ベロシティ・シューター・L

遭綺

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モーメント・モーニング

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次に智嗣が目を覚ますと、そこは自分の家だった。
自分のベッドにぐったりと横たわっている。
それよりも、記憶が曖昧になっている。
可笑しい。
さっきまで自分は学校に居たのではなかったか。
いや、ぼんやりとだが、見知らぬ天井を見つめていた気がする。
本当に自分はどうしてしまったのだろうか。
噛み合わない記憶の歯車。

その時、智嗣の鼻腔を馨しい匂いがくすぐる。

眼鏡を掛けていないので、ぼんやりとした視界。
だが、明らかに台所に誰かが居る。

「あ、智嗣さん。起きました?」

その声を聴いた途端、智嗣の身体が震えた。
手を伸ばしてベッドの脇に置いてあった眼鏡を掴み、急いで掛ける。
クリアになった視界に映ったのは、エプロン姿で朝ご飯を作る颯太の姿だったのだ。
「そ、颯太さん!?」
なんで自分の家にそんな寝起きのラフな格好で彼が居るのか。
「全く。呑み過ぎは駄目ですよ? ここまで連れて来るの、大変だったんですからね」
「呑み、過ぎ?」
「憶えていないんですか? ほら、昨日。駅前の居酒屋で吞んだじゃないですか。でも、智嗣さんって
お酒弱かったんですね。僕が飲ませ過ぎちゃったみたいで…ごめんなさい」
脳をフル回転してその記憶を手繰り寄せるが、全く思い出せない。
そもそも颯太と酒を酌み交わす事自体あったのが奇跡に近いのに。
そんな事を智嗣は考えていた。
「さてと。こちらは出来ましたよ。一緒に食べましょう。あ、キッチン勝手に借りてすみません」
テキパキと料理をこなす颯太。
エプロンで手を拭く彼の仕草に何故かグッと来てしまった智嗣。
(全く。こんな時に僕は何を思っているんだ)
明らかに異常事態な状況であるが、身体はその呪縛から逃れられない。
心の奥底からこの状況を楽しんでしまう。

颯太が料理を持って近づいてくる。
煩雑に本が置いてある小さなテーブル。
ハッとした智嗣は急いでそれらを片付け、料理を置けるスペースを確保する。
その姿を見た颯太はフッと笑って見せる。
「これを食べて元気になってくれれば良いんですけどね」
颯太は胃に優しいモノと言うコンセプトでおかゆと野菜スープを作っていたようだ。
いつも自分が使っている器も、彼の手にかかればお店で提供されるような料理に見えた。
「ぼ、僕の為に?」
そう言えば、何処となく頭痛がするような気がする。
呑み過ぎた次の日のあの痛み。そう、何もしたくないあの気持ち。
嗚呼、本当に自分はどうしてしまったのだろう。

これ程、誰かの前で無防備な姿を見せた事があるだろうか。

優しい料理の匂いが立ち込める。身体中がその味を求めていた。
「た、食べて良いですか」
「勿論。味は保証しませんけど」
智嗣はすぐにおかゆを食べる為にレンゲを手に取る。
だが、上手くレンゲを掴めずスルリと手を離れ、床に落ちてしまった。
「あっ」
智嗣だけでなく颯太もすぐに屈んでそれを掴もうとした時、二人の手が触れた。
「え、あっ、その。ごめんなさい」
「なんで謝るんですか?」
「…」
智嗣はすぐに顔を赤らめて、視線を逸らす。
「ホント、智嗣さんって初心なんですね」
颯太は少し息をついてから、一度落ちたレンゲを拾った。
「仕方ないですね。それじゃあ、僕が食べさせてあげますよ」
「!?」
智嗣は思わず声にならない声を出してしまった。
「嫌、ですか?」
自分の顔を覗き込むように尋ねて来る颯太。
その少し潤んだ瞳に思わず心の中のもう一人の自分が全身を撃ち抜かれた気分になった。
智嗣は何も言わずただ、首を縦に二回振った。
「良かった。しっかり食べて元気になって下さいよ」
颯太はすぐにレンゲでおかゆを掬って、智嗣の口元へ運ぶ。
「はい、どうぞ」
彼の声に促されるように智嗣は静かに口を開け、それを飲み込む。
優しい味が口いっぱいに広がると共に、満足感に包まれた。
余りにも尊い時間。
自分が理想とし思い描いていた瞬間が今、繰り広げられている。
本当に、何が起きているのか。

猜疑心を抱きつつも、逃れられない颯太の魅力にどんどん流されていく智嗣。

それから夢のような食事の時間が終わり、まったりとした時間が流れる。
自分の部屋がこれ程、明るく感じたのは初めてだった。
部屋に広がる颯太の体温と香りに、智嗣はクラクラする想いがした。

(なんで、颯太さんはいつも僕に優しくしてくれるんだろう)
「そんな事、決まっているじゃないですか。智嗣さんの事が好きなんですから」

今、自分は心の中で呟いただけなのに、何故颯太が答えたのか。
まさか、今、無意識のうちに声を発してしまっていたのか。

「颯太、さん?」
「じゃあ。こうすれば、僕の想い、分かってもらえますか?」
すると、颯太は突然智嗣の顎をその手で掴むと強引に自分に手繰り寄せ、唇を奪ったのだ。
智嗣は目を見開いたまま動きを止めてしまった。
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