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Part4 Starting Over

Chapter_08.明日は明日の風が吹く(3)耳かきタイム(決して真似しないで下さい)

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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; March 14, 2001.
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; March 22, 2001.
Now, the narrator returns to Tsutomu Uema.
勉君のモノローグへ戻ります。

三月二十二日。
その日の朝、僕はヒゲを剃った後、耳かきをしていた。どうも耳かきという動作は命に全然かかわらないせいか、入院しているとずっと忘れやすい。ちなみに僕は「飴耳」だ。一週間に一度は掃除をするようにしているのだけど、耳垢が粘っこくって綿棒を一度に三本くらい使うため、すぐにストックがなくなってしまう。

え? どうせなら多恵子に膝枕でやってもらったら、だって?
読者の皆さん、現実はそう甘くはありません。
あいつの耳掃除は、でーじ、怖いんです!

それは、多恵子のバースデー休暇の前日のことでした。僕が耳掃除をお願いすると、
「はい、そっちに横になってねー」
指示に従ってベッドに横になったら、なんと、どこからともなくロープを持ち出して、僕の体をぐるぐる巻きにし始めた。しかも顎とかしっかり固定されるし?! 抵抗しようにも、僕は障害者で、多恵子は馬鹿力の持ち主です。かないっこありません。
かろうじて目玉だけベッドサイドに向けたら、たかが耳掃除だってのに、手術室から借りたんでしょうか。アリス鉗子Allis' clampメイヨーMayo scissorsクーパーCooper scissorsとかをサイドテーブルに並べだしたんですよ。その上
「じゃ、まず、右の耳毛切りますねー」
と言って、右耳の中に冷たーい鼻毛切りのハサミを入れるんですよ!
「や、やめろ! お前、何をする?」
「お客さん、動いたら、耳、切るよ?」
……怖いので、大人しく身をゆだねます。
「うわー、お客さんの耳毛は長いねー。いっぱいあるねー?」
耳の中で響き渡るジョキジョキという音……。生きた心地がしません。
「あー、どうせならメッツェンバウム使いたいなー」
お嬢さん、僕の狭い耳の中で手術のマネゴトはやめてください。君は確かに手術室ナースだけど、執刀できるわけじゃないんだし。第一、メッツェンバウムMetzenbaum scissorsは刃先こそ丸いが、全体的には細長くてしっかり尖っているんですから!

「はい、耳毛を切りましたよー。一度、綿棒で取りますねー」
ようやく、まともな耳掃除だ。綿棒が耳の中を往復し、やれやれと胸を撫で下ろす。が、今度は……、君、それは、ピンセットtweezers
「あー、動かないで! 耳の奥にでかいのがくっついてるから」
って、ペンライトまで差し込んで、耳の壁をゴシゴシこするなー! 怖いし、冷たいし、痛い!
「見てごらん、こんなでっかい耳垢が、壁にへばりついていたんだよ!」
わかった、わかったから、あとは綿棒だけにしてくれ。頼む。
「じゃ、今度は反対側ですねー」
そういってベッドのストッパー外して、ガラガラと動かした。僕が目玉だけ反対側を向けると、多恵子が椅子ごと移動して左の耳元に座った。
「いやー、こっちも耳もすごいですねー。しかも、耳の穴がカーブ状に曲がってますよー」
また、ジョキジョキという音……。お願い。そこまで徹底してキレイにしなくてもいいから。しかも、鼻歌で「耳切みみち坊主ぼーじ」歌いながら耳毛切らないでよ! 怖いから!
「じゃ、今度はコッヘル使ってみようかなー」
お嬢さん、結局いゃーや、ただ自分どぅーぬ好みさーに器械ぐゎー選どーさ、や? れー、あしぶし、あらんどー?
「はい、おしまいですよー。お疲れ様でしたー」

ようやく解放された僕は速攻でトイレへ駆け込み、すぐに両耳を触って異常がないことを確かめたのだった。((4)へつづく)

注:「みみちりぼーじ」は沖縄の有名な子守唄です。検索してみて下さい。それから、このばあいはコッヘル(Kocher hemostats 有鈎)でなくペアン(Pean hemostats 無鈎)をつかうのが正解……なんてことはありませんから! (滝汗)
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