モブがモブであるために

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26.モブを森へお帰りさせてください

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 慌てふためく隊員達の声が聞こえたのか、

「残念だったな。情報は常に変化する。とりわけ不正によって得た情報は精査が必要だ。必ずしも正しいとは限らない」

 そう言って、篁先輩は教室のドアを開けようとしたらしい。しかしそこは先ほど鍵がかけられているからガタガタと鳴るだけで当然開かない。しばらく揺れていたドアがしん、と静かになった。風紀委員会で所持するマスターキーを取りに行ったのかもしれない。

「よし、今のうちにベランダ側から逃げるぞ」

 肩を寄せ合って篁魔王に怯えていた隊員達は、この隙にとばかりに窓側へ集まり、締め切っていたカーテンに手をかけた。いや待って、この状態の俺を放置して行かないでと助けを求める前にカーテンが引かれ、外の明るい陽の光が一気に教室内に差し込み目が眩む。ぎゅっと目を閉じた瞬間、高い音が響いた。ガラスの割れる音だ。そして次に、重い衝撃で何かがぶつかる音、隊員達のうめき声。
 やっと眩しさに慣れた目を開ければ、窓を突き破って入って来たらしい篁先輩が逃げ惑う隊員達の胸倉を片っ端から掴んでは投げ、掴んでは投げしているところだった。突然のハードボイルド展開に頭がついていかない。え……篁先輩が恐れられてたのってあのブリザード吹き付ける恐ろしさのせいじゃないの? 物理なの!?

「動くな! 動けば数多の親衛隊を壊滅させて来たこの拳が、お前達をも貫くぞ」

 篁先輩はよく通る声で、そう高らかにのたまった。俺まで震え上がってしまうような恐ろしい台詞を、ユパ様みたいに言わないでほしい。こんなユパ様はいやだ。
 途端に微動だにしなくなった隊員達をぐるりと一瞥し、篁先輩は小さくため息を吐いた。同時に、マスターキーを持って来たらしい風紀委員がドアを開けてなだれ込み、小難しい罪状を述べながら親衛隊員達をお縄にしていく。
 隊員の連行を他の委員に任せて篁先輩は俺を助けに来てくれたのだが、正面に回り込んでまじまじと俺を上から下まで眺めて固まったように動かなくなった。相変わらず表情筋が仕事をしていないので何を考えているかわからず怖い。一向に動く気配のない空気に耐えられなくなって

「助けに来ていただいて、ありがとうございました」

 とお礼を言って見上げれば、篁先輩が無言で俺の手を拘束していたネクタイを引きちぎった。そう、引きちぎった、ネクタイを。あのどう引っ張ってもほつれすら出ないようなネクタイを、引きちぎった。引きちぎった……!

 ゴリラか……!!

 その際に気づいたのだが、篁先輩は無表情のまま目を血走らせこめかみはひくひくと痙攣していた。何だかわからないが相当ご立腹のようだ。もたもたしていたらさらに機嫌を損ねるかもしれないと、俺は慌ててベルトを締め、ワイシャツのボタンを留めていた。俺まで拳で貫かれる未来は避けたい。しかし、

「待て」

 と冷ややかに言われ、ヒ、と変な声が出た。俺なんかやらかしました!? いや、風紀委員体験入会の身でこんなことになってる時点でやらかしてる自覚はありますけども!
 身を強張らせていると、篁先輩の指先が、つ、と先ほど口付けられた首の箇所に触れた。

「……これは何だ」

 もうほんとにね、漏らすかと思った……! 地の底を這うなんてもんじゃない、忿怒のあまり声は掠れろうそくの炎のように不穏に揺らいだ声。耳にしたら呪われるとか、そういう類の声だ。

「誰にやられた?」

 低い吐息(デス・ブレス)のような問いかけは小さく静かだったが、騒然としている教室内に一瞬で静けさをもたらした。連行されていた隊員達は恐怖のあまり無意識にだろう、一様に親衛隊長の方を向く。逃げ場はないと悟ったらしい隊長は一矢報いるつもりなのか、篁先輩に後ろから飛びかかった。死角で至近距離からの素早い攻撃だ、さすがの篁先輩といえども一発目は食らってしまうかもと思ったのだが、食らうどころか先輩は後ろも見ずにその攻撃を避け、振り返ると同時に殴ったのか、俺の動体視力では勝手に隊長の体が吹っ飛んでいったように見えた。
 精神と時の部屋で一体何年修行積んだんですか、篁先輩……。

 ぴくりとも動かなくなった隊長さんの安否が非常に気になるが、風紀委員が表情も変えず普通に背負って連行していったから多分大丈夫なのだろう。そう思わないと病みそう。
 急いで身支度を整えて椅子から立ち上がると、背を向けたままの篁先輩が言った。
 
「今朝私が言った言葉は忘れてくれ。近頃体を動かしていなかったからどうやら心まで腑抜けになっていたようだ。情けない姿を見せた」

 振り向いた篁先輩はひと暴れしたせいか、いつものきっちり整えた髪が分け目もわからないほど乱れていた。それを無造作に掻き上げながらゆっくり俺に近づく。

「大義など必要なかったのだ。私は私の大切な人を守るために風紀委員であり続けるだけだ。……どうか、俺に君を守らせてくれ」

 髪型のせいもあり、どこかあどけなく見える微笑みを浮かべて篁先輩は俺を抱きしめた。力強いけれど少し遠慮を感じる抱擁は、篁先輩らしいような、らしくないような不思議な感じがした。
 違うんだ篁先輩、そういう会話は今じゃない。

 とりあえず、その顔面の返り血を拭いてからにしてもらえますかっ!?
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