愛を求めて転生したら総嫌われの世界でした

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第一章 孤児院時代

1-12

 だから、とマルクは僕の長めの前髪を梳いて額同士を寄せた。

「アンリ、一緒に暮らそう。俺とずっと一緒にいよう。アンリが笑顔でいられる世界になっていくのを、隣で見ててよ」

 加護の力を弱めてもマルクの瞳は深い青のままだ。間近に迫った碧眼は、暗闇の中でも美しく見える。マルクの志そのものを映すように、生命力に溢れ煌々と輝いていた。

「そう……なったらいいなぁ」

 本当にいいのだろうか。幸せな世界を夢見てもいいのだろうか。マルクの隣に僕がいてもいいのだろうか。
 フードも被らず、気後れすることもなく、マルクと並んで明るい賑やかな街を歩ける日が来たら。
 想像したら喜びに心が震えて、笑い声が零れた。と、思ったのに、声は嗚咽となって転がり落ちた。目からは涙が溢れていた。後から後から溢れて流れていく。壊れてしまったみたいだ。
 
「アンリ、泣かないで」

 マルクが涙で濡れた僕の頬にキスをした。何度も何度も、涙を吸い取るように口付ける。それがとても温かくて嬉しくて、益々僕は涙が止まらなくなってしまった。
 マルクの両の手のひらが僕の頬を包む。マルクの瞳には見たことのない熱の揺らめきのようなものがあった。不思議な魅力のあるそれを見つめていたら深い青の双眸が段々と近づいてきて、そして、唇が触れ合った。

「好きだよ、アンリ」

 僕ははらはらと涙を零したまま、ただ変わらずマルクを見つめることしかできない。
 今のは何だろう。
 マルクは何を言った?

 何が起こっているのか把握する前に、再びマルクが口を開いた。

「愛してる」

 もう一度、唇に柔らかな感触が触れた。
 愛してる。
 マルクが、僕を?
 愛してる。
 愛してる――。

 あぁ、これが愛なのか。マルクの優しさや温かさは愛なんだ。
 愛ってこんな風に誰かを想える、強くて柔らかな心なんだ。
 だったら僕の心にあるマルクへのこの大きな感情も、きっと間違いなく――

「うん、僕もだ。愛してる、マルク」

 僕は涙を溜めた目で、笑ってそう言った。

 この時僕は、二度目の人生にして初めて愛を知った。
 心の中にあった形のない激情が、やっと実体を得て一気に流れ出したようだった。
 マルクは僕の世界。マルクは僕の特別。見返りが欲しい訳じゃない、ただマルクの幸せを願いたい。この想いは、愛だったんだ。
 僕はマルクを愛してる。そしてマルクも僕を愛してくれている。こんな奇跡があるなんて。こんな幸せがあるなんて。
 
 僕の告白を聞いたマルクは一瞬目を瞠って、それからくしゃりと顔を歪ませた。腕の中にきつく抱き締められる。

「本当に!? 夢みたいだ!」

 耳元に届くマルクの声は聞いたこともないほど慌てていて、僕は今度こそ笑い声を漏らした。

「本当だよ。ずっとマルクを想っていたんだ。これが愛なんだね。教えてくれてありがとう」

 そう告げると、マルクは僕を抱きしめる腕に一度ぎゅっと力を込めてから勢いよく引き離した。驚いてマルクを見れば、瞳に灯っていた揺らめきが一層大きくなっている。僕の知らない表情だ。いつものマルクよりももっと大人のような、いや大人と言うには獰猛で、動物的とも言える不思議な雰囲気だ。
 マルクがまた唇を触れさせた。すぐに離れてもう一度。更にもう一度。
 優しく触れていた接触は次第に荒々しくなっていった。何度目かの触れ合いの時に、濡れた感触が唇に触れて、思わず身を引くと

「嫌?」

 と不安そうに聞くので首を振った。驚いただけで嫌ではない。それよりもむしろ――。

 僕の答えに安心したらしいマルクがまた唇を寄せた。その時に触れたのがマルクの舌だと気づき、僕は一気に頭が熱くなった。舌と唇が触れ合うなんてとてもいけないことのような気がしたのだ。
 怖い訳ではなかったが、ぎゅっと目を瞑っている内に、マルクの舌が僕の唇の中に入り込んだ。びっくりして身を固くしたけれど、マルクの舌が僕の舌に触れた瞬間、電気が走ったように痺れてしまった。腰から一気に力が抜けて、僕はその場にへたり込みそうになったが、すぐ後ろにベッドがあったおかげでそこに腰掛けた。するとマルクに肩を押されて仰向けに寝転がる。覆い被さるようにしてマルクが口付けてきた。

「ん……ぁっ……」

 マルクの舌が僕の舌をつつき、ぞろりと舐め上げられると、背筋を何かが駆け抜けていって声が漏れてしまった。息ができなくて苦しいはずなのに、甘やかな痺れに支配されて僕はただ与えられる感覚に翻弄された。耳に届く水音に心臓がどきどきする。おかしくなってしまいそうで、逃げようとする舌をマルクが絡め取る。擦れ合う粘膜が僕の体を震えさせ、止まっていた涙が滲んだ。不快ではないけれど、この腰の辺りに響くような痺れはなんだろう。
 僕はすっかり上がってしまった息をはふはふと吐きながら、助けを求めてマルクを見つめた。

「大丈夫? 気持ちいい?」

 マルクが心配そうに少し眉を寄せて聞いた。
 それで僕は理解した。この痺れる感覚は快楽なんだということを。これが気持ちいいってことなんだ。
 大好きなマルクと触れ合えることは、こんなに気持ちいいことなんだ。

「うん、きもちいい……マルク好き」
 
 僕が熱に浮かされたように答えると、マルクはごくりと喉を鳴らした。瞬間、瞳にまた揺らめきが見えて、マルクが荒々しく顔を近づけてきた。僕は嬉しくなって唇を開き少し舌を覗かせて待っていたのだけれど、マルクは小さく呻くように声を漏らして、すんでのところで止まった。

「……これ以上は止まれなくなるから……今は我慢……」

 苦しく喘ぐようにそう言って、マルクの唇は僕の額に触れて離れて行った。その時にはマルクの瞳の揺らめきは燻る程度になっていて、それからすぐに涼やかな色を取り戻した。
 マルクに手を引かれベッドから身を起こすと、蕩けるように甘やかな笑顔で微笑まれる。ぼうっとしていた頭が冴えてきて、途端に恥ずかしさが込み上げてきた。初めて知った快楽にすっかり飲み込まれてしまって、マルクに呆れられなかっただろうか。合わせる顔が無くて両手で顔を覆っていると

「一緒に住んだら続きも、その先もしよう」

 そう囁かれて更に顔を赤らめると同時に、その先って何だろうと新たな疑問を抱いたのだった。
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