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第二章 失って得たもの
2-49
衝撃の合間を縫って、壁沿いに走る。クリストフや冒険者達に囲まれ余裕のないトロフォティグルは、小さな僕に気付くことはなかった。
彼らに近付くと、三人目の客の下半身が大きな瓦礫の下敷きになっている。冒険者ほどではないものの、しっかりと筋肉のついた立派な体躯の持ち主ではあったが、この状況ではとても自力では抜け出せないだろうことが一目で分かる。辛うじて左足は動かせるようだが、右足の付け根から爪先までが完全に潰されていたのだ。この様子ではおそらく右足の感覚は無くなっているだろう。
目深に被っていたローブは既に破け、彼の相貌が露わになっていた。痛みからだろう、蒼白になって歪んでいるその顔立ちに、僕は寸の間目を奪われた。
小麦色の肌に、癖の強い濃いブラウンの髪。とりわけ目の辺りは彫りが深く、チョコレート色の瞳がとてもエキゾチックに映った。僕がこれまで出会ったこの世界の人は、皆一様に肌が白く顔の陰影も似ていて、加護の影響で髪や瞳の色は様々だが癖のない髪質は皆同じだった。目の前の彼は明確にそれとは異なっている。
以前に聞いたクリストフの言葉が脳裏を過ぎる。不穏な活動をしている集団は、かつてモディア帝国に征服され、それに恨みを抱いている民族なのだと。明らかに違う人種を思わせる彼の相貌に、一度は助けると決めた心が再びぐらつく。間違いなくこの人達のせいで、今僕の大切な人々が危険な目に晒されているのだ。
隣に駆け寄ったものの立ち尽くしてしまった僕を見上げ、彼は言った。
「お前さんじゃどうすることもできねぇよ。俺のことはいいから逃げろ」
脂汗を額に滲ませながら、笑みさえ浮かべてそう言う彼に、後の二人が励ましながら必死に瓦礫を持ち上げようとしている。しかし、石造りの壁ごと剥がれ落ちたらしい大きな瓦礫は二人では到底持ち上がるとは思えない。
僕は苦しむ彼と、死に物狂いで瓦礫に組み付く二人を見て、考えることを止めた。瓦礫の端に指を引っ掛けて力の限り持ち上げる。やはり、びくともしない。
「何してんだ。あんたまで無駄死にする必要ねぇって言ってんだ。逃げろ」
「何か他に方法は……」
「おい、聞こえねぇのか!」
「聞こえてるよ」
「だったらなんで助けるんだ。この顔立ちだ。俺達の素性にも気付いてんだろ。魔物と一緒にくたばりゃ御の字だろうが!」
「そうかもしれないけど。僕には何が正しいのか分からないから。ただ、今ここであなた達を見捨てることが、正しいとは思えない」
僕の答えに、その人は黙り込んだ。僕の真意を探るようにじっと見つめてきた瞳が、勝手にしろとでも言いたげに力なく伏せられた。
瓦礫を持ち上げようと奮闘していた二人はとうに力の限界を超えていたらしく、その腕も足も痙攣したように震えている。このままいくら頑張っても意味がない。どうしよう、何か道具はないか、僕でも使える何かが……。
辺りに視線を巡らせると、ふわりと眼前に白い塊が浮かんだ。最初はただの埃かと思ったが、二つの靄のような塊は僕の周りだけをふわふわと漂っている。まるで僕の注意を引くように。
僕が手を伸ばすと、その塊が擦り寄ってきた。手の平にまとわりついて喜んでいるように見える。
あ、と僕は声を零した。この塊は精霊だ。あまりに弱くて分からなかった。精霊は二つ。きっとこの三人の内の二人の加護なのだろう。
そうだ。僕にはまだできることがある。僕にしかできないことが。
今僕が彼らの目の前で加護の力を強くする能力を使ったら、決定的な証拠を与えることになる。僕の身の安全もいよいよ危うくなるだろう。だが、助ける為に僕ができることは、これしかない。
僕の手の平の上で交互に弾んで遊んでいる二つの精霊に、心の内で祈る。力を貸してほしい。この人を助けたい、と。
すると、きょとんとしたように動きを止めた精霊が、一気に天井近くまで跳ね上がり光を放った。その眩しさに細めた瞳を戻した時には、二つの靄の塊ははっきりとした像を結んだ精霊へと変わっていた。一つはたなびく長い布を身に纏った女性の精霊に、もう一つは虹色の羽を持った蝶の精霊に。どちらも風の精霊に見えた。
僕は天井を見上げたまま言った。
「加護の力を使って持ち上げてみよう」
しかし、幸か不幸か、瓦礫に必死で組み付いていた彼らは、僕が施した精霊の変化には気付かなかったようで、大きな声で僕の提案を一蹴した。
「無駄だ! 俺達の加護の力は弱い」
「でも、精霊は今――」
「黙れ! 無理なものは無理だ!」
二人はカッと目を見開いて気色ばんだ。加護の力の強さで人間の価値を評価するこの世界では、加護の力が弱いことを酷く恥じている人々も多い。僕の発言が、彼らを侮辱していると取られてしまったのだろうか。それにしても彼らの憤懣やる方ない様子は度が過ぎているような気もした。
だが、危険は刻一刻と迫っている。二人の剣幕に負ける訳にはいかなかった。僕が天井辺りにいる精霊達を指差し更に言い募ろうとすると、思い切り胸倉を掴み上げられた。
彼らに近付くと、三人目の客の下半身が大きな瓦礫の下敷きになっている。冒険者ほどではないものの、しっかりと筋肉のついた立派な体躯の持ち主ではあったが、この状況ではとても自力では抜け出せないだろうことが一目で分かる。辛うじて左足は動かせるようだが、右足の付け根から爪先までが完全に潰されていたのだ。この様子ではおそらく右足の感覚は無くなっているだろう。
目深に被っていたローブは既に破け、彼の相貌が露わになっていた。痛みからだろう、蒼白になって歪んでいるその顔立ちに、僕は寸の間目を奪われた。
小麦色の肌に、癖の強い濃いブラウンの髪。とりわけ目の辺りは彫りが深く、チョコレート色の瞳がとてもエキゾチックに映った。僕がこれまで出会ったこの世界の人は、皆一様に肌が白く顔の陰影も似ていて、加護の影響で髪や瞳の色は様々だが癖のない髪質は皆同じだった。目の前の彼は明確にそれとは異なっている。
以前に聞いたクリストフの言葉が脳裏を過ぎる。不穏な活動をしている集団は、かつてモディア帝国に征服され、それに恨みを抱いている民族なのだと。明らかに違う人種を思わせる彼の相貌に、一度は助けると決めた心が再びぐらつく。間違いなくこの人達のせいで、今僕の大切な人々が危険な目に晒されているのだ。
隣に駆け寄ったものの立ち尽くしてしまった僕を見上げ、彼は言った。
「お前さんじゃどうすることもできねぇよ。俺のことはいいから逃げろ」
脂汗を額に滲ませながら、笑みさえ浮かべてそう言う彼に、後の二人が励ましながら必死に瓦礫を持ち上げようとしている。しかし、石造りの壁ごと剥がれ落ちたらしい大きな瓦礫は二人では到底持ち上がるとは思えない。
僕は苦しむ彼と、死に物狂いで瓦礫に組み付く二人を見て、考えることを止めた。瓦礫の端に指を引っ掛けて力の限り持ち上げる。やはり、びくともしない。
「何してんだ。あんたまで無駄死にする必要ねぇって言ってんだ。逃げろ」
「何か他に方法は……」
「おい、聞こえねぇのか!」
「聞こえてるよ」
「だったらなんで助けるんだ。この顔立ちだ。俺達の素性にも気付いてんだろ。魔物と一緒にくたばりゃ御の字だろうが!」
「そうかもしれないけど。僕には何が正しいのか分からないから。ただ、今ここであなた達を見捨てることが、正しいとは思えない」
僕の答えに、その人は黙り込んだ。僕の真意を探るようにじっと見つめてきた瞳が、勝手にしろとでも言いたげに力なく伏せられた。
瓦礫を持ち上げようと奮闘していた二人はとうに力の限界を超えていたらしく、その腕も足も痙攣したように震えている。このままいくら頑張っても意味がない。どうしよう、何か道具はないか、僕でも使える何かが……。
辺りに視線を巡らせると、ふわりと眼前に白い塊が浮かんだ。最初はただの埃かと思ったが、二つの靄のような塊は僕の周りだけをふわふわと漂っている。まるで僕の注意を引くように。
僕が手を伸ばすと、その塊が擦り寄ってきた。手の平にまとわりついて喜んでいるように見える。
あ、と僕は声を零した。この塊は精霊だ。あまりに弱くて分からなかった。精霊は二つ。きっとこの三人の内の二人の加護なのだろう。
そうだ。僕にはまだできることがある。僕にしかできないことが。
今僕が彼らの目の前で加護の力を強くする能力を使ったら、決定的な証拠を与えることになる。僕の身の安全もいよいよ危うくなるだろう。だが、助ける為に僕ができることは、これしかない。
僕の手の平の上で交互に弾んで遊んでいる二つの精霊に、心の内で祈る。力を貸してほしい。この人を助けたい、と。
すると、きょとんとしたように動きを止めた精霊が、一気に天井近くまで跳ね上がり光を放った。その眩しさに細めた瞳を戻した時には、二つの靄の塊ははっきりとした像を結んだ精霊へと変わっていた。一つはたなびく長い布を身に纏った女性の精霊に、もう一つは虹色の羽を持った蝶の精霊に。どちらも風の精霊に見えた。
僕は天井を見上げたまま言った。
「加護の力を使って持ち上げてみよう」
しかし、幸か不幸か、瓦礫に必死で組み付いていた彼らは、僕が施した精霊の変化には気付かなかったようで、大きな声で僕の提案を一蹴した。
「無駄だ! 俺達の加護の力は弱い」
「でも、精霊は今――」
「黙れ! 無理なものは無理だ!」
二人はカッと目を見開いて気色ばんだ。加護の力の強さで人間の価値を評価するこの世界では、加護の力が弱いことを酷く恥じている人々も多い。僕の発言が、彼らを侮辱していると取られてしまったのだろうか。それにしても彼らの憤懣やる方ない様子は度が過ぎているような気もした。
だが、危険は刻一刻と迫っている。二人の剣幕に負ける訳にはいかなかった。僕が天井辺りにいる精霊達を指差し更に言い募ろうとすると、思い切り胸倉を掴み上げられた。
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