25歳の誕生日のプレゼントは場末の地下物件でした

シンリーベクトル

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茜の葛藤

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週末の“彩”。
昼のコワーキング営業が一段落し、カウンターには二つのケーキが並んでいた。

一つは、山口茜が夜なべして作ったショートケーキ。
苺が美しく整列し、生クリームは絞り口の形が一つも乱れていない。
もう一つは、山城が「ついでに作った」と豪語する、ざっくりとしたケーキ。
クリームは塗りむらだらけで、苺も適当に置かれている。

「さ、食べ比べしようぜ!」と高橋が楽しげにナイフを入れる。

一口目を口に運んだ理沙が、思わず声を上げた。
「わー! 茜ちゃんのはめちゃくちゃ綺麗で上品な味! でも……」
次の瞬間、山城のケーキを食べて表情が変わる。
「なにこれ……雑なのに……めっちゃ美味しい!! 山城マジック?」

白鳥も苦笑しながらフォークを置いた。
「山城のは素材の甘さがそのまま伝わるな。
茜のはすごく丁寧で完成度が高いけど……うん、“整いすぎてる”感じがする。」

「整いすぎ……」
茜の胸がきゅっと締め付けられる。

彼女は自分のケーキを見下ろした。
きれいに整った苺、均一に広がるクリーム。
味も、見た目も、理屈の上では間違っていない。
なのに、なぜだろう――“伝わり方”が違う。

横で山城は悪びれもなく笑っている。
「料理なんて、出汁と油と甘みさえ押さえときゃ大体うまいんだよ。」

その言葉が、茜の耳に残った。
私はレシピ通りに作っている。
でも、あの人は“食べる人の顔”を思い浮かべて作ってるのかもしれない。

勝ち負けじゃない。
けれど、確かに何かが足りない。

茜は悔しさを飲み込みながら、無言でスプーンを握りしめた。



営業を終えた“彩”の厨房。
片付けの音が遠のいたあと、静かな空間に茜が立っていた。
クールな顔つきのはずが、今はどこか迷いと焦りを帯びている。

「……あの、山城さん。」

おにぎりを頬張っていた山城が振り向く。
「ん? なんだよ。」

茜は拳を握りしめ、必死に言葉を探した。
「……ケーキのこと、教えてください。」

山城はぽかんと口を開け、次の瞬間、吹き出した。
「はぁ? お前、あんなに本格的に作ってたのに?
 俺の雑なケーキに負けたのが、そんなに悔しいのか?」

茜は頬を赤く染め、唇を噛んだ。
「……悔しいです。でも、それだけじゃないんです。」
胸の奥の熱を押し出すように続ける。
「“彩”に入って、初めて“ここに居たい”って思えたんです。
 私の音もケーキも、ちゃんと受け止めてもらえた。
 だから……絶対に、この居場所を逃したくないんです。」

その必死さに、山城は言葉を失った。
やがておにぎりを机に置き、肩をすくめて笑う。
「……なるほどな。居場所か。」

彼は冷蔵庫から卵を取り出し、にやりと笑った。
「いいぜ。俺はケーキ作りなんて面倒だから、本当はやりたくなかったんだ。
 お前が俺のコツを盗んでくれるなら、俺は助かる。
 それに……“居場所”のために頭下げる奴は、嫌いじゃねえ。」

茜の胸が熱くなり、思わず深く頭を下げる。
「……ありがとうございます!」

山城はスティックをくるくると回しながら呟いた。
「よし、まずは“客の顔を想像しながら作る”ってとこから始めるぞ。
 お前の繊細さに、それを混ぜたら最強になるかもしれねえな。」

茜はノートを取り出し、震える手で必死にメモをとった。
ここで役に立つ。ここで生きる。
――今度こそ、この居場所を逃さない。

その決意が、彼女の瞳を強く輝かせていた。



しばらくしたある日の昼下がり。
営業前の“彩”に、雑巾を持った茜の姿があった。
派手めな髪色にブランド物っぽいパーカー。
けれど今は袖をまくり上げ、額にタオルを巻いて、床をゴシゴシこすっている。

「……ふぅ、意外と大変……」
息を切らしながら立ち上がると、カウンターの奥から西村が笑いをこらえつつ声をかけた。
「茜さん、似合わないけど、けっこうサマになってるわよ。」

「に、似合わないって言わないでください!」
ムッとしながらも、茜はまた腰を落としてテーブルの脚を丁寧に磨き始める。

その様子を見ていた山城が腕を組んで、ぼそりと呟く。
「……ケーキ作りより掃除に本気出すとはな。まあ、ここを自分の居場所にしたいってことか。」

茜は聞こえているのかいないのか、黙々と雑巾を動かし続けた。
その背中には、ケーキだけじゃなく、この店そのものに“関わりたい”という必死さが滲んでいた。

カウンターの奥で、涼子が帳簿をパラパラとめくりながら顔を上げる。
「茜のケーキ、昼のカフェタイムと夜の締めのデザート、両方で出せるわね。
 これで滞在時間も延びるし、単価アップも狙える。」

すかさず西村がノートPCの画面をくるりとこちらに向ける。
「実際、昨日からの売り上げデータを見ても、かなり好調。
 特に夜のラストオーダー近くに頼むお客さんが増えてるわ。」

茜は顔を赤らめながら、うつむき気味に微笑む。
「……山城さんに教えてもらった甲斐がありました。」

カウンター越しに山城がにやりと笑う。
「まあ俺はラクできるし、結果オーライだな。」

山城は、自分の中で長く引きずっていた人間関係のわだかまりが、
ほんの少し溶けていくのを感じていた。

店内に、ささやかな笑い声が広がる。
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