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第二章 失って得たもの
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「あっ!」
僕は思わず声を漏らした。眼前の鳥には見覚えがあった。まだ孤児院にいた頃、街中で迷子になってしまった僕を助けてくれた火の精霊だ。あの頃は鳩くらいの大きさだったが、今は一回り大きくなって彼の肩に止まるのもやっとといった具合だ。精霊は力の強弱に関わらずどれも手の平サイズが普通だから、以前のサイズでも大きな方だったのに、今では他に類を見ない大きさになっている。丸みを帯びていた体は引き締まり、尖った瞳と鋭い曲線の嘴を持った見事な猛禽に成長している。だが人懐っこいのは変わらないようで、構ってほしそうに僕の髪を嘴で引っ張って首を傾げた。
この精霊の持ち主ということは、と横に視線を滑らせた時、彼がローブのフードを落とした。
火の精霊の纏う仄かな明かりで浮かび上がったのは、真っ赤な長い髪を高い位置で一つに結び、同じくらい赤い目でこちらを見つめる整った顔立ちの青年だった。火の精霊が連れて来た、近衛騎士の青年。あの頃は髪も短く、こんなに背も高くなかった。
「あの時の……」
「思い出してくれて嬉しいよ。私はクリストフ・ド・シュヴァリエ。近衛騎士をしている」
優雅に微笑み胸に手を当てる姿はまさしく貴族の騎士のそれで、僕は彼、クリストフの美しい立ち姿に魅入ってしまった。はっと我に返って慌てて頭を下げる。
「……あっ、その節は大変お世話になりました」
するとクリストフは口元に拳を当てて、笑いを堪えているようだった。確かに今この場でいう言葉ではなかったような気もしてきて、僕は急に恥ずかしくなった。けれど、おかげで先程までの張り詰めた空気が和らいだようだった。
「いや、いいんだ。私の方こそ素性を隠していてすまない。少し事情があってね。けれどこれで分かっただろう、私が君の秘密を暴くつもりがないことを」
以前道案内をして貰った道中で、既にクリストフに僕の黒髪黒目は見られている。彼の言う通り、僕が忌人だと誰かに告げるつもりがあるのなら、酒場で初めて会った時に見咎められているはずだ。
しかし、僕は一層困惑した。以前に髪と目を見られた時もそうだ。クリストフは驚きながらも忌人である僕に態度を変えなかった。どうして僕のこの見た目に何も言わないのだろう。
「あの……気持ち悪くないんですか?」
疑問がそのまま声に出ていた。クリストフは僕の純粋な疑問を受けて、驚いたよう目を大きくした後、僅かに眉間に皺を寄せた。
「自分のことをそんな風に言うものではないよ。……とは言え、君がそう考えてしまうのも無理はないのかもしれないね。君にはさぞ生き辛い世の中だろう。素直に告白すれば、私も君に出会うまでは黒の忌人の存在を快くは思っていなかった。実在を信じてはいなかったけれどね」
「じゃあ、僕に出会ってびっくりしたでしょうね」
禍々しい黒の忌人である僕と出会ってしまって、きっと嫌な思いをしたのだろう。僕はまるで他人事のように同情して、それから不快にさせて申し訳ないとまた頭を下げようとした。しかし、
「あぁ、驚いたよ。黒の忌人があまりに美しいのでね」
クリストフはそう言って笑ったのだ。
美しい、とは何の話だろうか。
僕は首を傾げて瞬きを繰り返した。
「君の清廉な佇まいは私の知る黒の忌人とは異なっていた。艶やかな黒髪も蕩けそうな黒い瞳も、想像と全く違う、とても清らかなものだった。その時に知ったのだ、私の信じてきたものは正しいばかりではないのだと」
もしかして、クリストフは僕のことを美しいと言っているのだろうか。
目を見て語りかけられても、とても信じられずにいた。誰もが視界に入れただけで嫌悪感を露わにする僕の容姿だ。美しさとは対局に位置するはずだ。羞恥にも至らず、ただ違和感だけを感じて、僕は首を傾げたままだった。
「……けれど、今思えばあの時の君の美しさは、マルク・ド・カサールに恋をしていたからなのだろうね」
またマルクの名前が出て、僕は表情を強張らせた。ひゅっと喉が締まったようだった。
そうだった。クリストフと出会った時はまだマルクへの感情に名前がついていなかったけれど、僕はマルクに恋をしていた。そしてあの後マルクから愛を教えて貰ったのだ。今はもう、失われてしまった愛を。
僕は思わず声を漏らした。眼前の鳥には見覚えがあった。まだ孤児院にいた頃、街中で迷子になってしまった僕を助けてくれた火の精霊だ。あの頃は鳩くらいの大きさだったが、今は一回り大きくなって彼の肩に止まるのもやっとといった具合だ。精霊は力の強弱に関わらずどれも手の平サイズが普通だから、以前のサイズでも大きな方だったのに、今では他に類を見ない大きさになっている。丸みを帯びていた体は引き締まり、尖った瞳と鋭い曲線の嘴を持った見事な猛禽に成長している。だが人懐っこいのは変わらないようで、構ってほしそうに僕の髪を嘴で引っ張って首を傾げた。
この精霊の持ち主ということは、と横に視線を滑らせた時、彼がローブのフードを落とした。
火の精霊の纏う仄かな明かりで浮かび上がったのは、真っ赤な長い髪を高い位置で一つに結び、同じくらい赤い目でこちらを見つめる整った顔立ちの青年だった。火の精霊が連れて来た、近衛騎士の青年。あの頃は髪も短く、こんなに背も高くなかった。
「あの時の……」
「思い出してくれて嬉しいよ。私はクリストフ・ド・シュヴァリエ。近衛騎士をしている」
優雅に微笑み胸に手を当てる姿はまさしく貴族の騎士のそれで、僕は彼、クリストフの美しい立ち姿に魅入ってしまった。はっと我に返って慌てて頭を下げる。
「……あっ、その節は大変お世話になりました」
するとクリストフは口元に拳を当てて、笑いを堪えているようだった。確かに今この場でいう言葉ではなかったような気もしてきて、僕は急に恥ずかしくなった。けれど、おかげで先程までの張り詰めた空気が和らいだようだった。
「いや、いいんだ。私の方こそ素性を隠していてすまない。少し事情があってね。けれどこれで分かっただろう、私が君の秘密を暴くつもりがないことを」
以前道案内をして貰った道中で、既にクリストフに僕の黒髪黒目は見られている。彼の言う通り、僕が忌人だと誰かに告げるつもりがあるのなら、酒場で初めて会った時に見咎められているはずだ。
しかし、僕は一層困惑した。以前に髪と目を見られた時もそうだ。クリストフは驚きながらも忌人である僕に態度を変えなかった。どうして僕のこの見た目に何も言わないのだろう。
「あの……気持ち悪くないんですか?」
疑問がそのまま声に出ていた。クリストフは僕の純粋な疑問を受けて、驚いたよう目を大きくした後、僅かに眉間に皺を寄せた。
「自分のことをそんな風に言うものではないよ。……とは言え、君がそう考えてしまうのも無理はないのかもしれないね。君にはさぞ生き辛い世の中だろう。素直に告白すれば、私も君に出会うまでは黒の忌人の存在を快くは思っていなかった。実在を信じてはいなかったけれどね」
「じゃあ、僕に出会ってびっくりしたでしょうね」
禍々しい黒の忌人である僕と出会ってしまって、きっと嫌な思いをしたのだろう。僕はまるで他人事のように同情して、それから不快にさせて申し訳ないとまた頭を下げようとした。しかし、
「あぁ、驚いたよ。黒の忌人があまりに美しいのでね」
クリストフはそう言って笑ったのだ。
美しい、とは何の話だろうか。
僕は首を傾げて瞬きを繰り返した。
「君の清廉な佇まいは私の知る黒の忌人とは異なっていた。艶やかな黒髪も蕩けそうな黒い瞳も、想像と全く違う、とても清らかなものだった。その時に知ったのだ、私の信じてきたものは正しいばかりではないのだと」
もしかして、クリストフは僕のことを美しいと言っているのだろうか。
目を見て語りかけられても、とても信じられずにいた。誰もが視界に入れただけで嫌悪感を露わにする僕の容姿だ。美しさとは対局に位置するはずだ。羞恥にも至らず、ただ違和感だけを感じて、僕は首を傾げたままだった。
「……けれど、今思えばあの時の君の美しさは、マルク・ド・カサールに恋をしていたからなのだろうね」
またマルクの名前が出て、僕は表情を強張らせた。ひゅっと喉が締まったようだった。
そうだった。クリストフと出会った時はまだマルクへの感情に名前がついていなかったけれど、僕はマルクに恋をしていた。そしてあの後マルクから愛を教えて貰ったのだ。今はもう、失われてしまった愛を。
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