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05.海辺のデート

海辺のデート トモ&あけみさん編

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トモによりますと、最初に誘ったのはリャオさんらしい。
「日曜の夕方時間ある? たまには二人きりでご飯食べに行こうよ、おごるから」

その日、“あけみさん”は宜野湾のトモのアパートに車で迎えに来た。
ばっちりフルメイクしていた上にキレイめジーンズを着こなし、この秋のトレンドであるカーキ色のシャツワンピースを羽織っていたらしい。Tシャツに色あせたジーンズ、運動靴を履いていたトモはリャオさんの姿を見て、彼女、いや、彼に釣り合うよう、かりゆしシャツとスラックスそして革靴姿に着替え直した。

イーアスのステーキハウスでリャオさんはトモに、一番安いステーキのコースメニューをおごった。リャオさんも同じメニューだったらしい。そして彼女は、いや、彼は、とつとつと東京での出来事をしゃべり出したのだ。

リャオさんは高校卒業後上京し、とある大手企業の事務職についていた、もちろん当時は男性として。職場の保守的な上司数名がめざとくリャオさんが中国人であることに気づいた。何かにつけて辛く当たられ、リャオさんはYシャツを着るとじんましんを起こすようになった。
彼は生きる道を変えた。派遣で外資系の事務職員として昼はラフな格好で働き、夜は歌舞伎町で水商売をした。中国語を喋れるとあって、かなり手広く客をさばいていたらしい。トモが説明してくれた。
「当時かなり稼いでいたらしいです。でも、どこか空しさがあったんでしょうね。それで、ある日 “あけみさん” の姿で教会へ行ったそうです。最初は英語でゴスペルを賛美して楽しかったみたいですが、男性とわかると態度を変えたらしいんです」

その教会はトモが言うには、残念ながら教会ではなかった。新興宗教といった方が良いかもしれない。
たとえば旧約聖書「申命記」第22章 05節を見てみよう。
“女は男の着物を着てはならない。また男は女の着物を着てはならない。あなたの神、主はそのような事をする者を忌みきらわれるからである。”
さらに新約聖書「コリントの信徒への手紙1」第6章9-10節にはこんな言葉がある。
“それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。 ”

ノンクリスチャンでもわかる。聖書から引用を行う際は十分注意が必要だって。
だけど、世の中には、聖書の教えを掲げるといいつつ「行き過ぎて」振り回す人々がいる。
自分なりにどうにか人生の活路を見いだしたいと思ったリャオさんに、教会員らが振りかざした「引用句」は割れたガラスのように刺さった。神様イコール自分を作った存在が、天国に近付くな、と怒鳴り散らしているように感じた。そして何度目かの訪問の後、彼は教会に捨て台詞を言って去った。
「教会の看板に書いてますね。“疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。マタイによる福音書第11章28節”って。本当に、とんだ休憩所だったわ! あ、そうそう、念のため言っとくけど。私、男色してない、まだ童貞なんだからね!」

リャオさんの話を聴き終えたトモは、リャオさんの想像をはるかに超えて怒りをあらわにした。神様の言葉を都合良く振り回す“自称”教会を、トモは許せなかった。彼はまくし立てた。
「みことばがこう言っているから、とばかりに弱者を打ちのめすなんて、クリスチャンの風上にも置けないです! そのような行為を一番嫌うのは、ほかならぬイエスキリストです! リャオ、それはどこの教会ですか? 私が抗議文書いて送りつけてやります!」
リャオさんはびっくりして、逆にトモをなだめたらしい。
「トモ、そんなに怒らなくてもいいよ。確かにあの時から、私は神様や教会に対して不信感が拭えずにいるけどさ」
だけどトモの怒りは収まらなかった。
「リャオ、これは重大な犯罪です。カミングアウトした求道者を教会員がこぞってアウティングするなんて! それも、主なる神の御名で! 一歩間違えば、教会による殺人事件に発展しかねないくらい、重大な犯罪です!」
そして、トモは怒りに震えながら、そして誠実さをもってリャオさんに謝罪した。
「リャオ、ごめんなさい。せっかく教会を訪ねてくれたのに。神様の言葉を聞こうとしてくれたのに。逆にリャオを傷つけることになってしまって。まして、不信感まで植え付けてしまって。本当にごめんなさい!」

もしそのとき、ステーキハウスに居合わせて端からこの二人を見てたら、きっと、美男美女のカップルが喧嘩の埋め合わせをしている、と思ったに違いない。少なくともリャオさんはそういう店の空気を感じた。そして、トモに言った。
「あのさ、ちょっと店、変えようか」

支払いを終え、二人は外へ出た。既に外灯が点いていた。リャオさんは泣いていたようだった。近くのビーチを眺めながらしばらく歩いた。そしてリャオさんはトモの耳元でつぶやいた。
「私が女性だったら、トモに抱きついてキスするんだけどな」

「あははは!」
あたしは大声で笑った。
「せっかくのキス、もらっときゃよかったのに」
「笑い事じゃ無いですよ!」
トモはむくれている。
「あの時は全身の毛が逆立ちました。思い出すと今も、ぞっとします」
トモの言葉に、あたしはお腹を押さえてヒーヒー笑った。トモはずっとむくれていたが、あたしの様子を見て逆に呆れた顔でぼそっと言った。
「そんなにおかしいですか? ま、いいです。サーコの笑顔が見れたから」

あたしたちは水族館を出て、身の丈に合ったA&Wのハンバーガーをテイクアウトした。そのまま外へ出た。海が見える。
「今日は暗くなるから、もう帰りましょう。来月、また、ここでいいですか?」
あたしはニッコリ頷いた。そして二人はまた、バイクにまたがり北へ走らせた。
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