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Part4 Starting Over

Chapter_02.行逢りば兄弟(いちゃりばちょーでー)(1)世界の縮図が繋がる瞬間~加害者との対峙

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At UCLA, Westwood, Los Angeles, California; January 31, 2001.
At UCLA, Westwood, Los Angeles, California; February 2, 2001.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
しばらく勉君のモノローグです。

ある日、僕の病室に、小さな花束を持った痩せた黒人系の女性がやってきた。
話を聞くと、加害者の母親らしい。ミシガン州のフリントという町からやってきた、と彼女は語った。ミシガン州といえばアメリカ北東部にある五大湖に接した州だ。ここカリフォルニア州から直線距離で優に三〇〇〇㎞は離れている。冬場の気温は氷点下になり、雪が降る。沖縄生まれの僕なんぞには一生暮らせないところだ。
息子がここカリフォルニア州で事故を起こしたと家に連絡があった、事情徴収のため今から警察に行くと言っていた。僕の手を取る手には深いしわが刻み込まれ、その顔は深い悲しみと憂いとが入り混じっていた。

“I'm awfully sorry. I have no words to apologize to you.”
(本当にごめんなさい。何とお詫びを申し上げれば良いのか)

言葉少なくそう語ると、彼女は病室を出て、二度と戻ってこなかった。

当時、僕はフリントのことをよく知らなかった。が、翌年になって僕の記憶を蘇らせる映画が公開された。“Bowling for Columbine”という、アメリカの銃社会に鋭く切り込んだドキュメンタリー映画だ。この映画を撮った監督のMichael Mooreは後に“Fahrenheit 9/11”(『華氏911』)という映画を発表し、大統領の再選こそ阻止できなかったものの、世界的にその名をしらしめた。
そのマイケル・ムーアが、実はフリントの出身なのだ。彼の映画には幾度となくこの町が映し出される。荒涼とした陰気な町という印象を僕は拭い去ることができない。観光地でもなく、教育機関も高校までしかない。若者が就職できる企業すら存在しないこの町は、当然のことながら失業率が高く、ニートのような若者が町中をたむろしている。また若者たちのほとんどは、被差別側に属する人種でもある。
失業率を減らすために、町は若者に軍隊に入ることを奨励し、軍隊に入れない者たちへは別の就職先を斡旋する。この町ではなく、遠く離れた別の町へ。汗水流して働いて得たはずの賃金は往復のバス代へと消えていき、手元には僅かな金額しか残らない。
マイケル・ムーアは自らの故郷を映し出すことで、夢の国アメリカの暗部である低所得者層と貧困層の姿を鋭く描き出したのだ。

しかし、僕はここで、さらにもう一言つけ加えなくてはならない。
軍隊に入った若者が、国益という美名の下、イラクやアフガニスタンに送り出されていること。
彼らが‘敵地’へ向かう前に軍事訓練を受ける主要地が、僕の故郷・沖縄だということ。
そして、アメリカで被差別者として屈辱を受け続けた彼らの無念さと、敵地で死ぬかもしれないという狂気の矛先が、同じ差別される側に立つ黄色人種である沖縄の人々へ、とりわけ女性や子供たちといった弱者に向けられてしまっている、ということを。

全ての構図が、僕の中で繋がった。
あの事故の責任を問いただす相手もまた、グローバリゼーションという名の悲劇の被害者だ。そして、思いがけず舞台に登場することになった僕は、悲劇の加害者側である白人の血を引く存在でもあるのだ。
アメリカの現実をいやおうもなく面前に突きつけられ、僕はただ目頭を押さえることしかできなかった。

それから二日ほど経ったある夕方のこと。FrankとAlが廊下の向こうから走ってきて、リハビリルームから病室へ戻ろうとする僕の行く手を遮り、こうまくし立てた。

 “Tom, we caught the guy who did this to you!”
(トム、お訊ね者を捕まえたぞ!)

“What?!”
(何だって?)

何? お尋ね者を捕まえた、だと?

 “Come on. Hurry up!”
(こいよ、急げ!)

そう言うが否や彼らは後ろに回り、車椅子を押しながらものすごい勢いで廊下を走り出すではないか! 車椅子の中で僕は何度も飛び跳ね、前方へ落ちそうになった。僕は必死で車椅子にしがみつきながら、叫んだ。
「うわわわ、や、やめろー! Al, Flank, stop! please!」
僕の制止も聞かずに、二人はMedicalCenterのビルの端っこまで走りとおした。ようやくエレベーターの前で車椅子を止め、顔を見合わせると、ニヤニヤ笑い出した。

気味悪いぞ。此達くったーぬーたくどーが?

エレベータは地下二階で止まった。ずっと前に述べたように、MedicalCenterはいくつかのビルが繋がりあって複雑なつくりをしていて、僕はよく迷子になったものだ。たしか、ここから先は倉庫室……たぶん、そう。アルはとある部屋の扉をノックした。

“We made it. Open the door, Roy!”
(ようやくたどり着いたな。ドアを開けろ、ロイ!)

ドアが開いた。薄暗い部屋の中で、白衣を着たロイが気難しい顔をして腕組みした手を外し、右手で眼鏡を直しながら車椅子の僕を見下ろしている。

“Hey there, Tom.”
(やあ、トム)

……ぬーが “Hey there, Tom.”? いゃーとー、今先きっさ行逢いちゃたしぇー?
憮然とする僕にロイがゆっくり言葉をつないだ。

“We'd like to introduce you to someone.”
(ご紹介するよ)

突然、倉庫の照明が一斉についた。あまりの眩しさに一瞬、目を閉じ、ゆっくりと瞼をひらいた。
僕の目線の先、部屋の真ん中に、なにやら大きな布をかけて、縄でぐるぐる巻きに縛られ‘加害者Perpetrator’ と書かれた物体がある。例の男だろうか? その割には、身動き一つしない。

アルが縄を解いて、布を引っ張った。僕は呆気に取られた。
それは、ケンタッキーフライドチキンの店先に置いてあるカーネル・サンダースそっくりな人形だった。珍しい。久々に見たぞ。日本と違って、アメリカでカーネル人形を置いている店舗は限られているはず。それにしても、どこから持ってきたんだ? 感心する僕を尻目に、アルが人形にペッと唾を吐いた。

“You bastard! We’re gonna make you pay!”
(この野郎、こらしめてやる)

他の二人もつづいて、唾を吐く。

“You piece of trash! Hurry up and apologize to him!”
(くずめ、さっさと謝れ!)

“Why won’t you speak up, you jerk? Say something!”
(なんで黙ってるこん畜生! 少しは何か言えよ)

こ、こいつら、正気か? 気でも狂ったんじゃないのか? ぼんやりしている僕に、ロイが声を掛けた。

“Tom, you have something you want to say, don’t you?”
(トム、お前もこいつに言いたいことあるだろ?)

その一言で、気がついた。
これは、心理学に基づいて三人が僕のために仕組んだ芝居なのだ。僕の中に渦巻く恨みつらみを吐き出させ、客観化し、清算する、そのための芝居なのだ。
彼らの友情へ応えるため、僕も芝居に乗らなくては。
僕は三人に尋ねた。

“I want to tell him off in my native language. Is that okay?”
(こいつには自分の言葉で言ってやりたい。いいかな?)

“Of course!”
(もちろんさ!)

もっともだ、という顔で彼らが頷く。僕は車椅子をカーネル人形の元へ寄せた。深呼吸し、思いっきり睨みつけ、叫んだ。
くるさりんどー、ぬひゃー!」
一旦口火を切ると、後から後から犯人への憎悪が増幅した。彼らがしたように、僕も人形に唾を吐いた。
「べーるひゃー。わじわじーっし、ならんさ。ぬフラーよ、たーいゃーぐとーあたびちんかいくるさりーどぅすみ?」
ぶち切れた僕は持っていたタオルで人形をバシバシ叩きつけ、次から次へと沖縄語うちなーぐちで悪口を言いたてた。
かーぎーっしポッテカスーが。目悪みーわるー禿頭はぎちぶるー。とっとろー。ぐ、くゎーさりーんどー!」
そして、最後にもう一度ペッと唾を吐き、僕は自分のことを棚にあげて、叫んだ。
ぬ、ぷーひやー!」

言うだけ言って僕が息をつくと、周りからどっと嵐のような笑い声が起こった。

“Ha, ha, ha! That's funny !”
(あはは、こっけいだぜ!)

アルもフランクもロイも、腹を抱えて笑っている。どうやら、彼ら欧米圏の人間の耳には、僕の沖縄語うちなーぐちが奇妙に響いたらしい。そう考えると、僕にもおかしさがこみ上げてきた。
「……ぷっ! くっくっくっ、……あはははは!」
僕も彼らと共に、弾けたように大声で笑った。しばらく笑い続けたあと、四人でカーネル人形を囲んでフライドチキンを広げ、バドワイザーを開け友情に乾杯した。
久々に傾けたビールは、なかなか、いい味だった。
((2)へつづく)
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