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06.バレンタインデー

サーコ、出会いの頃を思い出す

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今回もサーコのモノローグです。
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冬休み明け早々、担任の先生からトモの件で再び呼び出しを受けました。やはり制服でバイクの後部座席というのは、あまりよろしくないようです。
が、あたしが休み明けの英語テストに筆記体で回答しましたので(点数も良かった)、英語主任の先生からたいそうお褒めの言葉をいただきました。誰から教わったのかと尋ねられたので、バイクの主であるボランティア家庭教師さんと答えましたら、めでたく無罪放免となりました。

そうなんです。トモは筆記体を使う人です。
日本もそうですが、韓国でも平成生まれ世代は学校現場で筆記体を使うことはもうありません。みんなブロック体。
なぜトモが筆記体を使うのかと言いますと、高校生の時、彼は全寮制ミッションスクールですが、英語の先生からこう言われたんだって。
「君が宣教師になったら世界中の人々と手紙のやり取りをするだろう。筆記体で書かれた手紙を受け取って、読めなかったらどうする?」
それで彼は筆記体をマスターしました。今じゃ英語のメモ書きは全部筆記体です。あたしにも遠慮なく筆記体で色々書いてきます。だから、覚えざるを得ないのですよ。

さてさて、バレンタインデーの季節がやってきました。元々はキリスト教の行事ですよね?
「諸説ありますけど、聖バレンタインの殉教日とされるのが一般的ですね。古代ローマで兵士達の結婚を時のローマ皇帝が禁止した、しかしバレンタイン司教が内緒で結婚式を執り行った。だからローマ皇帝が処刑した、と」
「で、トモは今までチョコレートもらったことあるの?」
そしたら、彼は首を振った。
「ないです。義理ばっかり」
ええ? 本当に? こんなイケメンが? だって、あなたコン・ユのそっくりさんじゃない!
「サーコに褒めてもらえるのはありがたいですが、本当にないです」
義理と思ってて実は本命が混じっていたとか?
「韓国は、本命チョコはすぐわかります。でかいので」
トモ曰く。韓国のバレンタインはラッピングが大袈裟なんですって。だから、本命チョコはそれだとわかるらしい。でも、どうして、コン・ユそっくりで性格もわるくないトモが、本命チョコをもらってなかったんだろう?

ちょっと考えて、わかった。
あれは、まだトモやリャオさんと知り合って間もない頃。あたしはまだ風俗のバイトをしていた。客のカマキリからストーキングされるのが怖くて、あたしはバイト帰りによく牧志の事務所の1階に当時あった喫茶店“聴きまスポット”に逃げこんだものだ。
当時は感染症騒動で、喫茶店といってもお客は限りなくゼロ。それでもトモがそこにいたのは、当時日本や諸外国で流行りだった宣教のやり方を取り込んでみたかったから、らしい。「聞き屋 キリスト教」で検索すれば今でもヒットするのだが、すなわち「傾聴」に重きを置く宣教方法だ。とにかく客の話を聞く。聞いて、聞いて、そうすることで相手の心を開く。韓国の心理学科を卒業したトモは、日本でとにかく臨床心理士のまねごとをしてみたくて仕方がなかったのだ。
でも、店にやってきたのは高校一年生の、いや、まだ入学式を迎えてすらいないストーキングされている女の子だった。それでもトモは自分のところに「迷える子羊」がやってきた、と本気で喜んだ。

あれは来店して何回目かの頃。今回も宣教攻撃でカマキリを無事追っ払ったあと、彼は本棚から何か持ってきてあたしの前に置いた。
「一応、宣教師の卵なので」
手に取ってみる。新約聖書だ。あまり好きではないが、自分を助けてくれた人をむげにはできない。とりあえず開いてみる、でも、やっぱり読む気にはならない。
トモはあたしをじっと見ていたが、やがて呟いた。
「やっぱり、うまくいかないものですね、やり方変えなくちゃ」
再び立ち上がり今度はカウンターへ向かった。
「何か飲みますか? この店、もう閉店ですからお金はいいです」
投げやりともとれる発言に、あたしは吹き出してしまった。トモはノンカフェインのハーブティーを淹れてくると、テーブルにある二つのコップに注いだ。
「リャオにも言われたんです。あんた宣教宣教って無理強いして聖書を薦めといて何が神の愛だよ、馬鹿じゃないのかって」
そして、こちらを向いて呟いた。
「じゃあ、私、どうしたらいいんでしょうね?」
端正な顔にミスマッチな言葉の調子と仕草がどこかユーモラスで、あたしはくすくす笑った。マスクを取ってハーブティーをいただく。ほんのり甘い味がする。隣でトモはしゃべり続ける。
「私は正しいことをしているつもりなんです。神様を信じればみんな幸せになる、そう聖書に書いてある。それなのに、誰も神様の話を聞こうとしない。そしたら、とあるクリスチャン達は『だから終末は近いんだ』なんてこと言ったりする。そんなこと言ったら普通の人、どう感じます? この世はもうおしまいだ、じゃ、好き勝手したほうがいい、そう考えちゃうでしょ? そしたら神様の愛とは全然反対なことをするでしょ?」
トモはフェイスシールドを外してハーブティーをごくごく喉に流し込むと、ため息をつく
「結局、私のしていることは徒労かもしれない。でも、たまにこうやって人助けみたいなことをすることもある。それでいいのかもしれませんけどね」
そして、あたしを見て顔を赤らめて言った。
「すみません、かわいい女の子をみるとつい喋りすぎちゃって」
あたしはぷっと吹き出し、声を立てて笑ってしまった。トモもこちらを見て微笑んだ。
店の奥がガタンと鳴ってリャオさんが顔を覗かせる。
「遅くなってごめん。あんた達、楽しそうね。何話してたの?」
トモがあわててフェイスシールドを被り直し、こちらを向くと空咳をして言った。
「この世の悪とどう闘うかって話をしました、ね?」
それを聞いたあたしはたまらずまた笑い転げたものだ。

そうだ、そうだよ。トモとリャオさんのお見舞いに行ったときに聞いたよ、日本語学校のクラスメートに聖書配りまくってたって。そんなんじゃ彼女なんかできるわけがない。聖書の話になるとトモはすぐムキになるから、たまーにあたしも疲れるなーって思う。でも、彼、いい人なんですよ。って、宣教師なんだから当たり前ですよね?

話が横にそれました。
さあ、バレンタインデーをどうするか。やっぱり手作り?
もう一つ。トモにあげるのは当然として、もうお一人は? あのお方はオネエさんですが、トモだけにチョコあげたら、すねそうな気もする。あげることにしよう。
ところで今年のバレンタインデーは日曜日なのです。トモは礼拝だ。チョコ取りにわざわざ那覇まで来てもらうのは気がひける。じゃあ、前日に渡しちゃおうかな。
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