25歳の誕生日のプレゼントは場末の地下物件でした

シンリーベクトル

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言い訳

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最近、現場続きで顔を出せていなかった白鳥が、ようやく店に顔を出すと、奥のテーブルで広中が部下らしき社員に注意をしている場面に出くわした。

「言い訳ばかりしてないで、まず動けよ。」
広中の低い声が響く。社員は視線を泳がせ、口ごもりながら弁解を繰り返す。

――その光景を見て、白鳥は内心で呟いた。

「……人は言い訳をする生き物だ。それは怠慢でも不誠実でもなく、本能に近い。
サイサイセオリーで言えば、セフティ(安心のエナジー)が揺さぶられた時、人は自分を守るために“認知的不協和”を埋めにかかる。
つまり、失敗した自分と“自分は有能だ”という自己像との矛盾を埋めるために、言い訳が生まれるんだ。」

社員がさらに苦しい理由を並べる。広中は溜息をついて首を振った。

白鳥は心の中で続ける。

「言い訳は不自然じゃない。むしろ自然反応だ。問題は、それをどこで止めるか。
言い訳に逃げ続ければ、ベクトルは摩擦に変換されてドレイン(消耗)になる。
だが一度それを自覚し、行動に切り替えれば、逆にリジェネ(再生の力)に変わるんだ。」

ふと横で聞いていた西村が目を細める。
「……あんた、出てくるたびに心理学者みたいね。」

白鳥は苦笑して肩をすくめた。
「いや、俺はただの現場監督だよ。ただ、人の言い訳の“必然”は、少し見えてきた気がする。」
営業後、静まり返った「彩」のカウンター。
片付けを終えた広中がグラスに水を注ぎ、隣に座る白鳥へ視線を向ける。

「さっきの社員、結局“時間がなかったから”って言い訳を続けてたよな。……正直、聞いてるだけで腹が立つ。」

白鳥は腕を組み、少し考えてから口を開いた。
「広中さん、言い訳ってね……実は次の行動のベクトルを歪めるんだ。」

「歪める?」

「そう。サイサイセオリーで考えると、本来の行動ベクトルは“改善”や“挑戦”に向かうはずでしょ?
でも言い訳を作ると、心の中で“自分は悪くない”っていうセフティが働く。
その瞬間、ベクトルは外に逃げるんです。つまり、『環境のせい』『誰かのせい』って方向に。」

広中はグラスを口に運びながら黙って耳を傾ける。

「するとどうなるか。行動は改善じゃなく“自己正当化”に費やされる。
一回そうなると摩擦が積み重なって、次の挑戦すら避けるようになる。
……つまり、言い訳は単なる声じゃなく、次の一歩そのものを歪ませる“力”なんだよ。」

広中はふっと笑った。
「なるほどな……。俺はただ苛立ってたが、理屈で見ると確かにそうだ。
言い訳を叩き潰すんじゃなく、どうベクトルを戻すか考えないといけないわけだな。」

白鳥はうなずき、カウンターの天井を見上げる。
「そういうこと。人間は本能的に言い訳をする。問題は、それを放っておくと方向を失うってことだ。」

二人の間に、どこか納得の静けさが広がった。

白鳥「だから、広中さんがやるべきことはシンプルですよ。彼に小さな成功を一つ与えること。成功体験でセフティを満たして、ベクトルを『自分は有能だ』という肯定的な方向に強制的に戻すんです。それが、言い訳をリジェネに変える一番早い道です。」
 広中「……小さな成功、か。なるほどな。」



開店時間を迎え、カウンター席に客が入り始める。
「いらっしゃいませ!」
佐伯の明るい声が響いた。
その屈託のない笑顔は、茜には少しまぶしすぎる。
人の目をまっすぐ見るのが苦手な茜は、いつものように厨房の奥へ身を引いた。

カウンターの方から、広中と白鳥の笑い声が聞こえてくる。
どうやら「言い訳はベクトルを歪める」話で盛り上がっているらしい。

「……行動は自己正当化に費やされる」
白鳥の落ち着いた声が、スチームの音を縫うように届いた。

茜は手を動かしながら、その言葉を反芻した。

自己正当化――その響きに、昔の自分が反応する。

前の職場で怒られた日の記憶がよみがえる。
「もっと愛想よくしなさい。あなた、不機嫌そうに見えるのよ」
その瞬間、胸の奥で何かが固まった。

(……私はクールなんだ。)

そう思った瞬間、心の中で一本のベクトルが立ち上がった。
それは前へ向く力ではなく、自分を守るために折り曲げた“言い訳”のベクトルだった。

“私はもともとそういうタイプだから”
“商品を並べてたから仕方ない”
“お客さんに気づかなかっただけ”

積み上げた理由の数だけ、
本当の気持ちは奥へ押し込められていった。



「言い訳ってのは、ベクトルを内側に曲げる。
 守ってるつもりでも、動かなくなるんだよ。」

カウンターから白鳥の声が響く。
茜は包丁を握ったまま動きを止めた。

(……あのときの私は、まさにそれだった。)

“クール”を装うたびに、
心の向きが少しずつ内側へと折れていった。
動けない理由を「性格」に変換して、
摩擦をごまかしていた。

でも本当は――怖かっただけだ。
誰かに近づいて拒まれるのが、
もう一度“否定される”のが。

(私は“落ち着いた人”を演じてたんじゃない。
 本当は、怯えたまま止まってた人を“クール”って呼んでただけ。)



包丁を握り直す。
まな板の上で、ネギが一定のリズムで刻まれていく。
その音が、自分の中で眠っていたベクトルを、
静かに“外”へと引き戻していくように感じた。

白鳥の声がまた届く。
「歪みは、気づいた瞬間から修正が始まる。」

茜は小さく息を吐き、
カウンターの向こうの梨沙の笑顔をちらりと見た。
今度は、少しだけ微笑み返す。

(……私はクールなんかじゃない。
 ただ、怖くて丸まってただけ。
 でももう、少しずつ戻していける。)

包丁を置いた手が、
さっきよりも軽く感じた。
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