上 下
130 / 152
Part4 Starting Over

Chapter_03.苦いバレンタイン・デー(5)大どんでん返し

しおりを挟む
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; February 15, 2001.
The narrator of this story is Kei Shimabukuro, continuously.
島袋桂君のモノローグが続きます。

俺は叫んだ。
「あのさ。かけ離れているもくそもないんですけど?」
「な、なんだね君は?」
「ダチビン出版の島袋といいます。上間とは中学以来のダチでね」
院長代理の前まで、俺は歩いていった。
「あんた、上間を辞めさせて、自分に都合のいい人間雇って、その上で金儲けのために、患者さんによからぬ薬をばらまこうとしてるんだってな? インターネット使って、掲示板にタレ込んでやろうか?」
「な、なにを根も葉もないこと」
あら、まだシラをきるおつもりで? しゃーねーなー。俺はポケットから粟国さんのICレコーダーを取り出して、男の前でちらつかせた。
「これ、何かご存知で?」
「そ、それがどうした?」
俺は照喜名てるきな先生の方に合図した。次の瞬間、会議室のスピーカーから、例の音声が大音量で流れ出した。
「上間先生はもう無理でしょう。まあ、彼に責任はないんですがね。気の毒といっちゃ気の毒ですが、満足に働けない男を抱えるより、優秀な整形外科医を雇った方がいいですよ。そのほうが、うちの宣伝にもなりますからね。え、組合? あんなもの、潰そうと思えば、どうにでもなります。うるさいのが二人くらいいますが、心配はいらんでしょう。ええ、これで利益が上がれば、そちらのブツをもうちょっと、こちらに。ええ。あの臨床試験薬を使えれば、うちの成績も上がるでしょう。副作用が少し気がかりですが、患者の同意が得られれば問題はありません。なあに、あちらは藁をもすがる思いでこっちに来ているんですから。効用を訴えれば大丈夫ですって。はっはっは!」

会議室にいる人間の全ての顔が、院長代理に注がれた。男は首を振った。
「で、でたらめだ! こんな、子供だましな!」
その時だ。会議室の外でユミおばぁの声がした。
「あいえー! ぬ病院や我達わったーんかいどぅくますんでぃどー!」
声と共に、ユミおばぁの花札仲間しんか十名が手に手に携帯電話を持って、口々にしゃべりながら会議室に入って来た。
ぬ病院や、でーじどー」
「患者は金儲けの道具としか、思ってないみたいさー」
「あんた、あの病院はやめたほうがいいよ!」
あまりの出来事に、上層部のメンバーはおろおろしながら花札仲間しんかの動きを止めようと躍起になっている。
「あ、いや、ですから、みなさん、これは、その……」

駐車場のあたりから車の騒音がし始めた。窓から眺めると、知念さんを先頭に農耕用トラクターが二十台以上、サザン・ホスピタルを目指して坂を上ってきていた。実に壮観だ。おまけに、その後ろからバスが一台。何だろう?
五分もすると、駐車場は見事トラクターに占拠され、おじぃたちがハンドスピーカーで病院に向かって口々に雄たけびを上げた。
「上間先生が辞みれーから、我達わったーや村議会んかい、ぬ病院かいぬ拠出金、みれーんでぃ上申すんどー!」
「上間先生退職ハンターイ!」
「えい、えい、おー!」

これだけでは終わらなかった。到着したバスから出てきたのは、袴姿に身を固め、着物の袖をたすき掛けしたご婦人の面々だ。しかも、手に手に長刀なぎなたを持っている。その後ろに続くのは、これまたエイサー姿の若者たちだ。あれ、こいつら西原町の青年会じゃないのか?
長刀軍団とエイサー軍団はパーランクーの音と共に病院へ進入し、そのままの勢いで会議室までなだれ込んできた。長刀なぎなたを持ったご婦人が数名、院長代理にその刃先を突きつけた。そこへ、目鼻立ちのはっきりした美しい顔立ちの婦人がやってきた。
「私、ここの入院患者だった松田房子と申す者ですけど。上間先生には非常に、非常にお世話になりました。あのお方のサンシンの演奏に、どれだけ救われたことか」
そして、彼女自身もまた長刀を振り上げ、こう叫んだ。
「これだけ反対の声が上がってても、無理矢理上間先生を辞めさせるおつもりですかね? もしそうなさったら、私たち、世界中の琉球芸能公演先で、サザン・ホスピタルの悪口を言いまくりますよ!」

院長代理は、その場にがっくりと崩れ、手をついて、頭を垂れた。
勝負、あったね。

その後、サザン・ホスピタルでは急遽、琉球芸能公演が執り行われることになった。サザン側としては、そうでもしないと患者さんたちにうまく説明がつかなかったのだ。
リハビリルームの急ごしらえの舞台で、松田さんたちの長刀なぎなたの舞と西原青年会のエイサーが披露され、万雷の拍手が鳴り響いた。そのあと、ユミおばぁや知念さんらがカチャーシーを踊り始めた。俺はその模様を次号の記事にすべくカメラに収め、おじぃおばぁ達と握手を交わして会社へと戻ったのだった。
次章へTo be continued.

後半部分は沖縄芝居の四大歌劇「奥山の牡丹」前半のクライマックスである、女主人公チラーによる敵討ちのシーンになぞらえて展開しています。YouTube動画 https://youtu.be/EQwvi7Su9XU などをご参照ください。
しおりを挟む

処理中です...