モブがモブであるために

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6.とりあえずYesと言ってしまうモブ日本人

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 悠悟さんの人の良さを全て台無しにしている目つきの悪さ。
 その謎は、意外と早くに解明した。
 巻き添えで電車を逃してしまったお詫びにお昼をご馳走すると言ってくれた悠悟さんに、俺が遠慮なくハンバーガーをリクエストして一緒に食べに行くことになった。聞けば悠悟さんも同じ駅が目的地だったらしい。ちなみに、俺は藤堂先輩と呼び改めたんだけど、悠悟さんのままがいいと言われたのでそのままだ。
 店に入ってどれにしようかとカウンターのメニューを浮き浮きで眺めている俺の隣で、悠悟さんがありえないほどメニューに顔を近づけた。同じものを見ていた俺の視界には、悠悟さんの艶やかな短髪の後頭部しか映らなくなった。

「あの、どうしたんですか、悠悟さん」
「……見えない」
「……もしかして……とても目が悪い?」

 こくん、と悠悟さんは頷いた。
 初対面の時もさっき会った時も、殺意を感じた凶悪な目力。それはもしかしなくても視力が弱くて顔をよく見るために目を凝らしていただけだったりする?
 元々濃いめの顔だから眉を顰めると迫力がすごいし、その顔から出てきた単語があんなのだったら誰だって誤解すると思う。……なんて損してる人なんだ。
 すっかり同情してしまった俺は、悠悟さんにわかりやすくメニューを読み上げて、二人でオーダーを終えるとすぐに用意されたトレイを持って席に移動した。
 両手を合わせて揚げたてのポテトを早速かじる。外側はカリッとした歯ごたえと刺激的な塩気。その中はほくほくとしてじゃがいもの旨味を感じる。立て続けに数本口に収めてから満を持してハンバーガーにかぶりつく。レタスのシャキシャキした歯応えのすぐ後に表れるビーフパティのどっしりした肉感。柔らかなバンズに染み込んだソースは甘辛く、二口目にやっと届いたピクルスの酸味、そしてまろやかなマヨのアクセント。一度コーラを流し込めば爽やかな炭酸が喉を刺し口中をさっぱりさせるも残る甘みに次のポテトが止まらない。まさにノンストップ甘辛スパイラルだ。一言で表すならそう、くっそうめぇ……!
 夢中で貪る俺を悠悟さんはしばらくあっけにとられて見ていたが、ふっと笑みを零した。強面だけど笑うと八重歯が覗いて幼くなる。
 またどこかにソースでもついてるだろうかと口元を念入りに拭うが、悠悟さんは依然としてにこにこだ。食べている姿をじっと眺められるというのはなかなかに恥ずかしいもので、抗議を込めて顎を引いて軽く睨みつけると、予想に反して悠悟さんが顔を近づけてきた。

Muy lindoとてもかわいい……顔、よく見えない、残念」

 どういうことだ。俺の口の周りが汚れているか確認したいけど、目が悪いから見えなくて残念ってことか。十七歳になって口周りの汚れ心配されてる俺やばくない? っていう懸念はあれど、それよりもまず。

「悠悟さん、その視力だと色々不便じゃないですか? メガネとかないんですか?」
「メガネほしい……日本語わからない、買えなかった」
 
 なるほど。メガネ屋の店員さんとのコミュニケーションが成立しなかったということか。無駄に顔面に迫力あるからな。店員さんも困惑したことだろう。

「それなら、これから一緒に行きませんか? 俺暇なんで付き合いますよ」
「本当?……ありがとう!」

 こうして食事を終えた俺達は一緒にメガネ屋へ行き、散々迷ってオーソドックスな黒縁眼鏡を選んだ。イケメンは何合わせても似合う恐ろしい生き物だった……。ついでにコンタクトも買ったから、全てが終わった頃には既に暗くなっていた。
 藍色の空の下、バス停から寮へ向かって一緒に歩きながら、俺達はすっかり打ち解けてボディランゲージを駆使して色々なことを話した。あれほど怖いと感じた悠悟さんの表情も随分穏やかになった。試しに装着しているコンタクトのお陰……だけではないと信じたい。

「蛍、今日は、ありがとう。楽しかった」
「いえ、こちらこそ! ごちそうさまでした。メガネ買えてよかったですね」

 悠悟さんは頷いた後、急に足を止めた。つられて俺も立ち止まる。何か言いたそうな悠悟さんを見上げて待っていると力強く肩を掴まれた。

「言葉、難しい。でも、蛍と、話すの、楽しい。幸せ。……私は、君をestuve buscando捜していたずっと。Creo que probablemente vine a Japón para conocerteきっと僕は君と出会うために日本に来たんだ

 感情が昂ぶってしまったのか、途中からスペイン語混じりになって言っていることはよく分からなかった。でも、悠悟さんが俺を好意的に感じてくれていることはしっかり伝わって、嬉しいような恥ずかしいような気持ちで顔を直視できず俯いてしまう。なんだか頬も熱くなってきた気がする。
 すると、俺の肩を掴む手に力が込められた。そろりと視線を上げると、揺るぎない悠悟さんの眼差しとバッチリ目が合ってしまった。吸い込まれそうな真摯な瞳から目を逸らせない。

Te quiero愛してる.Sin ti no seré yo君なしでは僕は僕でなくなってしまう.Te deseo君がほしいよ.¿Serás mía?僕のものになってくれる?

 やばい……。真剣に何かを聞かれている。しかし全くもって微塵も意味がわからない。
 え、なんて? とはとても言える雰囲気じゃない。よほど深刻な悩みなのか、悠悟さんの瞳は熱っぽく潤んでいる。せっかく仲良くなれたのに、信頼を裏切るわけにはいかない。何か、何か答えないと。

「はい? それとも……いいえ?」

 渡りに船とはまさにこのことで、必死に考える俺に悠悟さんが二択にして問い直してくれた。そうか、YesかNoで答える質問だったんだな。ならば正解は二分の一、運を天に任すしかあるまい……!

「は——」
「そこは慎重に答えた方がいいと思うぞ」

 言いかけた言葉は、思わぬ人物の登場によって遮られた。寮の灯りがやっと届くほどの場所で、最初その人の顔は薄闇に紛れてよく見えなかった。しかしゆっくりとこちらに近づいてくる人の顔が判別できるようになると、俺は驚き息を呑んだ。
 寮の食堂のいい匂いがここまで漂っている。まさに夕食時だ。出かけていた生徒が寮へ戻ってくる時間帯でもあるから、俺達以外の人がいるのは別に珍しいことじゃない。ただ、俺が驚いたのはその人物の意外性にだ。

「随分情熱的な口説き文句が聞こえると思ったら悠悟じゃねぇか。へぇ、あの堅物がねぇ」

 そう言って片頬を釣り上げたイケメンは、泣く子も黙る生徒会長様だった。
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