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Part4 Starting Over
Chapter_02.行逢りば兄弟(いちゃりばちょーでー)(2)ロサンゼルスでのゆびきりげんまん
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At UCLA, Westwood, Los Angeles, California; February 12 and 13,2001.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
二月初旬、沖縄に戻ることが正式に決まった。UCLAで治療を続けると莫大な費用がかかる。加えて僕は、自動車事故で前方に右膝を打ちつけていたため(正確には車体がひしゃげて僕の右膝を直撃したのだが)靭帯損傷を起こしていて、日本のしかるべき医療機関で内視鏡手術を受ける必要があった。
今のままだと僕の右膝はあまり曲がらないままだ。あまり予後がよくないとされる手術だが、ドイツ帰りでオペ経験の豊富なサザンの有馬美樹先生になら、僕を託せると判断した。
朝五時。日本時間では夜十時をまわったところだ。病棟の公衆電話から久々に、サザンの美樹先生に電話を掛けた。この時間なら一日のroutine workを終えて、ほっと一息入れていらっしゃる頃だろう。
「美樹先生、おはようございます」
「あら、上間先生。お元気そうね?」
変わらない、凛とした声が耳元で響いた。
「内視鏡手術の件ですね? Dr. Caldwellから詳細はお聞きしました。実際に診てみないと最終判断はできないけど、なんとか自力で起立姿勢を保持できるようにはしてあげられると思います」
僕は美樹先生の言葉を反芻した。自力で起立姿勢さえ保持できれば、復職も夢ではなくなる。あわよくば、再び執刀するチャンスだって。
「十五日に帰ります。那覇空港からそちらにそのまま転院します。よろしくお願いします」
「ええ、こちらも優秀な若手ができたの。上間先生もよくご存知の方よ」
……若手だって? 誰だ?
問いかけようとしたら、先回りされてしまった。
「バレンタイン・デーの秘密ってことにしておくわね? それで、帰国の件、多恵子ちゃんには連絡したの?」
「いえ、まだ」
僕は口ごもった。あの事故に巻き込まれて以来、僕はほとんど病室とリハビリルームで過ごしていた。ようやく松葉杖で歩けるようになったのは、つい一週間前のことだ。
多恵子の声が聞きたいという気持ちはもちろんあったが、正直、僕は躊躇した。僕が出したあの長い手紙の返事が彼女から全くなかったから、状況のわからない僕は絶望の淵に追いやられていたのだ。多恵子に対してだけではない。こわがりの僕は、自分から誰かに連絡を取ることをずっと先延ばしにしていた。今後どうなるかわからない沖縄での生活を考えるより、陽気なアメリカの人々に囲まれた雰囲気に身を置く方がはるかに気楽だった。
不意に、受話器の向こうから、PHSの呼び出し音がピピピと鳴った。
「あ、ごめんなさい。呼び出されちゃった。とにかく、十五日、お待ちしてますから」
「よろしくお願いします」
僕はもう一度言って、電話を切った。
受話器を置いた後、決心してもう一度受話器を取った。多恵子の携帯の番号を回したが、転送されて留守番電話に繋がってしまった。自分の声を吹き込む勇気がみるみるしぼんでいき、僕は受話器を置くと、ぎこちなく松葉杖を両腕に構え、病室へと戻った。
二月十三日。
僕は退院の手続きを済ませ、アパートの部屋を片付けた。もともと、そんなに荷物があったわけでもないから、さっさとダンボールに詰めて配送を手配した。大型家具や電化製品類はそんなに痛んでいるわけでもないし、バザーに出すなり、適当に処分してもらおう。
最後に、僕はMs. Diffendarfer、Diana、Alexisの三人と握手を交わした。Dianaは僕に抱きついてずっと泣きじゃくり、Alexisはお気に入りのウサギのぬいぐるみをかじりながら、涙目で僕を見上げた。
“We miss you, Tsutomu! We'll visit Okinawa, someday.”
(寂しくなるわ、勉! いつか沖縄へ訪ねに行くからね)
僕は二人に‘ゆびきりげんまん’を教えた。屈めない僕が椅子に腰掛けると、二人の女の子は隣の椅子によじ登ってきて、手を伸ばした。彼女らの小指に僕の小指を絡め、頭を優しく撫でてやった。
“Please say hello to Taeko. I don't worry about two of you.”
(多恵子によろしく伝えて。二人のことは全然心配してないわ)
Ms.Diffendarferの言葉に、僕は寂しく頷いた。そうであって欲しいと願った。((3)へつづく)
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
二月初旬、沖縄に戻ることが正式に決まった。UCLAで治療を続けると莫大な費用がかかる。加えて僕は、自動車事故で前方に右膝を打ちつけていたため(正確には車体がひしゃげて僕の右膝を直撃したのだが)靭帯損傷を起こしていて、日本のしかるべき医療機関で内視鏡手術を受ける必要があった。
今のままだと僕の右膝はあまり曲がらないままだ。あまり予後がよくないとされる手術だが、ドイツ帰りでオペ経験の豊富なサザンの有馬美樹先生になら、僕を託せると判断した。
朝五時。日本時間では夜十時をまわったところだ。病棟の公衆電話から久々に、サザンの美樹先生に電話を掛けた。この時間なら一日のroutine workを終えて、ほっと一息入れていらっしゃる頃だろう。
「美樹先生、おはようございます」
「あら、上間先生。お元気そうね?」
変わらない、凛とした声が耳元で響いた。
「内視鏡手術の件ですね? Dr. Caldwellから詳細はお聞きしました。実際に診てみないと最終判断はできないけど、なんとか自力で起立姿勢を保持できるようにはしてあげられると思います」
僕は美樹先生の言葉を反芻した。自力で起立姿勢さえ保持できれば、復職も夢ではなくなる。あわよくば、再び執刀するチャンスだって。
「十五日に帰ります。那覇空港からそちらにそのまま転院します。よろしくお願いします」
「ええ、こちらも優秀な若手ができたの。上間先生もよくご存知の方よ」
……若手だって? 誰だ?
問いかけようとしたら、先回りされてしまった。
「バレンタイン・デーの秘密ってことにしておくわね? それで、帰国の件、多恵子ちゃんには連絡したの?」
「いえ、まだ」
僕は口ごもった。あの事故に巻き込まれて以来、僕はほとんど病室とリハビリルームで過ごしていた。ようやく松葉杖で歩けるようになったのは、つい一週間前のことだ。
多恵子の声が聞きたいという気持ちはもちろんあったが、正直、僕は躊躇した。僕が出したあの長い手紙の返事が彼女から全くなかったから、状況のわからない僕は絶望の淵に追いやられていたのだ。多恵子に対してだけではない。こわがりの僕は、自分から誰かに連絡を取ることをずっと先延ばしにしていた。今後どうなるかわからない沖縄での生活を考えるより、陽気なアメリカの人々に囲まれた雰囲気に身を置く方がはるかに気楽だった。
不意に、受話器の向こうから、PHSの呼び出し音がピピピと鳴った。
「あ、ごめんなさい。呼び出されちゃった。とにかく、十五日、お待ちしてますから」
「よろしくお願いします」
僕はもう一度言って、電話を切った。
受話器を置いた後、決心してもう一度受話器を取った。多恵子の携帯の番号を回したが、転送されて留守番電話に繋がってしまった。自分の声を吹き込む勇気がみるみるしぼんでいき、僕は受話器を置くと、ぎこちなく松葉杖を両腕に構え、病室へと戻った。
二月十三日。
僕は退院の手続きを済ませ、アパートの部屋を片付けた。もともと、そんなに荷物があったわけでもないから、さっさとダンボールに詰めて配送を手配した。大型家具や電化製品類はそんなに痛んでいるわけでもないし、バザーに出すなり、適当に処分してもらおう。
最後に、僕はMs. Diffendarfer、Diana、Alexisの三人と握手を交わした。Dianaは僕に抱きついてずっと泣きじゃくり、Alexisはお気に入りのウサギのぬいぐるみをかじりながら、涙目で僕を見上げた。
“We miss you, Tsutomu! We'll visit Okinawa, someday.”
(寂しくなるわ、勉! いつか沖縄へ訪ねに行くからね)
僕は二人に‘ゆびきりげんまん’を教えた。屈めない僕が椅子に腰掛けると、二人の女の子は隣の椅子によじ登ってきて、手を伸ばした。彼女らの小指に僕の小指を絡め、頭を優しく撫でてやった。
“Please say hello to Taeko. I don't worry about two of you.”
(多恵子によろしく伝えて。二人のことは全然心配してないわ)
Ms.Diffendarferの言葉に、僕は寂しく頷いた。そうであって欲しいと願った。((3)へつづく)
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