愛を求めて転生したら総嫌われの世界でした

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第一章 孤児院時代

1-13

 あれほど暑かった日々も盛りを過ぎ、あっという間に葉が紅く染まり始めた。僕の畑での作業も夏野菜の収穫を終えてからは落ち着いてきた。
 一方でマルクは、もう後がないと焦った孤児院の先生達によって、おつかいの仕事の他にも貴族の家で下働きのようなことまでさせられていて忙しくしている。それでもマルクは上手くやっているようで、養子縁組の申し出があったと言う話は聞かない。
 僕とマルクが唇を触れ合わせたあの日から、マルクの加護の力は弱まったままなのも声が掛からない要因の一つなのかもしれない。少女の姿となった水の精霊の力はすっかり弱くなっていて、以前のように素早く氷を作ることさえ難しいようだ。僕はマルクが不便していないか心配もしたが、あと数ヶ月だけの辛抱だから大丈夫と言われたので今は様子を見守っている。
 それよりもマルクは僕の持つ加護を操れるという不思議な力に興味津々で、他にも色々なことができるのではないかと言われて祈ってみたのだけれど、結局僕が作用できたのはあの時の一回だけだった。自分自身に加護の力を与えられるかもしれないと期待していた僕は少し落ち込んだが、マルクからはあまり気にしないでゆっくり取り組むべきだと励まされている。

 それから、あの唇の触れ合いのことはキスと呼ぶのだと後からマルクに教えてもらった。恋人達の営みとしてキスというものがあるのは知っていたけれど、前世も含めて僕には経験も縁もなかったから全く結び付かなかった。
 僕がそれをキスと呼ぶことすら知らなかったと言うとマルクは酷く驚いていたけれど、「めちゃくちゃ興奮する」とも言っていた。無知であることに興奮するというのは、物知りなマルクならではの感情なのかもしれない。僕には良く分からないけれど呆れられなくて良かった。
 孤児院の中では二人きりになれる機会がないので、キスはあの時の一度だけだ。マルクはたまに悶々としているらしいけれど、僕にとっては思い出す度に涙が溢れそうになる、とても美しい思い出だ。そう何度もあったら幸せ過ぎて罰が当たりそうだ。

 畑で収穫を終えた野菜の片付けをしていたら、いつの間にか空が藍色になっていた。陽も短くなった。この頃は夕方になると急に冷え込むから、僕は道具をまとめて孤児院へ帰ることにした。こほり、と空咳が出て、悪寒に首を竦める。
 畑の柵を出たところで、夕闇の中に見慣れた背格好の影が見えたので、

「あ、マルクー! 一緒に帰ろう!」

 と大きな声を出して手を振った。するとマルクは慌てたように駆け寄ってきて、

「アンリ、こんな時間まで畑にいたのか!」

 と眉間に皺を寄せて、僕の抱えた農具を奪い取った。

「駄目じゃないか。畑の仕事ももう急ぐようなものはないんだろ? しばらく休むべきだ」

 そう強い口調で窘められて、僕はしゅんと項垂れた。
 マルクは僕の頬に触れ、そこが仄かに熱を持っていると分かると更に眉間の皺を深くした。
 夏の終わり頃から僕は体調を崩していた。と言っても重い病などではなく、風邪が長引いている程度だ。おそらく、元々大して体力がないのにこの夏は畑仕事を頑張り過ぎたから、その疲れが出ているだけと思う。症状も疲れやすかったり、熱っぽかったりといったくらいなので、マルクの心配は少し過保護だ。

「これからの季節は冷え込みが厳しくなるし、体調が戻るまでは院から出ない方がいい。俺から先生にも上手く言っておく」
「だ、大丈夫だよ! ちゃんと気をつけるから」

 重病人でもないのにあまり大事にはしたくない。僕は慌てて手を振った。マルクはしばらく疑うような眼差しを僕に向けていたが、大丈夫だからと繰り返し伝えて何とか納得してくれたようだった。

 僕は気後れしつつもマルクの言いつけを守り、それからは畑に出ることもなるべく控え静かに過ごすことが多くなった。先生達には最年長なのに役立たずの穀潰しなどと言われたりもしたけれど、その通りなので仕方がない。せめて早く体調を万全にして迷惑を掛けないようにしなければと養生に努めたのだが、不思議なことに体の調子は悪化の一途を辿った。
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