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Part4 Starting Over
Chapter_08.(1)島袋(しまぶくろ)桂(けい)、勉を見舞う
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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; March 20, 2001.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
勉君のモノローグです。
三月二十日、火曜日。
今日は春分の日だ。僕は昼食を終え、ベッドに倒れて何とはなしにテレビを眺めていた。休日のテレビって、あまりいい番組やってないんだよねー。リモコンでかちゃかちゃチャンネルを変えていたときだ。
「よお、上間」
たまたま開いていた病室のドアから、見覚えのある顔が飛び込んできた。島袋桂だ。
「島ちゃん、休み、取れたんだ?」
「午後だけ年休取った。昨日、四月号の納品が終わってね。はいこれ、今朝、取材先からもらったシュークリーム」
そういって島ちゃんは、僕に三月号と四月号、ひんやり冷たい小さな箱を手渡した。うわっ、これ、浦添にあるおいしいケーキ屋さんのじゃないか!
「ありがとう。食べていい? これ」
彼が頷くのを確認して、僕は早速箱を開けた。ほのかにバニラの香りがする。
「ご馳走さびら」
僕は即座にシュークリームにかじりついた。うーん、美味!
「おいしいねー! 日本のシュークリームは。アメリカーのー、如何んならんよー」
島ちゃんがしたり顔で同意した。
「わかる。俺もロス行ったことあるから。ドーナツとかクソ甘いよなー」
「決して悪いところではないんだけどねー、菓子はきついねー」
不意に、ダイアナたちが作ったパンプキン・パイと、パブのオーナーからもらったとんでもないクッキーが頭をよぎる。……ああ、思い出すだけで、ぞっとするぜ!
島ちゃんが僕の側に椅子を寄せた。
「お前がロサンゼルスで大ケガしたっていうから、でーじ、シカんだぜ。一時は死亡説も流れてたしな」
「シカんだ」というのは、〔シカ=ムン〕(おじける)という沖縄方言の動詞から派生した若者言葉「シカむ」の過去形だ。いいことか悪いことかは別にして、沖縄方言の存亡が叫ばれる中、沖縄の若者はこうやって動詞や名詞をアレンジし現代日本語風に活用して楽しんでいる。死亡説ね。じゃあ、僕もポール・マッカートニー並の有名人になったわけか。そりゃ結構なことで。
僕は口を動かしながら、島ちゃんがくれた冊子をめくった。ダチビン出版が出している月刊誌『とぅっくいぐゎー(徳利小)』の三月号だ。文庫本サイズで三十ページ、しかもフルカラー。中小企業が作ったにしてはかなり力作だろう。
「お前がいないときに、ここで取材があってなー」
島ちゃんは側から僕の手から一旦、冊子を取り上げ、あるページを開いて僕に示した。
「ほら、これ。知念さんって、お前の患者さんだってな?」
驚いた。そこには、長刀を持ってりりしく踊る松田房子さんの写真と並んで、うれしそうにカチャーシーを踊る田本ユミさん、知念安達さんの姿が載っている。なになに、芸能大会だって? 其れー何処やが? 一階のリハビリルームどぅやるい?
島ちゃんの署名記事を読む。二月十五日……って、僕が帰ってきた日じゃない! こんなのやってたなんて、初耳だぞ! 思わず、島ちゃんに詰め寄ってしまった。
「何んち翌日までぃ待てぃ呉らんたが? あんどぅんやれー、我がサンシン弾ち取らちゃるむんぬ!」
「い、いや、詳しいことは俺もよくわからんけど、なんか、急に決まったイベントみたいでさ」
島ちゃんが必死でなだめたが、僕はがっくし肩を落としてしまった。そうだよな、これはサザン・ホスピタルの催し物だから、島ちゃんに責任はないよな。でも、あー、悔しい! 松田さんの踊り、ちゃんと見たかったのにー!
「にしても、お前、サンシンも弾けるなんて、元気そうだな?」
「元気だよ。右足が壊れただけで」
「それ、治るのか?」
島ちゃんが心配そうに尋ねる。僕は即答した。
「ううん、無理」
「無理?!」
驚く島ちゃんに、僕は淡々と答えた。
「右足首から先の神経がパーだから。右膝を少しずつ治しながら、社会復帰かな。あれだけの事故で、よく足だけで済んだよ」
僕は声の調子を明るくした。
「松葉杖さえあればどこへでも行けるし。体力が落ちたから、最近は筋トレもはじめたんだ。そのうち、傍目から見ても普通の人とわからんくらいになるって」
「だからって」
口ごもる島ちゃんを見て、ふと思い出した。あ、そうか。彼にはまだ言ってなかったな。
「そうそう、俺、結婚するから」((2)へつづく)
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
勉君のモノローグです。
三月二十日、火曜日。
今日は春分の日だ。僕は昼食を終え、ベッドに倒れて何とはなしにテレビを眺めていた。休日のテレビって、あまりいい番組やってないんだよねー。リモコンでかちゃかちゃチャンネルを変えていたときだ。
「よお、上間」
たまたま開いていた病室のドアから、見覚えのある顔が飛び込んできた。島袋桂だ。
「島ちゃん、休み、取れたんだ?」
「午後だけ年休取った。昨日、四月号の納品が終わってね。はいこれ、今朝、取材先からもらったシュークリーム」
そういって島ちゃんは、僕に三月号と四月号、ひんやり冷たい小さな箱を手渡した。うわっ、これ、浦添にあるおいしいケーキ屋さんのじゃないか!
「ありがとう。食べていい? これ」
彼が頷くのを確認して、僕は早速箱を開けた。ほのかにバニラの香りがする。
「ご馳走さびら」
僕は即座にシュークリームにかじりついた。うーん、美味!
「おいしいねー! 日本のシュークリームは。アメリカーのー、如何んならんよー」
島ちゃんがしたり顔で同意した。
「わかる。俺もロス行ったことあるから。ドーナツとかクソ甘いよなー」
「決して悪いところではないんだけどねー、菓子はきついねー」
不意に、ダイアナたちが作ったパンプキン・パイと、パブのオーナーからもらったとんでもないクッキーが頭をよぎる。……ああ、思い出すだけで、ぞっとするぜ!
島ちゃんが僕の側に椅子を寄せた。
「お前がロサンゼルスで大ケガしたっていうから、でーじ、シカんだぜ。一時は死亡説も流れてたしな」
「シカんだ」というのは、〔シカ=ムン〕(おじける)という沖縄方言の動詞から派生した若者言葉「シカむ」の過去形だ。いいことか悪いことかは別にして、沖縄方言の存亡が叫ばれる中、沖縄の若者はこうやって動詞や名詞をアレンジし現代日本語風に活用して楽しんでいる。死亡説ね。じゃあ、僕もポール・マッカートニー並の有名人になったわけか。そりゃ結構なことで。
僕は口を動かしながら、島ちゃんがくれた冊子をめくった。ダチビン出版が出している月刊誌『とぅっくいぐゎー(徳利小)』の三月号だ。文庫本サイズで三十ページ、しかもフルカラー。中小企業が作ったにしてはかなり力作だろう。
「お前がいないときに、ここで取材があってなー」
島ちゃんは側から僕の手から一旦、冊子を取り上げ、あるページを開いて僕に示した。
「ほら、これ。知念さんって、お前の患者さんだってな?」
驚いた。そこには、長刀を持ってりりしく踊る松田房子さんの写真と並んで、うれしそうにカチャーシーを踊る田本ユミさん、知念安達さんの姿が載っている。なになに、芸能大会だって? 其れー何処やが? 一階のリハビリルームどぅやるい?
島ちゃんの署名記事を読む。二月十五日……って、僕が帰ってきた日じゃない! こんなのやってたなんて、初耳だぞ! 思わず、島ちゃんに詰め寄ってしまった。
「何んち翌日までぃ待てぃ呉らんたが? あんどぅんやれー、我がサンシン弾ち取らちゃるむんぬ!」
「い、いや、詳しいことは俺もよくわからんけど、なんか、急に決まったイベントみたいでさ」
島ちゃんが必死でなだめたが、僕はがっくし肩を落としてしまった。そうだよな、これはサザン・ホスピタルの催し物だから、島ちゃんに責任はないよな。でも、あー、悔しい! 松田さんの踊り、ちゃんと見たかったのにー!
「にしても、お前、サンシンも弾けるなんて、元気そうだな?」
「元気だよ。右足が壊れただけで」
「それ、治るのか?」
島ちゃんが心配そうに尋ねる。僕は即答した。
「ううん、無理」
「無理?!」
驚く島ちゃんに、僕は淡々と答えた。
「右足首から先の神経がパーだから。右膝を少しずつ治しながら、社会復帰かな。あれだけの事故で、よく足だけで済んだよ」
僕は声の調子を明るくした。
「松葉杖さえあればどこへでも行けるし。体力が落ちたから、最近は筋トレもはじめたんだ。そのうち、傍目から見ても普通の人とわからんくらいになるって」
「だからって」
口ごもる島ちゃんを見て、ふと思い出した。あ、そうか。彼にはまだ言ってなかったな。
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