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Part4 Starting Over

Chapter_01.Air Mail(6)3枚目の便箋

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At Nishihara Town, Okinawa; 3:50PM JST January 24, 2001.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
勉君からの手紙を読み終え、多恵子はある決意をします。

そして、あたしは三枚目の便箋をめくった。

I'm sorry but I have to tell you some bad news:
(とても言いづらいけど、いくつか悪いニュースがあるんだ)

my right leg won't recover in the shape as it used to be.
(僕の右足はもう元にはもどらない)


……え? どういうこと?


I know this for certain because I'm professional in these filed.
(僕はこの分野のプロフェッショナルだ。だから、とてもよくわかる)

I have a heavy compound fracture below my right knee:
(僕は右膝から下にひどい複雑骨折を抱えている)

It could escape amputation miraculously.
(なんとか切断だけは奇跡的に免れたけど)

My right knee joint barely can move, but it won't stretch and bent be completely, and will remain that way. 
(僕の右膝は、かろうじて動くことは動く。でも、この先治療を続けたところで、きちんと曲げ伸ばしすることはほとんど困難だろう)

Taeko, you are a nurse.
(多恵子、君は看護師だ)

You can easily image I won't be able to walk without crutches in the future.
(僕がこの先ずっと松葉杖なしには歩けないってことくらい、容易に想像できるだろ?)


思わず、あたしは口元を両手で押さえた。震えが、止まらなかった。
目線はなおも手紙の文章を追いかけている。


I've lost my confidence in being a doctor: It's really tough.
(僕は医者でいつづける自信がない。本当にしんどい仕事だから)

Do you think our hospital will still hire me?
(第一、サザンがこんな状態の僕をずっと雇ってくれると思うかい?)

You know there are so many things I can't do!
(僕にはできないことが多すぎる。わかるよね?)

I can't carry heavy things, I can't stand all the way, and I can't do any operations that take a long time.
(重い荷物は持てないし、立ち続けることも無理だし、長時間のオペにも携われない)


目の前が、ぼおっと霞んで、熱いものが頬を流れ落ちた。
あたしは、よく知っている。自分がオペ看だったから。勉がどんなにオペ好きで、だけど、それがどれだけ精神的にも体力的にも厳しさを要求される仕事かを。まして、松葉杖をつく人間がメスを握った話など、それまで一度も聞いたことがなかった。


But, I wish I could tell my experiences to our staff.
(だけど、僕はこの経験をスタッフのみんなと分かち合いたいと思ってるんだ)

It'll contribute toward overcoming difficulties, and this will benefit both of us.
(それは、押し寄せるさまざまな困難に対する提言になりうるし、僕にとってもスタッフにとっても、きっといい財産になる)

Now I really understand what our patients want to do and what they hope for us.
(僕には今、患者さんたちが何を思い何を望んでいるかが、本当に良くわかる)

I really want to be someone who can foster a mutual understanding between patients and the medical staff.
(だから僕は、患者さんたちと医療スタッフとの相互理解をはぐくむ立場の人間になりたい)


Whether I'll be a doctor or not, would you marry me?
(たとえ医者であり続けても、そうでなくても、僕と結婚してくれる?)

I'll never change my mind forever. Trust me!
(僕の気持ちは永遠に変わらない。信じて!)

Full of love from the bottom of my heart,
(心の底からありったけの愛を込めて)

Tsutomu Uema
(上間 勉)

P.S. Please say hello to your family.
(追伸、君のご家族によろしく)


あたしは、泣いた。泣かずにはいられなかった。声を張り上げて、何度も彼の名を叫んだ。
遠いアメリカで、たった一人で、動かない右足と闘いながらリハビリをしているであろう勉の姿を思い描くと、胸が押しつぶされそうだった。

どれくらい、時が経っただろう?
気かつくと、早い冬の夕暮れが訪れていた。
不意に、あたしは自分のお腹に手を当てた。
まだ確信が持てるわけではない。だが、年が明けてからというもの、あたしは食事をあまり取れなくなっていたし、胸が張るような感覚が続いている。

ひょっとすると、子供が、いるのかもしれない。
ありえない話ではない。ロサンゼルス最後の日、あたしは勉にこう言われたではないか。
「まさか、とは思うんだけど。もし、もしも、多恵子が妊娠とかした場合は、俺、きちんと責任とるから。何かあったら一人で悩まないで必ず連絡して。わかった?」

だけど、心の中に、もう一人の冷静なあたしがいた。
勉は現在、一種のうつ状態だ。今、このことを彼に話すと、逆に彼を追い込みかねない。

あたしは、決意した。
あたしが勉を支えよう。勉の分まで働こう。
勤務医にはとてもかなわないけど、看護師の給料でも、夜勤を増やせばなんとか二人で暮らせる。
子供の件は、彼には黙っていよう。いや、周りにも。誰かに話したら、噂は広まってアメリカの勉の耳に入ってしまう。今は彼に、リハビリに打ち込んでもらいたい。
全てが明らかになって、もしも、もしも反対されたら、そのときは、一人で育てよう。
あたしも、闘おう!

あたしは階段を駆け降りた。
「どうだったね、あれ、多恵子?」
「病院へ行ってきます!」
お母の声を振り切り、不思議そうにこちらを向くゴンゾーを無視して、あたしは車に乗り込んだ。勉から譲ってもらったミラパルコだ。
ふと、勉があたしに笑いかけてくれている気がした。あたしはエンジンを掛け、一目散にサザンへと走らせた。
次章へTo be continued.
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