貞操観念のぶっ壊れた異世界で、男娼の俺が純愛を目指すのは無謀だろうか

文字の大きさ
4 / 30

3.フランツ①

 女将さんから紹介された店は、王都のど真ん中にあった。貴族御用達の店が立ち並ぶ高級店街に一際豪奢な店を構えている。前の世界ではこんな所で堂々と娼館が商いをするなんてあり得ないが、貞操観念がぶっ壊れたこの世界では娼館は決してこそこそと通うような場所ではないし、娼婦は器量と技量で大成した人格者という尊敬の対象だ。王都の高級娼館所属の娼婦ともなればハリウッド女優もかくやというような憧れを抱かれる存在である。
 そんな場所で俺なんかが通用するのだろうかと不安しかなかったが、戸惑っている間にあれよあれよと話は進み、水揚げの準備が整えられていった。経験が全くないという話をすると大層驚かれたが、それならば最初のお客様は格別な方にお願いせねばなりませんね、と娼館の主人は張り切っていた。高級娼館だけあって、客は貴族がほとんどでそれも相当に位の高い人ばかりだというから、その中でも格別というとまさか王族に連なる方だったりしたらどうしようと俺は数日前から緊張していた。お客に対してだけじゃない。その日を境に俺は色んなものを捨てることになるのだと、緊張と共に悲愴な思いに囚われることもあったが、この世界で生きていくならきっと俺も慣れるだろうと自分で自分を励ましていた。
 そうして迎えた俺の男娼としての初日。緊張のあまりベッドサイドで直立不動の俺の前に現れたのは、思わず拍子抜けしてしまうような客だった。

「うっわぁ……。噂には聞いていたけどそれ以上! 可愛い~!」

 感極まったようにそう言って、俺は抱きしめられた。重苦しかった部屋の空気が、一気に明るくなった。
 すらりと背が高く白金の髪に黄金の瞳、完璧なまでに整った顔立ち、と見た目だけはそれこそ王子様のようだったが、言動はまるで小さな男の子みたいだ。胸の内に俺を抱きしめ見下ろしながらニカッと屈託のない笑顔で笑いかけられると、俺の張り詰めていた緊張の糸もするすると解けていった。
 その人は自らを「フランツ」と名乗った。そして俺のことを初対面で「ハルちゃん」と呼んだ。……いや、いいんだけどね、別に……うん。
 俺はこの人に男としての矜持を捧げるのかと覚悟を決めてベッドに腰かけたのだけど、フランツは俺に触れるどころか延々と世間話をし続けた。そこで俺は娼館の主人の言っていた「格別」の意味を理解した。フランツはとにかく話が面白いのだ。面白おかしい話で笑わせられたかと思えば、白熱した議論を交わしてしまうような興味深い議題もあり、はたまた膨大な知識に裏付けられた斬新な学説を見事な話術で聞かせてくれたりもする。フランツは初めて客を取る俺の緊張など微塵も残らないほど有意義で楽しい時間を俺にくれた。娼館の主人は俺に、客とはいえ誰かと二人きりで過ごす楽しさを教えてくれようと、話術に富んで人当たりもいいフランツを選んでくれたのかもしれない。
 あっという間に時間は経ち、随分と夜が更けていた。

「もうこんな時間か。そろそろ寝ようか」

 フランツがそう俺に笑いかけた時に、完全に消えていた緊張が戻ってきた。俺は男娼だ。寝る、とはつまりそういうことだ。俺は覚悟を決めてベッドに横たわった。フランツは明かりを消してベッドに上がると俺の隣に横になる。フランツの動きに全神経を集中させて身体を硬らせていたが、待てど暮らせどフランツが俺に触れてくることはない。しばらくして、ギシリとベッドが軋んだ音を立て、フランツがこちらに体を向けた。ぎゅっと閉じていた目蓋を開けてちらりとその顔を覗いてみると、俺は驚きのあまり思わず、えっ、と声を漏らしてしまった。
 フランツは穏やかな顔ですっかり寝入っていたのだ。
 文字通り、寝てしまった。どうしよう、これは男娼としてこのままでいいのだろうか。

「フランツ……?」

 呼びかけてみたが返事はなく、規則正しい寝息が返ってくるだけだ。フランツがたまに寝返りを打つ度にドキリとして身体を強張らせたが、結局朝までフランツは健やかに睡眠をとり、笑顔で、またねと出て行った。
 拍子抜けだった。フランツが出て行った部屋で一人茫然としていた俺は、一体何だったんだろうと狐につままれたような気分だったが、その内に緊張からの疲れと眠れなかった分の睡魔が襲ってきて夕方までぐっすりと眠ってしまった。
 しかし、その日の夜、再びフランツがやって来たのである。というか、その日だけではなく、それから毎日フランツはやって来た。高級娼館通いができるくらいだ、稼ぎが良い分仕事も忙しいらしく、日によっては少しだけ世間話をして泊まらずに帰って行くこともあったが、それでも毎日顔を出してくれた。高級娼館であるこの店では一日に娼婦が何人も客を取るようなことはしないから、つまりフランツが数日に渡り俺を貸し切ってくれたことになる。それも性的な奉仕を一切させることなく。甘えてしまっていいのだろうかと焦ったが、フランツは俺の指名料だけでなく莫大な心付けも支払っているようで、娼館の主人はむしろほくほく顔だった。
 フランツが通うようになって一月が経とうという頃、俺はとうとう切り出した。

「あの、さ。フランツの気持ちはすごくありがたいけど、ずっとこうしてもらう訳にはいかないよ。だから……その……フランツの好きなようにしていいんだよ?」

 そう言うと、フランツの顔はいつもの無邪気な笑顔から、影のある妖艶な笑顔に一変した。舌舐めずりをするようにチラリと覗いた赤い舌が酷く印象的で、捕食者を前にした獲物になったような本能的な恐怖を感じた。

「……そう。ハルちゃんがそう言うなら」

 その後のことは思い出したくもない。軽い気持ちで言ってしまったことを時間をかけてたっぷりと後悔させられることになった。
感想 6

あなたにおすすめの小説

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

BLゲームの主人公に憑依した弟×悪役令息兄

笹井凩
BL
「BLゲーの主人公に憑依したら、悪役令息の兄が不器用すぎてメロかった」……になる予定の第一話のようなものです。 復讐不向きな主人公×ツンツンクーデレな兄ちゃん 彼氏に遊ばれまくってきた主人公が彼氏の遊び相手に殺され、転生後、今度こそ性格が終わっている男共を粛清してやろうとするのに、情が湧いてなかなか上手くいかない。 そんな中、ゲームキャラで一番嫌いであったはずのゲスい悪役令息、今生では兄に当たる男ファルトの本性を知って愛情が芽生えてしまい——。 となるアレです。性癖。 何より、対人関係に恵まれなかったせいで歪んだ愛情を求め、与えてしまう二人が非常に好きなんですよね。 本当は義理の兄弟とかにしたほうが倫理観からすると良いのでしょうが、本能には抗えませんでした。 今日までの短編公募に間に合わなかったため供養。 プロットはあるので、ご好評でしたら続きも載せたいなと思っております。 性癖の近しい方に刺されば、非常に嬉しいです。 いいね、ご感想大変励みになります。ありがとうございます。

ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!

由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。 しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。 そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。 「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」 やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って? いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。