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第一章 孤児院時代

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 あれから数日経っても、マルクとはなかなか話せずにいた。

 あの日、火の精霊の彼に送ってもらったのを誰かが見ていたようで、仕事を放って街へ出て、あまつさえ近衛騎士に迷惑を掛けたことを先生達から酷く叱られた。今後は容易に抜け出せないよう僕は畑の仕事を増やされ、開墾や収穫に厳しいノルマまで設けられてしまった。僕は仕事が早い方ではないから、毎日朝から夜まで畑で休みなく働かなくてはならなくなった。
 マルクは相変わらずおつかいの仕事が多くほとんど外出しており、お互いが顔を合わせる機会が減ってしまった。食事も就寝も、僕は一人だけみんなと違う時間で動くことが多くなったので一度もマルクを見かけずに一日が終わってしまうこともあった。これまでも僕は畑、マルクは街へと出かけていてすれ違うことは多かったが、今思えばマルクが毎日のように畑に顔を出してくれていたから寂しい思いをしないで済んでいたのだ。けれどあの日以来、マルクが畑に寄ってくれることはなくなってしまった。マルクにきちんと謝りたいのに、それすら叶わない日々に僕は焦っていた。

 その日は天気が良かったので畑の作業が捗りそうだと、朝食もそこそこに朝早く畑へ向かおうとした時、ちょうどおつかいに出るらしい大きな荷物を持ったマルクと戸口で出くわした。

「あ、マルク!」

 僕が駆け寄ると、マルクはぎこちない笑みを返した。
 よそよそしいマルクの態度に心が折れそうになったけれど、二人で話せる機会なんてほとんどなくなってしまったのだからここで諦めるわけにはいかない。なんとか気持ちを奮い立たせて口を開いた。

「この前のことだけど、僕、ちゃんと謝りたくて……」
「アンリ、お前にはそんな所で油を売っている時間などないはずだが? マルクの邪魔をするんじゃない」

 言い終わる前に、たまたま通りかかった先生に見つかって睨まれてしまった。いつもなら、マルクがうまく先生の機嫌を宥めて怒りの矛先を逸らしてくれるけれど、今のマルクは引き離される僕にあからさまにほっとした表情を浮かべていた。

 やっぱり、マルクは僕を避けている。

 予想はしていたけれどその事実を突きつけられて、僕は目の前が真っ暗になった。
 とうとうマルクも僕に愛想を尽かしたんだ。嫌いになったんだ。
 マルクはこんな僕でも信頼してくれていたのに、その優しさを裏切るようなことをしてしまったのだから当然だ。いくら後悔しても自分のとった浅はかな行動をなかったことにはできない。マルクに負わせたであろう心の傷を消すことはできない。
 嫌われたって仕方がない。全部自分が悪いんだから。
 分かっているのに僕の心は悲しみと後悔で軋んだ音が鳴り止まなかった。
 誰に嫌われても我慢できる。諦められる。でも、マルクに嫌われるのだけは耐えられなかった。
 それはマルクが唯一の友人だからじゃなくて、マルクだから。うまく説明できないけれど、マルクは僕にとって特別な存在だったから。マルクを見ていると、この過酷な世界も幸福に思えた。マルクといると、僕の冷え切った心もぽかぽかした。これから先マルクと離れ離れになったとしても、マルクが幸せでいられるなら僕も頑張って生きようと思った。
 でも、マルクはもう僕を見てくれない。そのうちみんなと同じように僕を見下すようになるのだろうか。僕のことをただの忌人と呼ぶようになるのだろうか。
 想像すると、世界が終わったような気持ちになった。だってマルクは僕の世界そのものだったから。

 先生に突き飛ばされるように孤児院から追い出された僕を、マルクは心配そうに見ていた。僕を嫌いになっても、やっぱりマルクは正義感があって優しいんだなと、そんなことを思っていた。

 孤児院を出てからどうやって畑に行ったのかも覚えていないが、一番星が輝く頃に僕は孤児院に帰って来ていた。服が土で真っ黒に汚れているから、ちゃんと仕事はしたはずだ。全てがぼんやりとして現実感がない。食事も何もかもどうでも良くて、僕は汚れた服もそのままにベッドに上がった。ただ、疲れた。
 毛布を頭まで被って真っ暗な世界に閉じこもる。子ども達の明るい騒ぎ声が聞こえるけれど、それは遥か彼方のどこか別の場所のように感じた。一人ぼっちの埃臭い小さな空間の中で、手足を縮める。世界も自分も小さくなっていく気がした。
 マルクにも嫌われた僕は、何の為に生きているのだろう。
 考えると、目の辺りが熱くなってきた。止めようと思ったけれど、涙が溢れ出し、嗚咽が漏れそうになって必死に声を殺した。
 孤児院に来てから泣くのは二回目だった。初めて涙を流した時も、マルクのことだった。マルクが僕のせいで不幸になったらどうしようと、怖くて怖くて堪らなくて泣いた。あの時はマルクが優しく慰めて励ましてくれた。けれど、もうマルクが僕を慰めてくれることはない。
 涙が次々に溢れて止まらない。僕は枕に顔を埋めて体を震わせていた。深く沈んでいくような感覚の中、僕は泣きながら眠ってしまった。
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