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西原っ子純情

4.放課後の一悶着

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 At Nishihara Town, Okinawa;  February,1988.
 The narrator of this story is Akinobu Yagami.

二月に入った頃だろうか。上間が変わったのは。
今まで、それなりに愛想のいい奴だったのが、クラスの連中とほとんど会話をしなくなり、いろいろな問題集を学校に持ち込んで解き始めたのだ。
「おい上間、最近、お前、つきあい悪いな」
終業式も迫ったある日の放課後、俺は、机に向かい何やら解いている上間にこう話しかけた。
「ごめん、そんなヒマないや」
彼は机の上から目を離さなかった。
「俺、本気なんだ。あっち行ってもらえる?」
「そんなこと言うなよー、優等生ぐゎーしーして」
本当にこいつはイイカッコしいだぜ。だんだん俺は腹が立ってきた。問題集の上に手をかざして、上間の邪魔をした。こら、こっち向けよ。
「あのさ、殴るよ」
「へー」
奴の言葉を信じるわけがなかった。こいつは小学校のときから、気の弱いいじめられっ子だったのだ。高学年になってから急にでかくなったから、いじめられなくなっただけ。軟弱な中味は変わっちゃいない。
上間が俺を睨んだ。
「本当に、殴るよ」
「笑わせるぜ。上間が暴力振るうってか?」
すると、彼は深呼吸をして語気を強めた。
「最終警告。殴るよ。早くどけ」
「えらそうに。びびると思ってるの?」
俺がその言葉を吐いた次の瞬間だった。

パーンという音とともに、右頬に強烈な痛みが走った。
俺は思いっきり、ひっぱたかれたのだ。あの弱虫・上間に。
……信じられない!

「あがー! 何をする!」
「どけと言っただろ。邪魔だ。あっち行け」
上間は何事もなかったかのように、再び机の上に視線を戻した。
こいつ、しゃあしゃあと、俺に向かってふざけたマネしやがって!
「上間、この野郎!」
たまらず、上間につかみかかろうとしたその時、
「やめれー!」
教室の後ろから大声で叫び、周りの机をいくつもなぎ倒しながら止めに来た奴がいた。
声の主は、ロボットマニアの島袋しまぶくろけいだ。背が高くて、結構育ちが良く、いつもにこにこしていて、「島ちゃん」と親しまれている温厚な奴。そんな彼が、怒鳴りながらやってきたのだ。

俺は余計に腹が立った。畜生、このクラスにはイイカッコしいしかいねーのか?

けい、どけ! こいつ、ウシェーてる! 絶対、死なす!」
〔ウシェー=ユン〕とは、軽蔑する、あなどる、という意味の沖縄語だ。
「悪いのはお前だろ。上間は三回も警告しただろ!」
うざったい。真っ当な意見を大声でがなり立てるな。むかつくぜ。
「桂、いゃー、上間とグルか?」
「別にグルでもなんでもないけどよ、上間がなんで勉強してるか、汝達いったー、判ってるか? こいつ、琉海大の医学科狙ってるんだぞ」

俺は思考停止状態に陥った。
「琉海大の医学科?」
琉海大は沖縄で唯一の国立大学、しかも医学科ともなれば難関中の難関だ。でも、上間は何故?
周りが一斉にざわめきたった。あちこちから小声が漏れ聞こえる。
「医学科って? ゆくしだろ?」
「勉の奴、マジか? 信じられんやっさー」
「だって、あいつ、かなり貧乏だぜ? 塾にも行ききれんぜ?」

しかし、桂はひるむことなく、大きめの声でこう続けた。
「それだけじゃない。上間はな、サザン・ホスピタルに行くつもりだ」
なんだって? サザン・ホスピタル? それって、中城なかぐすくに新しくできた、いわゆる第二アメリカ海軍病院だろ? 世界中から沖縄へやってくるVIPを相手にしている所だよな? どうして上間がそんなところへ?
「……島ちゃん、なんで、知ってるの?」
上間が問いかける。桂の奴はニヤリと笑ってこう答えた。
「上間、お前、いつもサザン・ホスピタルのパンフレット持ち歩いているだろ? 見りゃ察しくらいつくよ」
そう言うと、桂は再び周囲を睨みつけた。
汝達いったー、サザン・ホスピタルがどんなところか知ってるか? スタッフ全員、外国人だぞ。オペも、診察も、全部英語でするところだぞ。上間はそこへ行くんだ。勉強して当然だろ!」
桂は、自分が倒した机を直しはじめた。三つほど元通りに置いて周りを見回し、憮然と言い放った。
「上間の邪魔する奴は、俺がただじゃおかない。いいな?」
そして、上間の側で不敵な笑みを浮かべたのだ。
「上間、安心しれ。こいつら、黙らせてやる」

気まずい空気が流れた。これ以上、俺がここに居て、何の意味がある?
「あー、正義面する奴がいると、つまんねーな」
俺はつぶやくと、遠巻きに眺めていたオオシロに声を掛けた。
「おい、行こうぜ!」
俺はオオシロたちを引き連れ、教室の外へ出た。
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