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悪魔が連れてきた天使
4.天使、バイクをぶっ飛ばす
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At Urasoe and Ginowan City, Okinawa; 2:10PM JST, December 16, 1999.
The narrator of this story is Yuta Terukina.
あの、粟国さん、このぱらつく雨の中をバイクでどちらへいらっしゃるので?
疑問に思っていると、粟国さんは僕を手招きした。車から降りると、僕にヘルメットを渡した。
「はい、これ。うちの由希のだけど。あ、由希は四つ下の妹」
え、それって、僕が、メット被るの?
躊躇していると、檄が飛んだ。
「さっさと被って!」
僕が答える間もなく、彼女は僕の頭にすっぽりメットを被せた。フルフェイスのアライのメットだ。突然のことに戸惑う僕にお構いなしで、顎をバンドでしっかり締めている。
「これでよし、と。じゃ、あたしの後ろに乗ってください」
え? 何それ?
彼女はさっさと自分のメットを被って手袋をし、バイクに乗っている。またしても檄が飛んだ。
「ぐずぐずしないで、さっさと乗る!」
「は、はい!」
僕は、恐る恐る彼女の後ろに跨った。バイクなんて、生まれて初めてだ。
「じゃ、走るから」
キーを回し、右足でペダルをガクンと押し下げた。エンジンが掛かった。
「しっかりつかまってよー」
あの、つかむって、どこを? おろおろしていると、
「なに、ぐずぐすしてんの! あたしにしがみつかないと、道路に落とすよ!」
え? 本当に、そんなことして、いいの?
僕は気後れしながら、後ろから彼女の腋の下あたりに腕を回した。
「ちょっと、あんた? 何考えてるの?」
……あ、あんた? 呆気に取られている僕に彼女は続ける。
「胸に触んないでよ! 腰よ、腰!」
「は、はあ。すみません」
僕は彼女に言われるまま、腕の位置を若干下げた。これでいい?
「手だけじゃだめ! 股でしっかりバイクを締めて。振り落とされたいの?」
「は、はい!」
僕は、太ももに力を入れてバイクを……実際には彼女のお尻のかなり近くを挟んだ。要するに、僕は胸から下半身にいたるまで、彼女の胴体に密着しているわけです。これ、かなりすごい状況だと思うんですけど。
焦る僕に構うことなく、彼女の声がする。
「じゃ、いいわね。ぶっ飛ばすわよー!」
言うが早いか、彼女は左足で地面を蹴り上げて右手でスロットルを勢いよく回した。バイクが急発進し、あっという間に国道五八号線へ出た。僕の記憶に間違いがなければ、ここの制限速度は時速五十キロ。そして、この体感だと、彼女は制限ギリギリで飛ばしている様子だ。
彼女とほとんど身長が変わらないため、前が全然見えない僕は、恥ずかしながらまるで木に鳴く蝉のように必死で彼女の背中にしがみついたまま胸の内で叫び声を上げていた。景色を楽しむ余裕なんてこれっぽっちもなかった。
宜野湾海浜公園の駐車場で、彼女がようやくバイクを停めた。僕は崩れるようにへなへなと地面に倒れこんでしまった。昼食を取ったホテルでトイレを済ませていたことが、唯一の救いだった。
「大丈夫ですか?」
バイクから降りた彼女が駆け寄る。
「はい、な、なんとか……」
僕は自分でヘルメットを脱ぐこともできなかった。彼女はさっさと自分のメットを脱ぎ、僕の顎にかけたバンドを解くのを手伝うと、あの春風のような笑顔でにっこり微笑んだ。
あーあ、とんでもなく、だらしない姿を晒しちゃったよ。
僕は軽くなった頭を振って、東シナ海を眺めた。海風がちょっと寒い。
「なーんか、晴れそうですね?」
粟国さんは屈託なくそう言うと、僕の被ってたメットをバイクシートに置いて、気持ちよさそうに背伸びした。僕と同じ身長のはずなのに、大きく見える。
僕は、理解した。
どうやら、彼女はバイクに跨ると性格が変わってしまうようです。そういえば「こちかめ」というマンガにも、本田さんという似たようなキャラクターがいたっけな。推測するに、豹変する彼女の姿を見て幾人もの男性が恐れをなし、姿を消したのだろう。
さて、と。僕は……ど、どうしよう?
僕の胸中を知ってか知らずか、彼女は僕に語りかけた。
「あたし、風になるのが好きなんですよ」
「風?」
「そう、風。バイクと一心同体になると、目指すところへサーッとたどり着けちゃうんです」
不意に僕は、とある感覚を思い出した。
「馬と一緒だ」
「馬? ひょっとして、乗馬なさるんですか?」
首を傾げる彼女に、僕は軽く頷いた。
「子供のときから乗ってますよ。もう十五年くらい」
「へえ、すごーい! 乗ってみたーい!」
彼女の輝く瞳を見ると、先ほどの迷いが嘘のように消えた。決めた。これは、誘うしかない!
「今度、ご一緒しませんか? 行きつけのカントリークラブに、おとなしい馬がいます。すぐ慣れますよ」
「そうかしら?」
「だって、里香さんはバイクと一心同体になれるんですから」
僕は初めて、彼女を名前で呼んだ。
……気づかれちゃったかな? 一応、自然さを装ったつもりだけど。内心、おっかなびっくりしながら、僕は言葉を続けた。
「年明けにでも、いかがですか?」
「そうねー」
彼女は海を眺めていた。
「たしか、六日がオフだったかな?」
「予約入れますね」
その場で携帯を使って、カントリークラブに電話を入れた。僕が右手の親指と人差し指とで円を作りキューサインを示すと、彼女はうれしそうに頷いた。
The narrator of this story is Yuta Terukina.
あの、粟国さん、このぱらつく雨の中をバイクでどちらへいらっしゃるので?
疑問に思っていると、粟国さんは僕を手招きした。車から降りると、僕にヘルメットを渡した。
「はい、これ。うちの由希のだけど。あ、由希は四つ下の妹」
え、それって、僕が、メット被るの?
躊躇していると、檄が飛んだ。
「さっさと被って!」
僕が答える間もなく、彼女は僕の頭にすっぽりメットを被せた。フルフェイスのアライのメットだ。突然のことに戸惑う僕にお構いなしで、顎をバンドでしっかり締めている。
「これでよし、と。じゃ、あたしの後ろに乗ってください」
え? 何それ?
彼女はさっさと自分のメットを被って手袋をし、バイクに乗っている。またしても檄が飛んだ。
「ぐずぐずしないで、さっさと乗る!」
「は、はい!」
僕は、恐る恐る彼女の後ろに跨った。バイクなんて、生まれて初めてだ。
「じゃ、走るから」
キーを回し、右足でペダルをガクンと押し下げた。エンジンが掛かった。
「しっかりつかまってよー」
あの、つかむって、どこを? おろおろしていると、
「なに、ぐずぐすしてんの! あたしにしがみつかないと、道路に落とすよ!」
え? 本当に、そんなことして、いいの?
僕は気後れしながら、後ろから彼女の腋の下あたりに腕を回した。
「ちょっと、あんた? 何考えてるの?」
……あ、あんた? 呆気に取られている僕に彼女は続ける。
「胸に触んないでよ! 腰よ、腰!」
「は、はあ。すみません」
僕は彼女に言われるまま、腕の位置を若干下げた。これでいい?
「手だけじゃだめ! 股でしっかりバイクを締めて。振り落とされたいの?」
「は、はい!」
僕は、太ももに力を入れてバイクを……実際には彼女のお尻のかなり近くを挟んだ。要するに、僕は胸から下半身にいたるまで、彼女の胴体に密着しているわけです。これ、かなりすごい状況だと思うんですけど。
焦る僕に構うことなく、彼女の声がする。
「じゃ、いいわね。ぶっ飛ばすわよー!」
言うが早いか、彼女は左足で地面を蹴り上げて右手でスロットルを勢いよく回した。バイクが急発進し、あっという間に国道五八号線へ出た。僕の記憶に間違いがなければ、ここの制限速度は時速五十キロ。そして、この体感だと、彼女は制限ギリギリで飛ばしている様子だ。
彼女とほとんど身長が変わらないため、前が全然見えない僕は、恥ずかしながらまるで木に鳴く蝉のように必死で彼女の背中にしがみついたまま胸の内で叫び声を上げていた。景色を楽しむ余裕なんてこれっぽっちもなかった。
宜野湾海浜公園の駐車場で、彼女がようやくバイクを停めた。僕は崩れるようにへなへなと地面に倒れこんでしまった。昼食を取ったホテルでトイレを済ませていたことが、唯一の救いだった。
「大丈夫ですか?」
バイクから降りた彼女が駆け寄る。
「はい、な、なんとか……」
僕は自分でヘルメットを脱ぐこともできなかった。彼女はさっさと自分のメットを脱ぎ、僕の顎にかけたバンドを解くのを手伝うと、あの春風のような笑顔でにっこり微笑んだ。
あーあ、とんでもなく、だらしない姿を晒しちゃったよ。
僕は軽くなった頭を振って、東シナ海を眺めた。海風がちょっと寒い。
「なーんか、晴れそうですね?」
粟国さんは屈託なくそう言うと、僕の被ってたメットをバイクシートに置いて、気持ちよさそうに背伸びした。僕と同じ身長のはずなのに、大きく見える。
僕は、理解した。
どうやら、彼女はバイクに跨ると性格が変わってしまうようです。そういえば「こちかめ」というマンガにも、本田さんという似たようなキャラクターがいたっけな。推測するに、豹変する彼女の姿を見て幾人もの男性が恐れをなし、姿を消したのだろう。
さて、と。僕は……ど、どうしよう?
僕の胸中を知ってか知らずか、彼女は僕に語りかけた。
「あたし、風になるのが好きなんですよ」
「風?」
「そう、風。バイクと一心同体になると、目指すところへサーッとたどり着けちゃうんです」
不意に僕は、とある感覚を思い出した。
「馬と一緒だ」
「馬? ひょっとして、乗馬なさるんですか?」
首を傾げる彼女に、僕は軽く頷いた。
「子供のときから乗ってますよ。もう十五年くらい」
「へえ、すごーい! 乗ってみたーい!」
彼女の輝く瞳を見ると、先ほどの迷いが嘘のように消えた。決めた。これは、誘うしかない!
「今度、ご一緒しませんか? 行きつけのカントリークラブに、おとなしい馬がいます。すぐ慣れますよ」
「そうかしら?」
「だって、里香さんはバイクと一心同体になれるんですから」
僕は初めて、彼女を名前で呼んだ。
……気づかれちゃったかな? 一応、自然さを装ったつもりだけど。内心、おっかなびっくりしながら、僕は言葉を続けた。
「年明けにでも、いかがですか?」
「そうねー」
彼女は海を眺めていた。
「たしか、六日がオフだったかな?」
「予約入れますね」
その場で携帯を使って、カントリークラブに電話を入れた。僕が右手の親指と人差し指とで円を作りキューサインを示すと、彼女はうれしそうに頷いた。
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