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Part4 Starting Over
Chapter_07.おいしい家庭の作り方(3)古酒(くーす)の話
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At Nishihara town, Okinawa; March 15, 2001.
Now, the narrator returns to Taeko Kochinda.
多恵子さんのモノローグへ戻ります。
あたしたちは屋宜原の帰りに東風平家へ寄った。
お父がすでに稽古の準備して待っていた。やがて、サンシンの調弦の音が、奥座敷から響いてきた。
あたしは台所でお母の手伝いをしていた。
「お母さん」
「何ね?」
「あの二人さ、どこからどう見ても、親子だよね?」
髪の色も肌の色も違う二人だが、雰囲気は親子そのものと言ってよかった。
「そうだねー。全ち親子やさ、やー」
お母は大根の皮をむきながら、あたしに同意した。
「お母さん」
あたしは、菜箸を握ったまま尋ねた。
「もしも、あたしが勉とうまくいかなくなったら、あの二人、かわいそうだね。折角いい関係なのに」
「多恵子、あんた、何を心配してるね? あんたたちは大丈夫だよ」
お母は、大根の皮をむき終わり、拍子木切りにしはじめた。簡単な大根の炒め物にするつもりだ。勉が来るというので、すでに奥のコンロの大鍋にはおいしいてびち汁が出来上がっている。
「もちろん、そう思いたいよ。でも、ただ会って話すだけってのと、生活するってのとは違うさーね? お母さん、お父さんと一緒になる時、怖くなかった?」
すると、お母は料理の手を止め、こう話しだした。
「多恵子、あんた、泡盛の古酒の作り方、わかるね?」
「古酒?」
あたしは、首を振った。お母が続けた。
「古酒を作るとき、南蛮甕に入れるでしょう?」
あたしは頷いた。何度かテレビで見たことがある。大きな素焼きの甕に、泡盛を注ぎ込むのだ。
「南蛮甕はね、一つだけじゃないよ。いくつも用意しておくんだよ。お酒も、一つじゃないよ。最初のお酒を買ったらまず、一番目の甕に入れて、置いておくんだよ。そして、またお金を貯めてよいお酒を買ってきて、二番目の甕に入れる。三番目も同じさ」
……なんで、そんなにいくつも甕が要るの?
「とー、ここからが本番だよ」
お母は、今度はビラ(ねぎ)を切り始めた。タンタンタンとリズミカルな音が響く。
「お酒は、蒸発するでしょう?」
うん、するね。
「そのまましたら、なくなってしまうから、補わないといけないよね?」
そうだね。空になったら飲めないもんね?
「だから、一番目のお酒が減ったら、二番目のお酒から補うんだよ。二番目のお酒は、三番目から。順繰り順繰りして、継ぎ足すんだよ。そしたら、一番目のお酒の味も消えないし、二番目や三番目の味も生きた、まろやかな古酒ができるわけさ」
「へえ、そんなやって作るんだ!」
すごい! 古酒って、いくつものお酒からじっくり手間隙かけて、エキスを集めてできるんだ!
お母がビラを切り終えて、包丁を片付けながら言った。
「多恵子、あんたたちは、新酒と同じさ。今から南蛮甕に入るわけさ。いろんなことが起こって目減りすることもある筈さー。でもね、次のお酒をきちんと用意してタイミングよく補えば、ちゃんといい古酒になるんだよ」
ふうん。そんなものかな。
「あの二人を見てごらん。勉は小学校の四年から、ここに毎週来ているよ。だから、もう十七年なるかね? お父さんと勉は、ただ仲良くしていたわけじゃないよ。お父さんが勉をどれだけ厳しく叱って、また、優しく励ましてきたか。多恵子、あんたもずっと側で見てきたでしょう?」
うん、見てた。あたしが二人のことをわかったのは、高校三年の秋からだけど、見てた。
お母は布巾で自分の手を拭きながらつぶやいた。
「あの二人はいつも、次のお酒を見つけているんだよ。化石になってしまわないように、新しいものを補って、自分たちのものにしているんだよ。勉は、それができる人さ。だから、あんたたちは大丈夫」
お母の優しい瞳が、こっちを向いた。
「多恵子は多恵子のまま、自分のすべきことを頑張りなさい。そのうちあんたも、次のお酒の見つけ方がわかるようになるよ。決して焦ったらだめ。古酒の道は長いよ。わかった?」
「うん、わかった」
あたしはお母の目を見て、しっかり頷いた。
次章へTo be continued.
Now, the narrator returns to Taeko Kochinda.
多恵子さんのモノローグへ戻ります。
あたしたちは屋宜原の帰りに東風平家へ寄った。
お父がすでに稽古の準備して待っていた。やがて、サンシンの調弦の音が、奥座敷から響いてきた。
あたしは台所でお母の手伝いをしていた。
「お母さん」
「何ね?」
「あの二人さ、どこからどう見ても、親子だよね?」
髪の色も肌の色も違う二人だが、雰囲気は親子そのものと言ってよかった。
「そうだねー。全ち親子やさ、やー」
お母は大根の皮をむきながら、あたしに同意した。
「お母さん」
あたしは、菜箸を握ったまま尋ねた。
「もしも、あたしが勉とうまくいかなくなったら、あの二人、かわいそうだね。折角いい関係なのに」
「多恵子、あんた、何を心配してるね? あんたたちは大丈夫だよ」
お母は、大根の皮をむき終わり、拍子木切りにしはじめた。簡単な大根の炒め物にするつもりだ。勉が来るというので、すでに奥のコンロの大鍋にはおいしいてびち汁が出来上がっている。
「もちろん、そう思いたいよ。でも、ただ会って話すだけってのと、生活するってのとは違うさーね? お母さん、お父さんと一緒になる時、怖くなかった?」
すると、お母は料理の手を止め、こう話しだした。
「多恵子、あんた、泡盛の古酒の作り方、わかるね?」
「古酒?」
あたしは、首を振った。お母が続けた。
「古酒を作るとき、南蛮甕に入れるでしょう?」
あたしは頷いた。何度かテレビで見たことがある。大きな素焼きの甕に、泡盛を注ぎ込むのだ。
「南蛮甕はね、一つだけじゃないよ。いくつも用意しておくんだよ。お酒も、一つじゃないよ。最初のお酒を買ったらまず、一番目の甕に入れて、置いておくんだよ。そして、またお金を貯めてよいお酒を買ってきて、二番目の甕に入れる。三番目も同じさ」
……なんで、そんなにいくつも甕が要るの?
「とー、ここからが本番だよ」
お母は、今度はビラ(ねぎ)を切り始めた。タンタンタンとリズミカルな音が響く。
「お酒は、蒸発するでしょう?」
うん、するね。
「そのまましたら、なくなってしまうから、補わないといけないよね?」
そうだね。空になったら飲めないもんね?
「だから、一番目のお酒が減ったら、二番目のお酒から補うんだよ。二番目のお酒は、三番目から。順繰り順繰りして、継ぎ足すんだよ。そしたら、一番目のお酒の味も消えないし、二番目や三番目の味も生きた、まろやかな古酒ができるわけさ」
「へえ、そんなやって作るんだ!」
すごい! 古酒って、いくつものお酒からじっくり手間隙かけて、エキスを集めてできるんだ!
お母がビラを切り終えて、包丁を片付けながら言った。
「多恵子、あんたたちは、新酒と同じさ。今から南蛮甕に入るわけさ。いろんなことが起こって目減りすることもある筈さー。でもね、次のお酒をきちんと用意してタイミングよく補えば、ちゃんといい古酒になるんだよ」
ふうん。そんなものかな。
「あの二人を見てごらん。勉は小学校の四年から、ここに毎週来ているよ。だから、もう十七年なるかね? お父さんと勉は、ただ仲良くしていたわけじゃないよ。お父さんが勉をどれだけ厳しく叱って、また、優しく励ましてきたか。多恵子、あんたもずっと側で見てきたでしょう?」
うん、見てた。あたしが二人のことをわかったのは、高校三年の秋からだけど、見てた。
お母は布巾で自分の手を拭きながらつぶやいた。
「あの二人はいつも、次のお酒を見つけているんだよ。化石になってしまわないように、新しいものを補って、自分たちのものにしているんだよ。勉は、それができる人さ。だから、あんたたちは大丈夫」
お母の優しい瞳が、こっちを向いた。
「多恵子は多恵子のまま、自分のすべきことを頑張りなさい。そのうちあんたも、次のお酒の見つけ方がわかるようになるよ。決して焦ったらだめ。古酒の道は長いよ。わかった?」
「うん、わかった」
あたしはお母の目を見て、しっかり頷いた。
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