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野球帽の少年

1.夏の日と少年

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At Nishihara Town, Okinawa; August 10 and 19, 1979.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

それは、眩暈(みーくらがん)するくらい、暑い夏の日の昼下がりだった。
あたしは近所の男の子たちと、公園でセミ取りに興じていた。とはいえ、ありがちなパターンだけど、男の子たちはセミより自分たちが飼育キットで育てたカブトムシやクワガタで相撲をとらせることに夢中で、結局はあたし一人を置いて、ある男の子の家に行ってしまった。

あーあ、一人だよ。スイミング友達のフクちゃんは家族で旅行に出かけているし、アッちゃんはガールスカウトに入っているから、海でキャンプなんだよな。ワカちゃんは午後からピアノだ。ミサエちゃんも那覇までお出かけするって言ってたなー。
誰もいないや。あたし、こんなに友達、少なかったっけ?

力なく、がじゅまるの大木の下に座り込む。買ってもらったばかりの麦わら帽子を脱いで、うちわみたいにばたばた風を送る。近くに生えている桑木くゎーぎにセミが止まってグヮシグヮシ鳴いているけど、もう虫取り網で取る気力もない。あたしはうつむき、地面を見ていた。どこかで拾ったのだろう。大きな黒いあいこーがビスケットのかけらをくわえ、列を作ってっちゃーっちゃーしている。
暑いよー。まだ誰もいないけど、家に帰ろうかなー。
ぼんやりそう思い、顔を上げた時だ。

思わず息を呑んだ。そこに、知らない子がいたからだ。
濃いグレーの野球帽、真っ赤なTシャツにジーンズの半パンを着て、かかとを上げて必死に水呑場の水を飲んでいる。Tシャツからのぞく両腕は、近所の子たちと違って抜けるように白い。
あたしは少しずつ側に近づいた。その子の顔を確認しようと、横に回った。
驚いた。この子、金髪だよ! ……てことは、つまり、外人さんだよ!
そして、その男の子の左頬には、大きな赤い模様があった。

「多恵子、多恵子!」
呼び声に振り返る。おかあだ。琉舞道場の稽古が終わってあたしを迎えに来たのだ。あたしはお母に駆け寄り、スカートにしがみついた。
あれ、いつもなら笑って抱っこしてくれるのに、今日は様子が違うぞ?
あたしはお母を見上げた。おかあは、信じられない、という顔をして、ぼんやり水呑場を眺めていた。が、突然、叫んだ。
「……まさるまさるね?」

まさる? おかあの知っている子なのかな?
水を飲んでいた子が、こっちを向いた。茶色の瞳、高めの鼻、ふっくらした両頬に、そばかす。かなり大きな耳。そして赤い模様。野球帽からはみ出た金色の髪が、風になびいている。子供にしてはかなり整った顔だ。ハンサムって、こういう顔のことを言うんだろうな。
ぼんやりそう考えていると、急にその子はぷいと横を向き、あたしの家とは反対の方向へ走り去っていった。
「お母さん、あの子、知ってるの?」
あたしがそう尋ねると、お母は寂しそうに顔を横に振った。
「多恵子、お家に帰ってから、話しよーねー?」
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