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28.予想外の来客

恐怖のプレゼント

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約束当日となりました。リャオのモノローグへ切り替わります。
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ええ、ええ、わかってます。私、今月30歳になります。これ以上どうか何も言わないで下さい。

それにしても、どうして皆さん揃いも揃って結婚話に花を咲かせるんでしょうか?
「彼女いるんですよね?」
いません! 彼女は彼女じゃない! おや、日本語の表現が変だ。
えーっと、それは私みたいにクロスドレッサーな意味ではなくて、サーコにはちゃんとトモという彼氏がいます。そして彼女は私を男性とは見なしていないんですよ。
私、自分が男性か女性か、というより、場に応じて使い分けているから。サーコも私がどう使い分けているか、ちゃんと見た上で接してくれている。
こんな得がたい人材はない。だから、大切にしたいんです。友人と思ってくれるならそれで十分なんです。お願い、そっとしておいて。

テレワーク終わらせて軽くランチを済ませた。マッサージの前なので今日は軽めにざるそば。
私、ざるそば好きです。基本的に和食大好き人間です。ラーメンも好き。あれ和食だよね、そうでしょ? それにしても、冷やし中華って、栄養バランスはいいんだろうけどあのネーミングはいただけないわ。
よし。そろそろ一時だな。首を回してみる。最近、首や肩が凝っているのも事実だしね。

コツコツコツ。玄関をノックする音がする。
ムームー姿のまま玄関へ出てスコープから確認する。サーコだ。チェーンを外して中へ案内する。紺のポロシャツにランニングのズボン、まるでマッサージ店の店員みたいな格好してるよ。大きなスポーツバッグまで背負ってる。中へ案内します。
「何持ってきたの?」
サーコがバッグを開ける。グレープシードオイル、手の平サイズのとげとげした柔らかめのボール数個 (これ百円ショップでよく見るわね)、洗面器二つ、そして、CMで見覚えのある電動マッサージ器具。
「あんたよくこんなの持ってたわね?」
「退院してから母が肩こりすごくて。あたしがよく当ててあげてます。お客様のコンセントをお借りしてもよろしいでしょうか?」
ご丁寧にサーコは延長コードまで持ってきてた。あらまあ。延長コードくらいここにあるのに。
「ベッドでの施術となります。上脱いでうつぶせでお待ち下さい。あの、蒸しタオルをご用意したいので、タオルとレンジをお借りします」
すごいな。こりゃセミプロだよ。
「ああ、忘れていました。お客様、エッセンシャルオイルお持ちですか?」
「ラベンダーならあるよ。使う?」
「はい、お預かりしまーす」
サーコが蒸しタオルを用意している間、私はまずベッドに大きめのバスタオルを敷き、その上で上半身を脱いで、言われたとおりベッドにうつぶせになった。

「お客様、失礼いたします」
寝室へ来たサーコがベッドサイドの椅子に座って蒸しタオルを広げている。
「ちょっと熱いですよ」
ラベンダーの香りのする蒸しタオルが2枚、首から肩、背中と腰にかけて置かれる。ちょうどいい温度だ。お主、やるな。
「では、首からタオルで拭き取って、オイルつけていきますね」
サーコはタオルをさっさと取ってこちらの身体を拭い、慣れた手つきでグレープシードオイルを両手に広げ、首からまんべんなく広げ始めた。想像より遙かに上手い。ホントにセミプロ級だ。
「お客様すごく凝っていらっしゃいますねー」
そう言って百均のボールを転がし始めた。あ、これ気持ち良いじゃない。次に例の器具を持ち出して首から順序よく当てていく。うわあ。世間的に言えば丁度お昼寝の時間だ。気持ちよすぎて眠くなってきた。
……ええ、多分、あれから、15分は寝ていたと思います。サーコに確認してないけど、起きたとき鼻の辺りがむずがゆかったから、たぶん、いびき掻いてた。
「お客様、あの、上半身終わりました。お疲れ様でした。あまりやりすぎますと、もみ返しがひどいので終了しますね」
サーコに肩を叩かれて起きた。うん、上手だった。
「追加で膝から下、足裏コースもございます。どうなさいますか?」
是非、追加お願いします。なにか支払う必要ある?
「うーん、そうですね。今度、あけみさんとパルコ行きたいです。最近お出かけしてないので」
了解です。まさかサーコから誘われるとは思わなかった。
「なんでしたら、あたしが運転してあけみさん助手席で」
それは怖い! あんた免許取ってまだ4ヶ月じゃない! ご遠慮もうしあげます!

サーコは私が脱いだムームーを持ってきて尋ねる。
「オイルはタオルでお拭きになりますか? その間に蒸しタオルご用意します」
「じゃ、自分でタオルで拭いて、一枚羽織るわ」
私はそう言ってムームーをもう一度着る。
「お待たせしました。では、膝下いきますね。うつぶせてお願いします」
「はーい」

私はすこしムームーの裾を持ち上げ気味にして再びベッドに横たわる。先ほどと同じように蒸しタオルを、膝からふくらはぎ、そして、足全体を包むようにして置いていく。やっぱり上手いねぇ。サーコはオイルを膝からまんべんなく広げる。
「お客様、膝裏が少々固いですよ」
すぐに器具で押さえにかかってる。ちょっと痛い、少なくとも優雅に寝ては居られない。
「少し我慢してもらえますか? 終わったら脚全体が軽くなりますので」
痛い、痛いけど、確かに効く気はする。両方のふくらはぎが終わり、サーコは右足を包んだタオルを取ってオイルの準備をした。
「えー、では、足裏始めますね。これは、覚悟して下さい」
……え?
「せーの」
突如、激痛が走った。あが、い、痛い! 痛い! ちょ、ちょっとサーコ!
「あの、これはお酒の飲み過ぎだと思います。よいしょ、これが小腸と、膀胱と、尿管と……」
サーコが足裏をゲンコでがんがん押している。痛い! 痛いけど、いつの間にか彼女が両太ももにどっかり腰掛けていて、脚が全く動かない。
「お客さん、暴れないで下さいよ。手元が狂いますから」
暴れるなって、こんな激痛食らわせるって、あんた握力どんだけあるのよ?!
「この分じゃ左足も痛いですよー。せーの」
あ、あ、お願い、左足の指をぎゅーぎゅー引っ張ってバキバキ音を鳴らすの止めて下さい。と、て、も、痛いです。
「あまりに痛いようでしたら、キャンセルなさいますか?」
そ、そうしたいです。痛さでもう頭が焦げ付きそう。
「えーっと、キャンセル料、今月の借金返済金の1万円を帳消しってことで、いかがでしょう?」
……はあ?
「あ、キャンセルはなしと。では、引き続き遠慮無く。小腸と、膀胱と、尿管……」
あが、い、い、痛い! わかった、わかった、キャンセルします!
「はーい、承りました-。では、お客様起きて下さいね」
彼女がやっと太ももから離れた。ああ、生きた心地がしなかった。サーコはさっさと器具をバッグに片付けて帰り支度をしている。
「お借りしたタオルはまとめてこちらに置きますので。今回は誠にありがとうございました」
こちらにピョコンと頭を下げた。私はまだ痛みの衝撃が残ってくらくらする。してやられた。今月分の借金棒引きにしてしまった。
「最後に、お客様へスタッフからささやかなプレゼントを差し上げます」
いや、いいよ。痛いのはもう勘弁です。敗北感が大きすぎる。お友達とディナーでしょ? 今日はさっさと帰っていいから。
「プレゼントは、痛くないですよ」
そういうとサーコは私の左側に来た。一瞬だけ、頬に柔らかなものが触れた。え? ええ?

「では本日は失礼しまーす。また明日、お弁当おねがいしまーす」
サーコはそう言ってバッグを抱えて玄関からすたすた立ち去っていった。

今の、何?
私は左手を、左頬へ当てた。心臓がばくばく言ってる。幻じゃない。確かに、彼女は一瞬だけ、ここに唇を押しつけて帰って行った。
確かに韓国で一回、キスもらった。でも、今回はどうして? 借金棒引きしたから?
ちょっと考える。
一万円でキスくれるんだったら、毎月の返済、全部クリアにしちゃおうかな。でも、それは長期的に見て彼女の為にはならないね?

今、気がついた。ドレッサーにメッセージカードが置かれている。

――お誕生日おめでとうございます。
  あけみさんは、あたしにとって永遠のファッションリーダーです。
  素敵な30歳に乾杯!  麻子より――

サーコ、ありがとう。
「素敵な30歳」
うん、いい響きだな。前向きに生きれる気がする。
ただ、あきお君のことについて特に何も触れられていないんだけど。まあ、それでも良しとするか。こちらのリクエストに応えて、週末は泊まるようになったんだから。キスもくれたし。

私はカードをラベンダーのエッセンシャルオイルと一緒に、ドレッサーの引き出しにそっとしまいこんだ。
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