愛を求めて転生したら総嫌われの世界でした

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第二章 失って得たもの

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 初めてマルクの名前を噂話に聞いてから一年も経たず、カサール家と言えば当主よりも次期当主であるマルクの話題ばかりが聞こえるようになっていた。最近ではこちらから水を向けずとも、自然とマルクに関する話が聞こえてくる。それだけマルクが頑張っているのだと、僕は嬉しく思っていた。マルクがカサール家を継ぐ日も近いと語る人もいて、僕は胸を高鳴らせた。

 数々の漏れ聞こえるマルクの噂話に舞い上がった反面、納得できない部分もあった。概ね好意的な噂がほとんどだったが、中には酷い中傷もあったのだ。マルクは女の尻を追いかけ回しているだの、酷い加護差別主義者だのといった類の話だ。酒場までマルクの噂が聞こえてくるのはマルクが夢に向かって弛まぬ努力をしているからで、女性にうつつを抜かしている暇などないはずだ。それに、マルクの夢は加護差別の撤廃なのだから、差別主義者とは真逆の立場だろう。
 そうした根も葉もない悪意ある噂を聞く度に僕は心の中で憤慨していたが、有名になるとはこういうことなのかもしれないと自分を納得させて溜飲を下げていた。僕はマルクを信じるだけだと自分を励まし、次第に悪い噂ばかりが囁かれるようになっても気にしないように努めた。
 悪意ある噂に心を乱されている暇はない。マルクに家を失ったことを謝罪して、今の居場所を早く伝えないと益々マルクが遠い存在になってしまうと、僕は焦っていた。

 そんな折に、絶好の機会が訪れた。
 いよいよマルクがカサール家当主を継ぐことになり、そのお披露目会が盛大に執り行われるとの話を聞いたのだ。カサール家当主の就任式は城下の広場で開催されるのが通例で、一般人にも閲覧が許されているので多くの人で賑わい、街道には屋台も沢山並んでまるでお祭りのような騒ぎになるのだと言う。
 次期宰相を一目見たいからという理由で集まる人も中にはいるが、ほとんどの人の目当ては就任式でご祝儀として撒かれる銀貨だ。相当な額の銀貨が一般民衆に向けてばら撒かれるそうで、酒場でもその話題で持ちきりだった。当主自ら撒くらしく、護衛はいるもののその時には民衆と言葉を交わすこともあるという。

 この機を逃す手はない。マルクならば、フードを被っていても僕に気が付いてくれるかもしれない。大勢の人の中でどこまでマルクに近付けるか分からないが、なんとしても一言謝って、今の居場所を伝えなければ。

 そう意気込む気持ちとは別に、僕は今のマルクをこの目で見られることが嬉しくて心が躍って仕方なかった。あれから随分経った。きっとマルクは精悍に成長したことだろう。髪の色はもっと明るくなっただろうか、瞳の色はどうだろう。あの涼やかな目元は一層凛々しさを増しているのかな。明るい笑顔はそのままだと嬉しいな。そう夢想をしては顔を緩ませ、僕はその日を待ち侘びていた。


 雲一つない快晴の天気だった。就任式を知らせる花火が鳴って、朝から城下町全体が活気に満ちていた。朝食を済ませた宿泊客が出て行くのを見送った僕は、すぐに広場へと向かった。
 広場の中央は一段高い舞台になっており、そこには既に赤いカーペットが敷かれている。宝飾品のような見事な椅子がいくつも並べられていて、その周囲を佩刀した護衛がずらりと囲んで物々しい。僕は舞台に上がる為の左手袖の階段付近に陣取って、マルクの登場を待っていた。ここが最もカサール家の人間が観衆に近づく場所だと、前回も参加したことがある宿のお年寄りの常連客から教えて貰ったのだ。
 銀貨が撒かれるのは舞台の中央からなので、そちらの方は既に多くの人で押し合っていたが、この辺りは人も少なく僕は一安心していた。ただ、不思議と僕の周りは女性ばかりだ。女性の少ないこの世界で、これだけの数の女性が一つ所に集まっている光景など見たことのなかった僕は驚いたが、か弱い女性があの揉み合いの群衆に紛れるのを嫌がるのは当然だろうと思い直した。

 太鼓と管楽器が華やかな音楽を鳴らすと、広場にはどっと歓声が満ちて盛り上がる。孤児院で見たものよりも更に立派な四頭立ての馬車が二台続いて現れた。前の馬車の扉が開き、中から現当主のスタニスラスらしき男性が降り立つ。観衆が声を上げた。続いて後ろの馬車から、マルクが顔を覗かせたその瞬間、広場は更なる歓声に包まれたのだが、それを上回るほどの黄色い歓声が周囲から一気に放たれて僕は思わず耳を押さえた。

「きゃー! マルク様ー!」
「正装姿も素敵!」
「相変わらず麗しいわぁ!」

 先程まで大人しかった隣の女性達が大声で叫んでいる。マルクに向かって大きく手を振る彼女達の腕が何度も僕に当たって、思わず一歩後ろに下がってしまった。
 女性の勢いに怖気付いてしまったが、そんな場合ではない。僕は目を凝らして久しぶりのマルクの姿をまじまじと見た。スタニスラスの後ろをついて舞台に近付いてくるマルクは、随分と身長が伸びていた。すらりとして手足も長く、大人びた顔つきは凛と引き締まって最後に見たあどけなさの残る丸みは消えていた。これだけの観衆を前にしながらも物怖じしない堂々とした振る舞いは、既に青年宰相の風格だ。僕はまるで夢の中にいるようにふわふわとして高鳴る胸を持て余したまま、ただ魅入ってしまった。

 どんどんとこちらに近付いてくるマルクに僕は緊張して、歓声よりもうるさい鼓動に今にも倒れてしまいそうだった。いよいよ僕のすぐ目の前を通り過ぎる瞬間、僕は声を掛けようと口を開いたのだが周りの女性に背中を引っ掴まれて後ろに追いやられてしまった。あ、と思った時には僕は女性達の影に隠れてしまい、その前をマルクが通って行く。こちらをちらりとも見ずにマルクは真っ直ぐ舞台を見つめて、ゆっくりと壇上に上がった。
 あれほど意気込んでいたのに声も掛けられず、僕は自分の不甲斐なさに落ち込んだが、まだ帰りがあると気を持ち直して式典に意識を向けることにした。
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