。