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第二章 失って得たもの
2-9 モブ冒険者視点2
この宿屋兼酒場がこれほど賑わうようになったのは最近のことだ。それまでは安さだけが売りのみすぼらしい宿だったから、よほど金に困った連中が仕方なく使う程度だった。しかし、最近ではベッドはいつも清潔で部屋も埃一つない。酒場の酒も飯も格段に美味くなった。だからだろうか、ここに泊まった翌日はとても体の調子が良い。特に加護の力が普段よりも威力を増すので、冒険者連中は大事な依頼の前にはここを定宿とする奴らも少なくない。
かく言う俺も、城下町に家を持っているにもかかわらず何かあればこの宿に泊まっているし、酒場にはほぼ日参している。誤解ないよう言っておくが、決してアンリへの下心だけではない。この宿と酒場を使うようになってから加護の力の威力が頗る良くなり、ギルドでのランクもメキメキと上がって今ではBランクにまで達したのだ。全てが宿のおかげとは言わないが、とかく冒険者という輩はげんを担ぐ生き物だからすっかり常連となっている。
まあしかし、今夜アンリと想いが通じ合ってしまえばアンリを俺の家に迎えることになるし、この宿にも来なくなるかもなぁと考えていた時だ。そろそろ店じまいの時間だというのに悪びれもせず入って来た客がいた。
長身の男だ。いつも暗い色のローブを纏い、そのフードを目深に被った奴で、どうにも胡散臭い。俺はこいつが嫌いだった。
しっかり見た訳ではないが、フードから覗くすっきりと通った鼻筋に引き締まった唇、シャープな顎先。全て見ずとも分かってしまう顔の整い具合だ。それなのにフードで顔を隠しているのが気に入らない。出し惜しみでもしてるのかと勘繰ってしまう。明らかに冒険者風情とは違う清潔感漂う顔立ちに、どこかの金持ちの優男かと思えば、ローブ越しに見える体の線は厚く硬い。冒険者に多い筋肉ダルマとは違い、一見細身に見えるがその体躯は無駄を削ぎ落とし鍛え上げられたものだと分かる。それもローブで隠しているのがまた気に入らない。俺達冒険者への当てつけか。
何より気に入らないのは浮ついた物腰だった。
「今日は少し冷えてしまってね、温かな物が何かあると嬉しいんだが」
何が温かな物、だ。注文を取りに来たアンリに馴れ馴れしくするな! きっとこいつもアンリが優しいから特別扱いされていると勘違いしているのだ。男なら黙って出されたものを食えと言いたい。
「グリューワインか、いいね。スープも魅力的だけれど今日は食事を済ませてきたからまた今度にさせて貰うよ」
アンリの提案に気障に笑って見せる姿が妙に様になっているが、俺は騙されないぞ。忙しいアンリに長々と話しかけたりして自分を売り込んでいるつもりか。しかし残念だったな、アンリはお前ではなく俺に惚れているのだ。外見よりも中身を見てくれる、そういう子なんだ。
せっかく気持ち良く酔っていたのに、あの気障男のせいで酒が不味くなってきた。男はまだ何かアンリと話していたが、俺は聞こえないようにジョッキの酒を呷る。もっと楽しい話題はないだろうかと酒場の喧騒に耳を立てる。
「おい、聞いてくれ! 俺ぁ昨日から冒険者ランクがBランクになったんだ」
ほう、俺と同じランクの有能な冒険者もいるのだな。まぁ昨日からと言うから一月前にBランクになった俺の方がずっと先輩だが。
興味を持った俺は、その男が同席の男達と三人で話している会話に意識を向けた。
「あぁ。お前もやっとか」
「何だその言い草は。凄いだろう、Bランクだぞ?」
「俺もとっくにBランクだ」
「俺はAランクになってるぞ」
「な、なんだと!?」
「この宿使うとランク上がるって噂は真実だったな」
「あぁ、ぐっすり眠って美味い飯食うってのが大事なのかね。それともアンリの献身的な愛情のおかげだったりしてな」
「あ? 抜け駆けは禁止だぞ?」
「そんな……俺だけランクが上がったと思ったのに……」
「そう落ち込むなって。実力が上がってるってことなんだからいいじゃねぇか」
「いやしかし、どうもそれだけとも言えんらしいぞ。このところ魔物の動きが活発化してきたせいで、冒険者をどんどん討伐に向かわせたいから高位ランクをギルドが乱発してるって噂もあってな――」
そんな……。
嘘だろ……。
俺の他にもBランク冒険者がごろごろいるなんて。それどころかAランクの奴まで……?
俺は頭を思い切り殴られたようにぐらりと目眩がして、机に突っ伏した。そいつらの会話の続きなど既に何も聞こえない。
何の取り柄もない俺の、唯一の誇りがBランクだったのに。
今夜アンリに伝えようとしていた秘めた想いも、誇りと自信を失った今ではとても口にできそうにない。
「大丈夫ですか?」
天使の声が聞こえて俺は顔を上げた。アンリが心配そうに、突っ伏したままの俺を覗き込んでいた。すまん、アンリ。君の気持ちは嬉しいが、俺が自信を取り戻すためにもう少し時間をくれないか。今は自分と向き合いたい。どうか待っていてくれマイ・スイート。
「大丈夫だ。……酒をくれ」
俺は自分という名の酒と向き合うことに決め、そう答えた。アンリは本当に大丈夫なのかと何度も確認した後、躊躇いながらもおかわりを寄越した。傷心の体に酒はよく効いた。そうして完全に酔い潰れてしまった俺は、酒場で眠り込んでしまったのである。
眠りに落ちるその狭間で、アンリの困ったような愛らしい声と華奢な体に触れた気がして、幸せな気持ちのまま夢の世界に旅立った。しかしその直後、動く硬い岩に体を掬われ連れ去られた挙句投げ捨てられるという悪夢を見て、俺は一晩中魘されたのだった。
かく言う俺も、城下町に家を持っているにもかかわらず何かあればこの宿に泊まっているし、酒場にはほぼ日参している。誤解ないよう言っておくが、決してアンリへの下心だけではない。この宿と酒場を使うようになってから加護の力の威力が頗る良くなり、ギルドでのランクもメキメキと上がって今ではBランクにまで達したのだ。全てが宿のおかげとは言わないが、とかく冒険者という輩はげんを担ぐ生き物だからすっかり常連となっている。
まあしかし、今夜アンリと想いが通じ合ってしまえばアンリを俺の家に迎えることになるし、この宿にも来なくなるかもなぁと考えていた時だ。そろそろ店じまいの時間だというのに悪びれもせず入って来た客がいた。
長身の男だ。いつも暗い色のローブを纏い、そのフードを目深に被った奴で、どうにも胡散臭い。俺はこいつが嫌いだった。
しっかり見た訳ではないが、フードから覗くすっきりと通った鼻筋に引き締まった唇、シャープな顎先。全て見ずとも分かってしまう顔の整い具合だ。それなのにフードで顔を隠しているのが気に入らない。出し惜しみでもしてるのかと勘繰ってしまう。明らかに冒険者風情とは違う清潔感漂う顔立ちに、どこかの金持ちの優男かと思えば、ローブ越しに見える体の線は厚く硬い。冒険者に多い筋肉ダルマとは違い、一見細身に見えるがその体躯は無駄を削ぎ落とし鍛え上げられたものだと分かる。それもローブで隠しているのがまた気に入らない。俺達冒険者への当てつけか。
何より気に入らないのは浮ついた物腰だった。
「今日は少し冷えてしまってね、温かな物が何かあると嬉しいんだが」
何が温かな物、だ。注文を取りに来たアンリに馴れ馴れしくするな! きっとこいつもアンリが優しいから特別扱いされていると勘違いしているのだ。男なら黙って出されたものを食えと言いたい。
「グリューワインか、いいね。スープも魅力的だけれど今日は食事を済ませてきたからまた今度にさせて貰うよ」
アンリの提案に気障に笑って見せる姿が妙に様になっているが、俺は騙されないぞ。忙しいアンリに長々と話しかけたりして自分を売り込んでいるつもりか。しかし残念だったな、アンリはお前ではなく俺に惚れているのだ。外見よりも中身を見てくれる、そういう子なんだ。
せっかく気持ち良く酔っていたのに、あの気障男のせいで酒が不味くなってきた。男はまだ何かアンリと話していたが、俺は聞こえないようにジョッキの酒を呷る。もっと楽しい話題はないだろうかと酒場の喧騒に耳を立てる。
「おい、聞いてくれ! 俺ぁ昨日から冒険者ランクがBランクになったんだ」
ほう、俺と同じランクの有能な冒険者もいるのだな。まぁ昨日からと言うから一月前にBランクになった俺の方がずっと先輩だが。
興味を持った俺は、その男が同席の男達と三人で話している会話に意識を向けた。
「あぁ。お前もやっとか」
「何だその言い草は。凄いだろう、Bランクだぞ?」
「俺もとっくにBランクだ」
「俺はAランクになってるぞ」
「な、なんだと!?」
「この宿使うとランク上がるって噂は真実だったな」
「あぁ、ぐっすり眠って美味い飯食うってのが大事なのかね。それともアンリの献身的な愛情のおかげだったりしてな」
「あ? 抜け駆けは禁止だぞ?」
「そんな……俺だけランクが上がったと思ったのに……」
「そう落ち込むなって。実力が上がってるってことなんだからいいじゃねぇか」
「いやしかし、どうもそれだけとも言えんらしいぞ。このところ魔物の動きが活発化してきたせいで、冒険者をどんどん討伐に向かわせたいから高位ランクをギルドが乱発してるって噂もあってな――」
そんな……。
嘘だろ……。
俺の他にもBランク冒険者がごろごろいるなんて。それどころかAランクの奴まで……?
俺は頭を思い切り殴られたようにぐらりと目眩がして、机に突っ伏した。そいつらの会話の続きなど既に何も聞こえない。
何の取り柄もない俺の、唯一の誇りがBランクだったのに。
今夜アンリに伝えようとしていた秘めた想いも、誇りと自信を失った今ではとても口にできそうにない。
「大丈夫ですか?」
天使の声が聞こえて俺は顔を上げた。アンリが心配そうに、突っ伏したままの俺を覗き込んでいた。すまん、アンリ。君の気持ちは嬉しいが、俺が自信を取り戻すためにもう少し時間をくれないか。今は自分と向き合いたい。どうか待っていてくれマイ・スイート。
「大丈夫だ。……酒をくれ」
俺は自分という名の酒と向き合うことに決め、そう答えた。アンリは本当に大丈夫なのかと何度も確認した後、躊躇いながらもおかわりを寄越した。傷心の体に酒はよく効いた。そうして完全に酔い潰れてしまった俺は、酒場で眠り込んでしまったのである。
眠りに落ちるその狭間で、アンリの困ったような愛らしい声と華奢な体に触れた気がして、幸せな気持ちのまま夢の世界に旅立った。しかしその直後、動く硬い岩に体を掬われ連れ去られた挙句投げ捨てられるという悪夢を見て、俺は一晩中魘されたのだった。
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*
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