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第二章 失って得たもの
2-44
「本当に君には申し訳ないことをした。いくら謝っても足りない。想いが叶って浮かれていたとはいえ、私の理性はこれほどまでに脆弱なのかと失望した。近衛騎士が聞いて呆れる。職も辞する覚悟だ」
「ま、待って待って! 大丈夫だから! 僕だってクリストフのことを散々煽ってしまったし、体もこの通りなんともないから!」
あの後、どうやら気を失うように眠ってしまったらしい僕が目を覚ますと、クリストフは床に膝をつき頭を下げていた。そのまま床にめり込んでしまうのではないかという位、頭を低くするクリストフに、僕は慌ててベッドから起きてその身を立たせる。
クリストフが整えてくれたのだろう。身なりはすっかり元通りになっており、クリストフもフードまで被って、まるで何もなかったかのようだ。
しかし、少し力を込めると、動けないほどではないが筋肉痛のような痛みが体のそこかしこに響き、あらぬ所に鈍痛のようなものを覚えた。この痛みこそが、僕がクリストフと想い合った紛れもない証のような気がして、僕は喜びすら感じていた。
手を引かれ渋々と立ち上がったクリストフは、恭しく僕を再びベッドに寝かせて、丁寧に毛布を首まで掛けてくる。
明かりのない部屋には、小さな通気口から月光が差し込んでいる。その冴え冴えとした光が、ローブの隙間から零れ落ちたクリストフの赤い髪の一房を美しく照らしていた。
辺りはしんと静まり返り、まだ真夜中のようだった。
「もう一度眠るといい」
そう言われても、ベッドの脇に立ったままのクリストフに見下ろされていては、睡魔など訪れようもない。狭いながらも一緒に横になってはどうかと勧めたが、もう己が何も信じられないからと頑なに拒否されてしまった。
どうしたものかと思案していると、ふいに遠くで鐘の鳴る音がした。初めは教会の鐘かと思ったが、こんな夜更けに鳴るはずもない。それに、教会であればもっと荘厳で、落ち着いた響きのはずだ。今は甲高い金属音が間断なく、緊迫感を持った一定のリズムで鳴らされ続けている。
クリストフを見上げれば、その眉間が見る間に険しくなっていき、鐘の音に耳をそばだてているのが分かる。僕は確信めいたものを持ってクリストフに尋ねた。
「この音は?」
「……騎士団を招集する為の鐘だ」
「やっぱり! クリストフもすぐに行かないと」
「いや、この音ならばそれほど緊急性は……」
言いながらも、クリストフは部屋のドアをちらりと見遣った。おそらく外の様子が気になるのだろう。
僕はすぐにベッドから下り、出入り口に向かってクリストフの動かぬ背中をぐいぐいと押した。
「それでも、クリストフがいないと、きっと騎士団の人達が困ると思う」
「しかし……」
僕の勢いにたじろいで二、三歩足を進めるも、気遣わしげに僕を振り返るクリストフに
「本当に、僕は大丈夫だから。行ってらっしゃい」
そう微笑んで送り出すと、眉間に皺を寄せ不承不承といった様子でクリストフは頷いた。
「……くれぐれも今日は無理せず、一日寝ているように。私が責任を持つから、宿の主人に何を言われても休んでくれ。夜に必ず顔を出す。いいね?」
クリストフはドアの前で何度もそう確認をして、僕が分かったからと急かすことで、ようやく出て行った。
誰もいなくなったいつもの埃っぽい部屋で、僕は少し引き攣れる体をまたベッドに持ち上げた。
クリストフには約束したものの、具合が悪くもないのに仕事を休む訳にはいかないと僕は思っていた。
特に昨夜は、加護溜まりのせいで片付けもできずに早々に部屋に引っ込んでしまった。客達の手前快く休ませてくれた宿の主人からは、見えない所で散々詰られ、明日の朝はいつもより早く仕事に取り掛かるようにときつく言われていたのだ。いくらクリストフが責任を取ると言っても、僕がそれを伝えた所で聞く耳を持つような相手ではない。実際、今は昨夜よりも格段に体調が良いのだから、休む道理もないのだ。
夜にクリストフが酒場にやって来たら、きっと叱られてしまうだろうなと申し訳なく思いつつ、せめて夜明けまではしっかり眠ろうと僕は瞼を閉じた。
相変わらず鐘の音は止まない。けれどその音は遠いままで、他に大きな物音も人々のざわめきも聞こえない。城下町に危険が迫っている訳ではなさそうだ。城の中で何かあったのだろうか。送り出してはみたものの、今度はクリストフの安否を思って不安が募る。
シーツに頬を擦り付けると、微かにクリストフの香りが残っている気がした。胸一杯にそれを吸い込んで、クリストフなら大丈夫、誰よりも強い人なのだからと、そう自分に言い聞かせた。
無理矢理落ち着けた心にふわふわと漂う幸福の残滓を掻き集めながら、僕はそれらを抱き締めるようにして微睡んだ。
「ま、待って待って! 大丈夫だから! 僕だってクリストフのことを散々煽ってしまったし、体もこの通りなんともないから!」
あの後、どうやら気を失うように眠ってしまったらしい僕が目を覚ますと、クリストフは床に膝をつき頭を下げていた。そのまま床にめり込んでしまうのではないかという位、頭を低くするクリストフに、僕は慌ててベッドから起きてその身を立たせる。
クリストフが整えてくれたのだろう。身なりはすっかり元通りになっており、クリストフもフードまで被って、まるで何もなかったかのようだ。
しかし、少し力を込めると、動けないほどではないが筋肉痛のような痛みが体のそこかしこに響き、あらぬ所に鈍痛のようなものを覚えた。この痛みこそが、僕がクリストフと想い合った紛れもない証のような気がして、僕は喜びすら感じていた。
手を引かれ渋々と立ち上がったクリストフは、恭しく僕を再びベッドに寝かせて、丁寧に毛布を首まで掛けてくる。
明かりのない部屋には、小さな通気口から月光が差し込んでいる。その冴え冴えとした光が、ローブの隙間から零れ落ちたクリストフの赤い髪の一房を美しく照らしていた。
辺りはしんと静まり返り、まだ真夜中のようだった。
「もう一度眠るといい」
そう言われても、ベッドの脇に立ったままのクリストフに見下ろされていては、睡魔など訪れようもない。狭いながらも一緒に横になってはどうかと勧めたが、もう己が何も信じられないからと頑なに拒否されてしまった。
どうしたものかと思案していると、ふいに遠くで鐘の鳴る音がした。初めは教会の鐘かと思ったが、こんな夜更けに鳴るはずもない。それに、教会であればもっと荘厳で、落ち着いた響きのはずだ。今は甲高い金属音が間断なく、緊迫感を持った一定のリズムで鳴らされ続けている。
クリストフを見上げれば、その眉間が見る間に険しくなっていき、鐘の音に耳をそばだてているのが分かる。僕は確信めいたものを持ってクリストフに尋ねた。
「この音は?」
「……騎士団を招集する為の鐘だ」
「やっぱり! クリストフもすぐに行かないと」
「いや、この音ならばそれほど緊急性は……」
言いながらも、クリストフは部屋のドアをちらりと見遣った。おそらく外の様子が気になるのだろう。
僕はすぐにベッドから下り、出入り口に向かってクリストフの動かぬ背中をぐいぐいと押した。
「それでも、クリストフがいないと、きっと騎士団の人達が困ると思う」
「しかし……」
僕の勢いにたじろいで二、三歩足を進めるも、気遣わしげに僕を振り返るクリストフに
「本当に、僕は大丈夫だから。行ってらっしゃい」
そう微笑んで送り出すと、眉間に皺を寄せ不承不承といった様子でクリストフは頷いた。
「……くれぐれも今日は無理せず、一日寝ているように。私が責任を持つから、宿の主人に何を言われても休んでくれ。夜に必ず顔を出す。いいね?」
クリストフはドアの前で何度もそう確認をして、僕が分かったからと急かすことで、ようやく出て行った。
誰もいなくなったいつもの埃っぽい部屋で、僕は少し引き攣れる体をまたベッドに持ち上げた。
クリストフには約束したものの、具合が悪くもないのに仕事を休む訳にはいかないと僕は思っていた。
特に昨夜は、加護溜まりのせいで片付けもできずに早々に部屋に引っ込んでしまった。客達の手前快く休ませてくれた宿の主人からは、見えない所で散々詰られ、明日の朝はいつもより早く仕事に取り掛かるようにときつく言われていたのだ。いくらクリストフが責任を取ると言っても、僕がそれを伝えた所で聞く耳を持つような相手ではない。実際、今は昨夜よりも格段に体調が良いのだから、休む道理もないのだ。
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シーツに頬を擦り付けると、微かにクリストフの香りが残っている気がした。胸一杯にそれを吸い込んで、クリストフなら大丈夫、誰よりも強い人なのだからと、そう自分に言い聞かせた。
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